冷徹の妹
「既に聞いていると思うが、お前たちの指揮官は新たしい大アルカナ所持者だ。団員はもちろんのこと、団長でも逆らうことは許さん」
用意された台の上で整列した騎士達に叱るように言い放つとゆっくりと降りて、次はお前だと指を台の方に向けて催促をしてきた。
仕方ないと覚悟を決めて一段一段踏みしめながら登って台の上から団員たちを見下ろす形になる。
教官みたいに偉そーにしていたエトワールの気持ちがわからなくもない。
ここからの景色は気持ち良く、子供っぽいかもしれないが急に自分が凄くなった気になる。
だがそれも周りからの鋭い視線で一気に現実へと戻される。
緊迫した空気に助けを求めるようにエトワールの方をチラリと見るが、顎で前を指して自分で何とかしろといった感じで助けてくれる様子は微塵もない。
「え、え〜と。初めまして。これから指揮官をさせていただくアークです。アルカナは愚者……らしいです」
我ながらオドオドした態度ではあったが、まともに挨拶ができた。
威厳がどうとかは関係なく。
「おい、愚者って本当かよ」
何やら団員たちが騒がしい。
どうやらアークが愚者のアルカナ所持者だということが原因らしい。
エトワールが話していた時の静けさとは打って変わって、場が妙な空気になり出していた。
「沈まれ! 騎士たるものが動揺するな。そんなことで戦場を生きていけるのか」
一番前で姿勢良く聞いていた一人の騎士が声を荒げて彼らを黙らせるが、その声は男らしい女性の声だった。
「すいません。私から団員の無礼を謝罪します」
窮屈そうな兜を取って、透き通るような白い肌と凛々しい顔。それに動きやすいように切られた銀色の髪を見せて、綺麗な黄緑色の目で顔を覗き込んできた彼女は一礼して謝罪の意を示した。
「い、いや。全然気にしてないから。え〜と」
とても似ているのでエトワールの妹ということは一目でわかった。
つまり、この星童騎士団の団長だ。
それはわかるのだが名前が浮かんでこなかった。
「ストラ・ヴェルソンです。騎士団長をさせていただいています」
「そ、そうなんだ。よろしくね」
あのエトワールの妹だから警戒をしていたが、予想外にも普通の子だ。
兄のように性格が悪かったりといった問題はなそうだ。
共通点といったら髪の色と整った顔立ちのみ。
「指揮官、お兄様。お食事の準備ができています。さあ、こちらへ」
どうやら親睦を深めるためのパーティを用意してくれたらしい。
エトワールも少し時間があるので参加することになり、会場である木の小屋へと向かった。
緊張していた台の上からでは気づかなかったが、団員は百人も満たない五十か六十程度しかいない。
基準がわからないアークにとってこの数が多いか少ないかは定かではないが国を相手とするならかなり心許ない数字だ。
「星童騎士団は大勢の敵を相手にするとなると他の騎士団と比べると圧倒的に数が足りないが、機動力と結束力は一番だ」
隣で肉を優雅に食べながらエトワールが説明してくれるが、時折団員の声で遮られて完全に聞き取ることはできなかったが内容は理解できた。
「流石、妹の騎士団とだけあって調べてますね、お兄さん」
アークに兄弟などはいないから一体どんな気持ちなのかは知ったものではないが、冗談で言った“お兄さん”にやたら怒っているのだけは雰囲気と目の鋭さで感じ取れた。
「黙れ。騎士団の中でも有名なんだよここは。妹が団長だということもあるが、やはり子供だけの騎士団は他の国にもないだろうからな」
大アルカナ所持者は本人だけでなく、その身元までも注目されるらしい。
「そうなのか。でも俺はここは好きだな。子供だけだからこそのやり方があるだろうし、何よりこの空気がいい。雰囲気ってのは大事だからな」
ワイワイと騒いで賑やか。
五月蝿いという一言で片付けられるかもしれないが、それ以上に暖かさがある。
「指揮官! アルカナが愚者って本当?見せて見せて」
オレンジ色の髪をした活発なこの子はこの騎士団で一番年下らしい。
これから一番年上になるアークにとっては見習わなくてはいけないところが……と思ったが、彼はただひたすらに明るく積極的なだけでそういった参考にならない。
あまりにもグイグイと来るので流石のアークもたじろいでいると大木のような腕をした団員が小脇に挟んで、何処かへ連れて行ってくれた。
その先ではその少年がいいようにからかわれている姿が見えたがいじめとかではなく、和める感じのからかい方で少年が「チビじゃない!」と騒いでいるだけだったので止めはしなかった。
「こんなに仲がいい騎士団もここだけだろうな」
「いいことだろ。団長のストラちゃんも何処かの誰かさんとは違って、怖いって感じじゃなかったし、団員からの信頼もあるようだし」
普通上に立つものは嫌われる傾向にあるが、彼女はそうではない。
団員からは頼れる人として見られているのが今の様子からしても感じ取れる。
でないとこんなに仲がいい騎士団などできないだろう。
「まあ、あいつは一応小アルカナ持ってるしな」
「アルカナって大アルカナだけじゃないのか」
ワンドやソードは少し話に出てきたが、それのカードがあるとは聞いていなかったで少し驚いた。
もちろんタロット占いをしていたので全ての種類は覚えている。
おさらいとして思い出そう。
小アルカナにはワンド、ソード、カップ、コインの四種類からなる。
それぞれ一から十の数札と小姓、騎士、女王、王の人物札があり全てで五十六枚となる。
あとは大アルカナの二十二枚を足せばタロットの一組となる。
「小アルカナは数は多いが、あまり大きな戦力にはならない。まだ騎士団長の方が役に立つだろうな」
「ならストラちゃんは小アルカナ持ってるけど強くないのか?」
「それは違う。あいつはここら辺では人望の厚い貴族に実力で雇われている。そしてその貴族が雇っている騎士の中でも最も優秀な成績を収めたとしてその人が持っていた小アルカナをもらったそうだから、力は他の騎士団長にも遅れを取らない」
やはり彼女もまた貴族に雇われの身だったらしいが、どうやら雇い主である貴族の人は信頼に足る人らしい。
でないと妹を託すはずがない。
それにここまで来た道で見てきた市民は幸せそうに笑っていた。これも貴族がいい人だという証拠だ。
「なら安心だな。だけどそれだと俺なんか必要なくねーか?」
大アルカナの力を引き出すことだってできていないのに完璧な騎士団長の上に立って指揮をするなんておこがましい。
「いや、いずれ必要になってくる。それに戦争に必要なのはなにも力だけじゃない。戦略を立てる知恵だって欠かせない。この世界の住民には考えつかない戦術を作ってくれると期待しているぞ」
自信をなくしたアークを励ますように肩をポンと叩いて、木製の椅子から立ち上がった。
「何処か行くのか?」
「ああ、これから各騎士団長に会って、遠征の準備をする。お前も早く準備をしておけよ。出発は二日後。バシスさんのところまでは六日はかかる」
「うげ、そんなかかるのかよ。でもそれまで持ち堪えてくれるかが問題だな」
相手の主力がいないとは言っていたが、いつ戦線に復帰するかわからない。
もしそれがこちらの到着よりも早かったらバシスが作った壁がが壊されてしまう。
「そうだな。城までの道はバシスさんの作った砦と壊された見張り台だけだ。もし突破されたら一巻の終わりだが、それはまずない。敵の主力が回復するのは当分先だ。早くても俺たちが到着してから」
「なんでそんな事わかるんだよ」
相手のアルカナに傷や手当するものがあるかもしれない。また、それができるアルカナ所持者がいるかもしれない。
それを含めて考えているにしてもエトワールは冷静すぎる。
「勘と経験だ。それにバシスさんはあいつが復活しても数日は耐えてくれるだろう。いいか、戦闘向きじゃないアルカナだからって舐めるなよ。俺たちには俺たちのやり方がある」
それはアークと敵国に向けての言葉なのかは定かではないが、その姿は自信に溢れていたてそれだけ言い残すと一直線に出て行った。
「珍しいですね。お兄様があんなことを言うなんて。流石、指揮官に選ばれたことはあります」
入れ替わるようにエトワールがいた所とは逆側の隣に座ってきたのは話にも出てきたストラ。
エトワールとの会話に夢中で全く気づかなかったので驚きで心臓がノ止まるかと思った。
「な、なんだストラ団長か。どうしたの?」
流石にちゃん付けは冗談だったので本人に使えるわけもなく、たどたどしい返しとなってしまったが彼女は気にする様子はなかった。
「少しお話を聞きたいと思ったんです。指揮官のアルカナのことについて」
一瞬で騒がしかった場が静まり返った。
団員の誰もが知りたがっていたのだろう。無理もない。
この世界においてアルカナは重要な戦力であり、脅威でもある。
嘘でアルカナ所持者だと言い放っても一般市民だと震え上がってしまうらしく、それを使った詐欺があるほとだ。
他の世界から来たことは内緒にはしているが、いきなり現れた見ず知らずの人を国が認めた大アルカナ所持者から紹介されても祈念は晴れなかったようで皆が最年少で無邪気で敵意のない目ではなかった。
「本当に愚者のアルカナなんですね?」
「エトワールに調べてもらった。間違いない」
実際は自分でも半信半疑だがあの堅物がくだらない嘘などつくわけもないのでありのままのことを伝えると団員の顔がほころんだ。
「やっぱな、俺はずっとそうだと思ってだぜ」
「嘘つけ! あの男は怪しい。とか、言ってたじゃねーか」
安心からか騒がしさがより一層増した。
「すいません。いつもこんな感じで。ご迷惑……ですよね」
団長として何からかの責任を感じているのか、頭を軽く下げて謝ってくれたがそれは必要ない。
「そんなことない。顔上げてくれよ。俺はこういう雰囲気好きだぜ。なんか家族みたいでいいな」
遠い目をして自分の両親のことを思い出しすアークの顔を不思議そうに覗き込んできたのは下げていた頭を上げたストラ。
「なんだか変わっていますね。普通ならここは怒る場面なのに」
「そんなことしねーよ。俺、あんま騎士のこととかは知らないけど、ここがいいところだってことだけは分かるからな」
長く一人生活をしていたアークにとって、この場所はなんだか懐かしくて人の温かみがあって居心地がいい。
「やっぱり変わっていますね。お兄様が興味を持つのも無理ありません」
「え? それって褒め言葉」
意味深に聞こえてなんか寒気がしてきた。
「はい。お兄様があんな風に接するのは指揮官ぐらいだと思いますよ。いつもは強がってばかりいますから」
妹は兄のことはなんでもお見通しらしい。気づかなかったことをズバッと言ってしまう。
「そ、そうなんだ。流石兄妹だね。なんか似てるよ」
特に自信満々に自分の意見を言うところとかそっくりだ。
さっきのことだって確信があるわけではないのに。
「よく言われますけど本当にそうなんでしょうか? 私はお兄様とは違ってアルカナの才能があるわけではありませんし、戦術を立てるのだってあまり得意ではありません」
最初に話に出てくることからこの世界でのアルカナの重要さを感じる。
彼女は小アルカナを持っているが、それをうまく使えないのか、俯きがちに喋っている。
「そういうのはどうでもいいんじゃないのか? 俺は団長らしくやってけばいいと思うぜ。結果は後からついてくるもんだ」
これは自分自身にも送る言葉。
今はアルカナを使えなくても焦らず、自分らしくやっていけば何とかなるという精神でやっていかないとこの先耐えられそうにないからだ。
「私らしく、ですか?」
「って言っても今日会ったばかりなのになんか偉そうだよね。ごめん」
エトワール菌でもうつってしまったのだろか、何だか言わずにはいられなかった。
「謝らないでください。私を励まそうとしてくれたんですよね? ありがとうございます。おかげで元気が出ました。私は報告があるので指揮官は楽しんでください」
兄ならば決して見せないであろう満面の笑みを浮かべて、そのまま何処かへと去って行った。
「報告ってなんだろう?」
「僕たちを雇ってくれているローネス卿に貴方の報告ですよ。急に出て来た大アルカナ所持者が気になるらしいですよ」
何の前触れもなく背後から現れたのは緑の短髪と笑っているのではないかと思うほど目が細い男。
「だ、誰だお前?」
「誰だなんて失礼ですね〜。僕は星童騎士団副団長のダートス・クンローですよ。あ、ちなみに他のみんなにはダスクと呼ばれています。指揮官も好きな風に呼んでいいですよ」
ニコニコしながら御構い無しに話を続けてくるので第一印象は馴れ馴れしい男。それだけだ。
「わかった。よろしくな副団長」
特に副団長のところを強く発音してやった。
「ちょ、ちょ。それはないんじゃないの?なんか嫌われるようなことしました?」
目は細めたまま……というかそれが通常なのだろうが、様子からして慌てているらしい。
アークの反応が予想外だったようなのだが、どう考えたらさっきので上手くいくと思ったのかが不思議だ。
「別にお前は何も悪いことしてないがチャラい奴は嫌いなんだよ俺」
学校では見るだけで頭が痛くなるほどに嫌いだった。
大人になってそれなりに克服できたもののやはり好きにはなれなかった。
「チャラい? それは何かの暗号ですか。それとも専門用語とか」
しまった。ここが異世界だということをすっかり忘れていた。
チャラいやマジといった俗語は一切通じない。英語も同様だということはエトワールにファッションショーを使った時に証明できた。
「い、いやなんでもない。とにかく俺はお前があまり好きじゃないってことだ」
「酷いですね〜。僕は貴方に興味があるというのに」
「ま、まさかお前……」
いわゆるあっち系の人?
これはやばいと椅子から立ち上がって後ろに一歩下がって、何が起きても対応できるように構える。
「はい。僕はアルカナに興味があるんですよ。騎士は技を磨くのに忙しくて最低限度の知識しかないんですよ。新しく指揮官になる貴方もそうですが、守るものとしてエトワール様やセレネ王みたいに上に立つものはアルカナを持っているにそれを知らないのは嫌なんでよね〜。なんか何も考えずに流れで生きているようで」
実力主義の騎士なので余程ここまで来るのに忙しかったのだろう。
この世界ではアルカナは誰もが知っている有名なものらしいがそれすら学んでいないらしい。
その話を聞いた周りで騒いでいた団員たちもこちらに興味を持ち始めたのか、こちらの様子を見ている。
「そうか。それぐらいならいいぜ教えてやるから。お前たちも見てないで近くに来いよ」
手を招くと最年少を始めとして、沢山の団員がアークを囲んだ。
しかし、その数に飲まれたのか話の発端である副団長の姿は見えなくなっていた。