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遠征

 アルカナのことを詳しく知らない騎士たちのためにアークが教えてあげることにした。

「まず大アルカナのことを説明するか。種類は愚者、魔術師、女教皇、女帝、皇帝、教皇、恋人、戦車、正義、隠者、運命の輪、剛毅、吊るされた男、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判、世界の二十二種類ある。この他には呼び名はあるがそれは後でいいだろ」

 それも説明するとなるとかなり時間がかかってしまうし、一度に詰め込むのは良くない。

 なんか先生になった気分だ。

「なんか沢山あるなー。でも国って二十しかなかってよねー」

 一番前で聞いていた最年少騎士が首を傾げ始めた。

「愚者の世界のアルカナ所持者がいなかろだろ。それぐらい覚えとけ!」

 少年の後ろで腕を組みがら仁王立ちをしていた大男がびっくりするほどの声で叫んだ。

 この世界の決まりとしてはそれぞれが大アルカナの名を持ち、その国の王がその大アルカナを受け継ぐ形になっているらしい。

 セレネは特別な例らしく、一般的に性別を偽ったりなどはせずアルカナを使う才能に長けて王に相応しい男を婿として国に引き入れてその人が大アルカナを受け継ぐのだがこの国ではそれは行われなかった。

 理由は聞いていないけど、多分戦争でそういった人材が減っているせいもあるかもしれないがセレネが嫌がっているせいでもあるかもしれない。

 そう思ったのは初めて会った時の彼女の顔はとても悲しい顔をしていたからでそれに確証は全くなく、それを団員たちに言うつもり毛頭ない。

「まあ、まあ。それで小アルカナは全部で五十六枚。つまりアルカナは大と小を合わせて七十八枚あるわけだな」

「多いな」

 最初に声が出たのは大男で少年は口を開けてポカンとしている。一気に言い過ぎたからついてこれなかったようだ。

「確かに多いよな。でも一枚一枚に意味があるんだ。全部教えるには時間かかるからまた今度にしよう」

「賛成!」

 ポカンしていた少年がさっきの大男の声にも負けないほど元気に叫んで、それがアルカナ説明会が終了の鐘となった。

「随分とお詳しいんですね」

 突然現れたのは報告をしに行ったはずのストラが何気無く背後に立っていた。

「い、いつからそこに?」

「さっきからです。ローネス卿の御宅はここからそう遠くないところにありますからすぐ終わりました」

「そ、そうなんだ」

 それにしても早すぎる気がする。走って来たのなら納得できるが、彼女は息切れなどしていない。

「それよりも指揮官はアルカナについてお詳しいんですね。誰から教わったのですか?」

 真顔だが興味津々だということは漂ってくる雰囲気から何となく理解できた。

「え? それって絶対に言わなきゃ駄目なの」

「絶対です。私は指揮官のことなら何でも知りたいんです」

 不意打ちの言葉にドキッとしながらさっき会ったばかりなのにそんなわけないと首を振って赤くなった顔を引き締めた。

「あんまり喋りたくなかったんたけどな……」

「あ! す、すいません。何か訳ありなのですね。嫌なら言わなくてもいいですよ」

「大したことじゃないよ。まあ、でもこれから一緒に戦うことになる仲間に隠し事するのはよくないよな」

 指揮官として団員にほんの少しでもマイナスイメージを植え付けるのはよくないし、嫌なことから目を逸らしたくないので言い聞かせるように話を始める。

「アルカナのことを教えてくれたのは俺の親父だ。親父は趣味が多くて広く深くやっていた。俺なんかそっちのけでな。でもたまに帰ってくるとその趣味の話を永遠と話してた。その中にアルカナっていうことが一番気になって仕方なかった。親父が行方不明になる前に言ってたことだからな」

「ゆ、行方不明ですか」

 あれ程口うるさい団員たちも空気を読んでか一切口を開かないまま、ただ突っ立って耳を傾けてくれている。

「もう何十年も前のことだから生きてるのか死んでるのかもわからねーんだ」

「きっと生きてるよ!」

 重たい空気を吹き飛ばすかのような大きな声で吐き散らすと、奥の方へと逃げて行った。

「すいません。アペレは産まれ時には両親が誰かに殺されていて孤児として施設にいたので、こういった話になると感情的になってしまうんです」

「そうなんだ……」

 自分だけだと思っていた。父親の温もりなどほとんど知らない悲しみ、苦しみを知ったものが。

 しかもアペレは父親だけでなく母親も亡くしている。それはアークには知りもしない世界であの小さな体で耐えていた。

 ただ見て見ぬ振りをしていた自分よりも強い心を持っている。その心は見習わなければいけない。

「ドモル。アペレのことよろしくお願いします。昔のこと思い出したのかもしれませんし」

「わかった」

 低く男らしい声で応えたドモルはゆっくりとアペレの元へと向かった。

「ご、ごめん。なんか変な話しちゃったな」

「謝ることはありませんよ。別に悪いことはしてないんですから」

「でもお前も悪いことしてないのに謝ってるぞ」

「あら、ならお互い様ですね」

 眩しいほどの笑顔を浮かべたストラに見とれながら、頭の隅にあった遠征のことを思い出しな。

「そ、そうだな。でもエトワールも言ってた遠征の準備をしないと怒られちまう。何かやることあるなら手伝うけど」

 まだ指揮官らしいことなどしてないのでそれぐらいはしたいと思ったのだがストラは小さく首を横に振った。

「いえ、大丈夫です。もう済ませてありますから心配しないでください」

「なら遠征に備えて体を休ませてくれ」

「「「「おーーーーーー‼︎」」」」

 雄叫びは解散の合図となり、騎士団はそれぞれのところへと戻って行き、アークは城にある自分の部屋へと帰ることにした。




「これまた随分と多いな。騎士と農民だけでこれぐらいの数がいるもんなのか」

 馬に乗って後方に配置された星童騎士団の指揮官であるアークは城、協会などに繋がっている大十字路が人で埋め尽くされているのを見て感嘆に近い声を上げた。

 驚いているのは今回が実戦が始めとなる団員たちも同じだ。

「これでも少ない方ですよ。私たちの国は一番小さいですからね。そのおかげで武器と防具は全員に行き渡っているみたいです。騎士優先で数がなかったら農民は防具なしなんてざらですし、数が少なくても装備が整っているのでこれはこれでいいと思いますよ。少数精鋭と言えばいいんでしょうか」

「それはまたいい響きだな。でも、そんな少数精鋭の俺たちはなんで後ろなんだ?エトワールに言われたから大人しく従ってるけど、俺のことを甘く見てるとしか思えないだよな」

 初めは戦争と聞いて怖気ずいてしまったのは確かだがここまで関わってしまったのだから後には引けないし、元の世界に戻るためとセレネのために戦う覚悟は決めている。

 勘のいいエトワールならばそれを承知してくれているものだと思っていたから悔しい気持ちでいっぱいになってしまう。

「後ろといってもまだここは真ん中ぐらいじゃないですか。それに私たちは農民を誘導する係りを任されているんです。これも大事な任務ですよ」

 農民、いや正確には商人みたいな平民も混じっているが彼らもまた戦争など経験したことなどはなく、何をどうしてもいいかわからないので出発前だというのに落ち着きがない。

「それぐらい他の騎士団でもできる。俺たちは何のための戦力なんだ!」

「馬鹿、騒ぐな。今の聞かれてたら他の奴らに反感を買うぞ。そんなこともわからないのか」

「誰だ、俺を馬鹿呼ばわりするやつは!」

 ストラではないが何処かで聞いたことがある声だったので首をグルリと動かしてみるとそこには拳二つ分の大きさの光の玉が浮いていた。

「な、なんだこれ?」

 朝なので光はあまり目立ってはいないが、見知らぬ物体で奇妙さを感じる。

「大丈夫ですよ。これはお兄様の閃玉です」

 ストラは光る玉に警戒している指揮官をなだめてそれを見つめる。

「せんぎょく?」

「はい。お兄様がアルカナの力で作り出したもので離れた人と会話ができる優れものなんです。それに明かりとしても使えるですよ」

「ですよって言われても……。まあ、携帯電話みたいなもんか」

「携帯電話?」

 そもそもこの世界には電話がないので言葉として通じないのは当然だ。

 それに自分の携帯電話は家に置いたままで説明しようがないし、自分からこの世界のものではないと宣言するつもりはない。

「いや、なんでもない。それよりも聞いてるんだろエトワール!」

五月蝿(うるさ)いぞ馬鹿。それよりなんだ。これは必要な時だけ使え。無駄話など聞きたくないぞ」

「俺もお前と無駄話なんてする気はない。それよりこの位置づけはなんだ?俺を気遣ってるのかこれ」

 気に食わない男だがこの世界で二番目に付き合いの長い男でもあるので、アークがどんな気持ちでこの遠征に向かうかは知っているはずだ。

「残念だがそうではない。お前ら星童騎士団には問題が起きたら率先して解決するために動いてほしいからそこにした。お前の気持ちなどは一切考えてない」

 それもそのはず。これは何も悪くない。

 この遠征には多くの人が命をかけて戦うことになるのにたった一人の感情で全体を巻き込むわけにはいけないので彼の方が正しいことをしているのはアークもわかっている。

「そうかよ。問題があればまたこのせんぎょく? を使うからそれまで声かけてくるなよ。気が散るから」

 そこにいるわけでもないのに閃玉に顔をズイズイと近づけて吐き捨てるように言い聞かせる。

「俺もお前となんてあまり声を聞きたくない。それと妹を危険な目に合わせたら殺すからしっかり指揮官として働けよ大アルカナとして」

 最後の大アルカナを強調して言い残すとそれきり閃玉は静かになった。

 光はそのままなので通信状態がどうなのかがわからないかが難点だ。これだと盗み聞きされているかもしれないという不安が常につきまとってくるがアークは無視することにして人で埋め尽くされた道に目線を戻した。

「ふっふっ。お兄様と仲がいいんですね」

 二人の会話を横で聞きていたストラは口元を抑えて笑い始めた。

「どうやったらそう見える? 犬猿の仲だろ」

「喧嘩するほど仲がいいと言うじゃないですか」

 どうやらこの世界にもことわざは存在するらしいがこんなにもこのことわざに苦しめられたことはない。

「あいつなんて興味ねーんだよ」

 態とらしくそっぽを向いて、機嫌の悪いことを態度て表してこれ以上何も言われないようにした。

「興味がなければ喧嘩なんて始まらないと思いますけど?」

「うぐっ!」

 言い返す言葉をもない。

 それはことわざの意味でもあるからだ。

「団長、門が開きますよ」

 後ろで二人のやりとりを見ていた一人の団員が注意するので前を見ると平野へと続く無駄にでかい門がゆっくりと開きつつあるのが確認できた。

「いよいよ遠征の始まりだな」

 徐々に平野の景色が見えてくると同時にその前で待機している者たちは胸の高鳴りを感じたであろう。

 かなり後方でそれを眺めているアークでさえもそうなのだから間違いない。

 からかってくるストラとの会話で騒がしくなった心も今では穏やかになって、安心すら覚える。

「始まりますね」

「ああ」

 今日からアークと星童騎士団にとっての初めての戦い、最前線で守りを固めているバシスのところへの遠征が始まる。




 木々が生い茂る中で手頃な石を見つけた男はそれに乗って上を見上げていた。

「ん〜、いつ見てもあの壁は無駄に高いな。見てるだけでイラついてくる」

「なら、何でそれをずっと見ておられるのですかメラフ様」

 メラフと呼ばれた黒髪の男は軍師でありながら、アークたちの敵である国の兵たちを全て操っているアルカナ所持者。

 そのアルカナは星。軍師に最も向いているアルカナであり、彼が今の地位にある理由でもある。

「そりゃあ攻略するために決まってんだろ! お前はこのまま兵を(もてあそ)んでるつもりか? そんなのお相手さんの思惑通りだろーが……ってお前誰だよ」

 自国の鎧を着ているので騎士だということは想像できるが、アルカナ以外の力に興味のないメラフにとって騎士の顔など団長クラスの者でも覚えてはいない。

「も、申し遅れました。代表してメラフ様の護衛となったタンです。それよりもお戻りください。明日に備えないといけません」

 片膝をついて頭を下げて忠告をしたタン。

しかしそんな騎士一人の意見を聞くほどメラフは優しくはない。

「明日だとぉ? お前明日にでも攻め込む気か、あの難攻不落の壁によぉ」

「そ、それは無理ですよ。ディアマ様がいるのなら話は別ですが、我々にはあの壁は攻略できません。壁を登ろうにもあちらの弓部隊はかなり凄腕ですのでそれをどうにかしない限りどうにもなりませんよ」

 これがアークたちの敵たちが置かれている状況でバシスたちが踏ん張っている証拠でもある。

「ならお前たちは明日何をするつもりだったんだ? 攻略が無理なら何もすることないだろうがよぉ」

 見張り台を落として士気が上がっていたがこの停滞で下がったのは騎士だけではなく、彼もまた同様で苛立ちを隠せないでいた。

「ですが何もしないというのはあちらの思う壺なのでは? その間に増援が来てしまったら更に不利になってしまいます。それならばいっそ別の場所から攻めてみたらいかがでしょうか?」

 思い切って提案してみたタンだが目に映ったのは怒りが露わとなったメラフの横顔。

「お前さぁ〜。ここの地形考えてそれ言ってんのかよ。知らないで言ってんならただの屑だが、考えて言ってんならぶち殺すぞ」

 その鋭さを持った目線から送られてきた殺気に無意識の内にたじろいでしまった。その姿は策だけを考える軍師ではなく、幾つもの死線をくぐってきた戦士の気を放っているのだ。

 騎士の中でそれなりの戦績を持ったタンでもそれは見たことも感じたことなく、恐れと同時にこの人が味方でよかった心底思った。

「す、すいません。ここら辺の地形はあまり知りませんでした。お許しください」

 地面に頭を擦り付けて許しをこうがそんな姿など見向きもせず、壁だけを見つめている。

「許すも何も、知らなかったんならお前が屑なだけだ。殺すしはしない」

 奇妙なことにあれほど突き刺すような殺気が消滅して静かな森の空気に戻っていた。

「そ、それで地形と攻略が関係あるのですか?」

 ただ疑問に思ったタンはそんな質問をするがそれを聞いたメラフは深くため息をついて手を頭に置いて首を振った。

「これだから騎士は嫌いだ。剣しか使えない。もっと頭も使えるようにしねぇとよぉ〜本当に死ぬぞ」

「騎士になるためだけに必死でそれ以外はからきしでして」

 彼だけがそうというわけでなく、多くの騎士はよろしくない。

 逆に知識のある騎士の方が珍しい。国に数人いるかどうかという確率。勿論タンは確率が高い方の騎士。

 期待されても困るのだ。

「仕方ない。無知なお前に色々と教えてやる。そして戦術を考えられる騎士になれ」

 ここまで来ると応えないわけにはいかなくなり、黙って正座をして話を聞くことになってしまったタンは眠らないように顔を引き締めた。

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