客人から戦士へ
「で? 俺の扱いはどうなるんだ。このまま客人というわけにもいかないんだろ」
城の中にある客人用の部屋ではやっとのことでエトワールに解放された二人の空気は重くなっていた。
「はい。すいません」
「別にセレネが謝る必要はない。なんも悪いことはしてないだろ。ただ俺のアルカナが大アルカナだっただけだ」
「そうですね……」
話す内容がいけないのか、会話はなかなか続かないがアークは言わずにはいられない。
自分がこれからこの世界に住むとしても大きな問題だからだ。
「それよりもこんなとこに居てもいいのか?色々と忙しいだろ」
初めて会った時でも、王の仕事を終えた後なので疲れた顔をしていた。
それにアークのアルカナが愚者だとわかった瞬間のエトワールの対応が続いて、さらに疲れは溜まっているだろう。
「エトワールがあんな必死になるとは思わなかったよ。そんなに愚者っていうアルカナは強いのかよ。初心者の俺に助けを求めるなんて相当だぜ」
今もあの顔は忘れられない。夢に出てきそうで、少し哀れとも思ってしまった。
「すいません。私たちの国は戦争中でエトワールも切羽詰まっていたんでしょう。この国には戦闘に向いた大アルカナは少ないですから」
「大変なんだな」
だが、もう他人事ではなくなってしまった。
「いえ。それよりも困ったことがあったら私に言ってください。出来る範囲でお助けします」
「ああ。だけどセレネも困ったら俺に相談しろよ。お前は一人で抱えそうなタイプだからな」
「はい。ありがとうごさいます」
セレネが出て行くのを確認すると、ポケットにあった空のカードケースを取り出した。
「俺のタロットカード何処にいったんだ?」
セレネの部屋にあればいいが、全部なくなっているからすぐに気づいたはずだ。
「まあ、いっか。もう疲れた」
占いはできなくなるが、それほど困りはしなし、親の形見とかでもないのだから探す必要はあまりない。
ふかふかのベッドに潜り込んで目を閉じて、これが夢であることを祈りながら眠りについた。
「おい、起きろ。いつまで寝ているつもりだ」
アークの目を覚ましたのは愛用の目覚まし時計ではなく、昨日出会ってこの人とは仲良くなれないと感じたエトワールであった。
「夢じゃなかったのか。それでなんで俺の部屋に来てるの? なんかあった」
朝は弱いのでまだ寝ていたいのだが、自分の家ではないのでそういうわけにもいかず仕方なくベッドから抜け出して用意されていたこの世界の服に着替えてボサボサになっていた髪をかいていると、その色とは対照的な頭が迫って来た。
「実はお前に提案があって来た」
「近い近い。昨日のお前の慌てぶりといいそんなに愚者のアルカナが欲しいのかよ」
「正確に言うと、愚者のアルカナを持っているお前が欲しい」
初めて会った時と同じ、冷静な顔つきでアークを見つめるがそれは客人ではなく仲間になれとのお誘い。
しかもそれは今起きている戦争に参加しろとのお誘いでもある。そんなアークにとって何の得にもならないことに巻き込まれたくはない。
それなら近くの国で適当な仕事を見つけてお金を稼ぎつつ、元の世界に帰る方法を探す方が安全だ。
なかなか返事をしないアークに文句を言わないエトワールだが、何も考えずにここを訪れたわけではない。
「お前、この世界の者じゃないんだよな。帰りたいとは思わないか?」
「知ってるのか、帰る方法!」
その一言で眠気でぼんやりしていた意識がはっきりとして、驚きのあまり声を大にしてエトワールに詰め寄るとしてやったりと、ニヤリと笑って静かに頷いた。
「実はお前が出てきたというクローゼットを調べてみたらこんなものが見つかった」
ポケットから取り出したのは何も描かれていない黒いカード。何かはさっぱりわからないがアークは少し見覚えがあるようがした。
「これは?」
「アルカナカードだ。普通は人の中に存在するが、アルカナ所持者が死ぬとこうやってカードとして現れる。星のアルカナで調べたところこれは世界のアルカナだった。かなり珍しいがお前はこれでこの世界に来たんだろ」
世界も大アルカナに入るもので、タロット占いではよく出てくるものの一つ。
意味は完成、約束された成功、そして旅だったはずだ。
その旅先がバカンスではなく、戦争真っ只中の異世界とはとんだ貧乏くじを引いてしまった。
家に届いた一通の手紙の中に入っていたカード。それがアルカナだったのだろう。
「ああ。確かにそうだ。俺はこのカードのせいでこの世界に連れて来られたんだ」
カードから飛び出した白い光の中で彷徨って何かに導かれるかのようにここまで来てしまった。
「なら話は早い。これとは別に世界のアルカナを見つけてそれを使えばいい。カード化したアルカナなら誰にでもその能力を使えるからな。心当たりはあるし、戦争が完全に終わったらお前がカードを手に入れるためのサポートを全力でするつもりだ」
これはエトワール個人で決めたことではなく、アークが部屋に戻ってからの夜遅くに奇跡的に大アルカナの持ち主が全員集まった時に相談をして満場一致で決まったことだ。
もちろんセレネも快く賛成してくれた、とそれとなくアークに伝える。
「それは本当なんだな?」
疑うわけではなく、なし崩しで戦争に巻き込まれたくないからでセレネのことは信じている。
会って一日しか経っていないが、初めて会った彼女からは普通の人にはない綺麗さを感じられた。
そして、この交渉を断ることはアークにはできなかった。
世界のアルカナかどうとか、戦争がとうとかという感情ではなくてもっとも原始的なもので引き受けることを決めた。
「わかった。俺は今から客人をやめる。ここの住民で王に忠誠を誓った戦士だ」
宣言と同時にこの世界と繋がり、元の世界との関係を絶ってしまった気がしたのだが立ち止まっている暇などはない。
エトワールの案内で会議室へと行くことになった。
会議室は上から見ると円型になっていて、真ん中には部屋に合わせた机と幾つかの椅子が並べられている。
「ここが会議室か。意外と広いんだな。つやか、この城自体が広すぎて案内人が欠かせないな」
「すぐに覚えろ。こんなとこでつまずいていたらこれから大変だぞ」
案内人のところでチラリと横目で見ていたのに気づいたのか、エトワールは冷たい目をして睨み返して来た。
「はいはい。それよりセレネとか他の大アルカナ所持者さんたちは何処にいるんだよ。人っ子一人いないぞ」
どこも空席で会議室の広さがさらに実感できるのだが、ここに誰かいてその人から何か話を聞くのかとばかり思っていたので気が抜けてしまった。
とりあえず来たのだから適当な席に座る。
「ここには案内とお前にこの世界のことと今の現状を教えるために場所を借りただけだ」
「げっ! マジかよ」
別に悪い奴ではないのだろうけど、堅物で苦手なタイプなので二人っきりというのはできるだけ避けたかったのにそれは許されないらしい。
「嫌そうな顔をするな。知っておかないと困るのはお前自身たんだぞ」
アークとは向かい側の席に座って、引く気もなさそうだし諦めるしかなさそうだ。
「それで?一体何を教えてくれるだアルカナの種類なら一応全部知ってるからそこは大丈夫だからな」
まさかタロット占いでの知識がこんなところで役に立つとは思っていなかった。
備えあれば憂なし……ではないが、前もって知っているの少しだけ有利かもしれない。
ちょっとした資格みたいな役割だ。
「わかっている。だがお前はそれしか知らないだろ。まずはこの地図を見てほしい」
大きな机いっぱいに広げられたのは茶色い地図。なぜか東と西とで赤色、青色に分けられている。
「赤色の領土は敵国だ。二十ある国のうち、八つ。だがこれは一番離れたところにある悪魔のアルカナの国ヴォロディメントと死神のアルカナの国ハロスグレイヴの二つの王たちが他の国を操っているからで、実際の敵はその二国だけだ」
「なら数的にはこっちの有利だな」
領土の大きさは青色の方がほんの少し大きい。
「この地図をだけを見ればな。だが、物事はそんなに単純じゃない。奴らは強力な大アルカナ所持者がいるから総合的には同等だ。この国は敵国と近いから最前線になっている」
地図の真ん中付近にある一番小さい国を指差して自分たちの状況を説明してくれるが、まだ城の外にすら出たことがないのであまり実感がわかない。
「なら、今戦っているチャカなんちゃらっていう国には勝ってるのかよ」
「いや、残念ながら劣勢だ。守りの糧であった二つの見張り台が制圧された。見張り台といっても城みたいなもので中には騎士たちが控えていた」
「いたってお前、そいつらはどうなったんだよ」
暗い顔立ちで話すエトワールに、それを認めたくなかったアークは結果のわかっている質問をした。
「容赦無く皆殺しさ。戦争に情けなんてものはない。それに見張り台は四方八方を壁で囲んでいたから逃げ出せた騎士なんていなかった」
制圧されたと言ったし、戦争中だからそれぐらいが当たり前なのかもしれないが納得できず、無意識に拳を強く握りしめていた。
「慣れろ。戦争では人が死ぬのは日常だ。指示をする大アルカナ所持者はもっと死を見ることになる」
目の前で、報告で、いろんな人の死を聞くことになるだろうがそんなことで心が乱れるようじゃこれから先が大変になることは分かり切っているのでこれはエトワールからの贈り物なのだろう。
この贈り物はアークにとって課題になるが、乗り越えなくてはいけないものだ。
「わかってる」
「そうか、ならいい。それよりも今の現状をお前に教えておこう」
自分に言い聞かせるように答えると、そそくさと次の話を始めた。
「まずは左隣の節制のアルカナの国、テンパランスでは何者かに城の倉庫から財宝を奪われて大混乱になっていてるのでバプテスマ夫妻が手助けに行った。あの二人も大アルカナ所持者だが作戦参謀が減っただけでチャカデフェールとの戦争には支障はない」
バプテスマ夫妻がどんな存在であるが、エトワールも信じるとても大きな人物らしい。
でないと、こんなにも冷静で戦争の話はできていないだろう。そういう顔なのかもしれないが。
「でも、それって必要なのかよ。財宝盗まれたからってカリカリしすぎなんじゃねーのか?」
確かに金とは大切なものだが、命に関わる戦争中だ。優先にすべきことを間違っているのではないかと疑問に思ってしまう。
「ワンドや騎士たちを雇うにはそれなりのコインが必要だ。先のことを考えて、国の財宝を奪われるのは痛い」
だから犯人探しのためにバプテスマ夫妻を送ったらしい。
「ワンドって、この戦争に農民まで巻き込む気かよ」
「仕方ないだろ。騎士だけだと限りがある。コインを払ってるから農民も文句は言わないさ。それに、戦争で名を上げてソードに雇ってもらおうと思ってる奴らのチャンスの場となる」
ソードとは貴族のことで、親に楽させたい人はできるだけ多くの敵を倒して自分に力があることを証明して雇ってもらおうと奮闘するらしい。
つまり戦争が必要な人もいるということだ。
「で、でもよ……」
急にやりきれない気持ちになるが、これだけはどうにもならないのは少し考えれば分かることで、それは承知しているのだがそれでも納得はできない。
「戦争は不服の塊だ。納得しようとするな。心の隅にでも隠しておけ。でないとこの先やっていけないぞ」
消すのではなく心の隅に隠すことで人間らしさを保ちつつ戦いを続けていたのだ。
それがどれだけ大変なのかは戦を知らないアークには分からないがこれから体験することなのだと覚悟を決めた。
「わかった。だけど俺はそんなことでへこたれねーよ」
強がりを言ってみせたが、やはり怖い。
しかし、そんなアークの内情を無視してエトワールは口を開いて話の続きをし出した。
「それと右隣の恋愛のアルカナの国、アガピカリエンテでは王の許嫁が失踪したく、それを追いかけて行った王が行方不明になってしまった。これはトゥール・クエーサーが捜索に当たってくれている」
淡々と話してくる中でアークの中ではある疑問が湧き出て来た。
「それって俺たちの国の大アルカナ所持者だよな。バプテスマ夫妻とかもさ。そんなに他の国を助けてる場合かよ。こっちだってやべえんだろ」
それなら彼方は彼方の大アルカナに任せて、此方の大アルカナを前に出して戦力をアップをした方がいいのだとアークは思ったのだがため息を漏らしたエトワールは首でその考えを否定した。
「さっき説明した両国は大アルカナ所持者が少ない。問題にばかり気を取られていると攻め込んでくる可能性もあるから城に残しておきたいんだよ。だから此方の大アルカナを派遣するしかなかった」
大アルカナが少ないのはここもなのだが、協力対象となっている国を見過ごすわけにはいかない。
見張り台二つも取られて、隣の国も取られてしまうともはや城を捨てて逃げるしかなくなってしまう。
そんな最悪の状況だけは避けたいのだ。
「な、なら後ろの国はどうんなってんだよ。敵の国からは離れているんだから余裕があるんじゃないのか」
自国と今出て来た両国を引いても五つの国が後ろには備えている。
それらの国も味方なのだから、少しぐらい救いの手を伸ばしてくれればいいじゃないかと意見するがそれも駄目とばかりに腕組みをしていたエトワールは肩をすくめた。
「それも無理な話だ。これから話そうとしていたが敵は船で海からも攻めて来ている。目標は審判のアルカナの国アマイクリシ。敵の数は予想を上回っているから五つの国で対処しているが、海上での戦いをしたことがないので苦戦しているらしい」
どうやら敵は同時に複数の国を攻めて、混乱を引き起こしているらしい。
一つの国に集中すると周りから邪魔が入ってくるので、それよりは幾つかに分けて攻撃した方が効率的だと思ったのだろう。
結果、相手の思い通りになってこの国では人員不足に悩まされて突然現れた男に頼ることになっている。
「それなら俺たちの戦力はかなりヤバイだろ」
「当たり前だ。見張り台を壊した張本人で、チャカデフェールの主力であるマガト・ミュースを戦闘した切り札のデュジュ・ユスティーは相打ちでどちらも戦闘不能になった。最前線で戦っているのは見張り台の壁を作ったバシス・ガーボンの兵にはには戦闘経験の少ないワンドしかいないから困っていらしい」
一言にまとめると、かなりの劣勢。
流れは相手にあるらしい。
「大体はわかった。じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ」
「最前線で戦っているバシスの援護だ。これから騎士をかき集めて向かうが、お前にもついてきてもらう。それと一つの頼みたいことがある」
「な、なんだよ」
自分の意見を押し付けてくるエトワールからは出るとは思わなかった頼みが、逆に何か企んでいるのではないかと少し構えてしまう。
「星童騎士団の指揮を任せたい」
「は?」
何かの冗談かと思ったが、エトワールの顔はいつもの冷静さを保ったまま鋭い目で睨んで頼みというよりは脅迫をしているように聞こえた。




