参戦の傍観者
闘技場での大会は三日に渡って開催される。今日はその一日目だ。
そして観客席に一人、異様な空気を放つものがいた。
「いや〜、つまりませんねぇ〜。ストラさんは防戦一方じゃないですか。弱いイジメされてる光景を見てるほどつまらないものはないですね〜」
特別に参加資格を得たストラだが実力者の揃う大会で苦戦を強いられていた。
「ん〜と、相手の男はムツキ? 女っぽい名前だな〜筋肉もりもりなのにあんなのに力の大アルカナか〜、普通すぎて面白くないな〜。よし、ここらいっちょ改変しておきますかね〜。このぐらいならあの方も大目に見てくれるでしょ」
決心して立ち上がったその男からは光が放たられ闘技場全体を包んだ。
「すいません。貴方も闘技場に行きたかったでしょうに私の護衛だなんて」
「いいよ。これも仕事だし、アルカナが使えないと聞いたらミラさんのことを放っておけないって」
つい最近まで反逆を起こそうとしていた王子に閉じ込められていたから彼女が戦闘能力皆無だということはよくわかっている。
「プフィリさんから聞いた通りの人ですね」
「え? あいつ俺のことなんか言ってました?」
あまり人のことを喋りたがらないのに珍しいこともあるものだ。
「ええ、プフィリさんは貴方をとても気に入ってるようでしたよ。普通の男の人とは違って面白いって」
「それってからかわれてるだけじゃ……」
面白いにもいろんな種類がある。この世界のものじゃないから無意識でおかしな事をしてしまったかもしれない。だがそれを確かめる術はない。
「私が聞いた感じですと、そういった雰囲気ではないと思いますから心配しないでください。それでは早く行きましょう。午後の部になら間に合うかもしれませんよ」
「そうですね。だけどミラさんの仕事ってなんですか? 大アルカナ所持者だということは聞いているんですがそれ以外はまったく知らないんですけど」
大アルカナ所持者がそれなりの地位につけるということはこの身もを持って知っているが詳しいことはあまりしらない。
彼女の様子からして指揮官や軍師、将軍はあり得ないだろう。
「大聖堂を任せられています。祈りを捧けたり、身寄りのない子供達を助けたりと仕事はいろいろありますね」
「大変そうですね。俺も手伝いましょうか? 護衛してるだけなんて退屈ですから」
なんだか小アルカナを使ってから体を動かしたくて仕方がない。前の所持者の影響が出る時もあるからという理由もあるが、カスロタ王子の暴走に巻き込まれた彼女は疲れているはずだからだ。
無理して笑っていることなどお見通しだ。
タロット占いで人の顔を見慣れたアークには一目でそれがわかった。
「アークさんがそう仰ってくれるのならお願いしましょうか。ですが大丈夫ですか? これから大聖堂で子供達を招いたお楽しみ会があるのですが」
「大丈夫ですよ。これでも体力には自信がありますから」
遠征で戦い抜いたことからそれぐらいなど楽勝だと胸をドンと叩いてみせた。
「はぁ……はぁ……。ば、化け物かあいつら」
大聖堂に着いてから一時間ほど経つとアークは庭で汗だらけになって倒れていた。
「子供達がやることといったら遊ぶことしかありませんからね。必然的に体力もついてくるんですよ」
大聖堂に集まったのは小学生ぐらいの子供達だ。この年頃だと体力など有り余っているほどある。
やる鬼ごっこやかくれんぼといった知り慣れた遊びであったことが唯一の助けだ。
「それにしても凄いですねミラさんは。こんなに仕事をして疲れないんですか?」
大手企業の社長ぐらいハードスケジュールで耳を疑ったほどだ。
「疲れない、と言ったら嘘になりますね。ですが私の仕事の成果でみなさんが笑顔になるのを見るとまた頑張れるんです」
まるで天使の生まれ変わりだ。爪の垢を煎じて飲ませたい人が二名ほどいるがそれは後にしよう。
「ミラさんはお優しいんですね。俺も見習わないと」
「その必要はありませんよ。プフィリさんのお話と先ほどの様子から十分広いお心を持った人だということは知っていますから」
「な、なんだか照れますね。俺なんてそんな大したことしてませんよ」
あまりこういった事で褒められたことがないし、ミラさんのような誠実な人に言われると余計に嬉しい。
「お話は伺っていますよ。遠征の時では初めてとは思えない仕事ぶりだったとか。それに小アルカナを使って将軍を倒したではなきですか。立派なことをしていると思いますよ。私はアルカナが使えませんから……」
「ミラさんはアルカナが使えないことを気にしているんですか?」
アークも初めは使えなかったがそれで死ぬというわけではないので、ミラほど悩んだことはない。
「もし私がアルカナが使えればその力で多くの人が助けられたのではないかと後悔してしまうのです。それはあのカスロタ王子も例外ではありません」
墓穴を掘ってはいけないと避けていた話題だったが彼女からそれを口にするとは驚きだ。
「あれは悪魔のアルカナで操られていたんですからミラさんが気に病む必要はないんじゃありませんか? ミラさんはただの被害者なんですから落ち込まなくてもいいんですよ」
なぜカスロタ王子に悪魔のアルカナで操られていたか、いつどこでそれがかけられたかは不明だが責任は誰にもない。もちろん王子もただ操られていただけで死刑は行われなかった。
「ですが王様がアルカナの力を使っているところを見ました。同じ恋愛のアルカナだったのでこれが使えたらすぐに王子を助けることができたはずなんです」
ギュと胸の部分に手を当てて悔しそうに服を握りしめた。
「ミラさん。そんな顔しないでくださいよ。俺は辛気臭い話とか悲しい顔をした女性はどう接したらいいか分からないから苦手なんですよ。だから笑ってください。それがミラさんに似合っている顔です」
「ふふっ。本当にお優しい方なのですね。ありがとうございます」
彼女の笑顔は天使の上をいき、神の領域に達していた。
「ふい〜、思ったより仕事が手間取ったな。歩兵なんてあんま役に立ってないんだからあんなにお金払う羽目になるのはおかしいと思うだけどな〜。エトもそう思うだろ」
「滅多なこと言うな。彼らも必死に戦ってくれたんだ。その分の報酬を払うのは雇い主として当然ですよ」
会議室で遠征に参加した市民への報酬が一人どれくらいかを決めていた。
「なんだ師匠にそんな口聞いていいのか?同じ地位だからって俺の方が年上なんだからもっと敬えよ」
「そんなこと言われても僕は事実を言ったまでですよ」
どんなことが起きても報酬は払わねばならない。でないと市民が怒って城に攻め込んでくる可能性がある。
「は〜、相変わらずお堅いね〜。これで俺が遊ぶ為の金が減っちったよ」
「お金の無駄遣いはやめてくださいよ。他の人に示しがつかないので」
軍師は戦いの先前線で戦うことはないがいろんな敵がいる。
今さっき会ってきたのがそうだ。普通より高い額を二人から引き出そうと必死になっていたが軽くあしらってやった。
「わかってる、わかってる。それよりもストラちゃん大丈夫かな〜」
二人は自然と足が大聖堂と逆方向にある闘技場へと進んでいた。
「さあ? この大会には月氏団も参加していますからね。負けても得るものはありますよ」
「うわ〜、負けた時のことも考えてるなんて冷たいな〜。普通心配するもんだろ。お前は妹を大事にしていないのかこの冷徹男!」
「女性と遊んでばっかの貴方に指図される覚えはありません。ただ今回は厳しいと言っているんです」
肉親が頑張っているのにそれを応援しないほどエトワールは冷たい男ではない。彼は彼なりに心配しているのだ。
「月氏団か。この国最大の騎士団が参加するとなるとまあ、これだけ賑わいのも納得だな」
闘技場に入り切れるのかと不安になるほど多い数が二人と同じ方向へ進んでいる。
「参加するのは騎士団長二人だけだけど他四人は見学するみたいですね。いつもはお忙しいのに珍しい」
月氏団は団員数が多くてそれを取り締まる為に騎士団長は十二名いるが、各地に飛び回っているのでその十二名が一同に集まることはまずないがその中の半数がいるだけで珍しい。
「あっちもひと段落したみたいだしな。でもそんな実力者が集まるなんてセレネちゃんが闘技場に参加させた意味がわかんなくなったな。俺はストラちゃんにあのアルカナを授ける為にしたもんだと思ったんだけどな〜」
ただギャパルを倒しただけでは大アルカナ所持者になるには成果が少なすぎる。
将軍を倒したプフィリなら受け取る資格はあるのだが本人は「自分には合わない」と言っているので他にいくしかない。
そこで大会という名目でストラを勝ち進めさせてアルカナを堂々と渡す……みたいな感じだと思っていたが月氏団が参加するとなるとその線は消えた。
「セレネ王はひいきはしないということですよ。国のため、この大アルカナの行く末は慎重に決めないといけませんならね」
つまり、この大会は不正をしないということだ。
「王様も大変だな。それも早く行かないといい席取れないぜ」
こういった行事は人がごった返しになる。
「そうですね。アークたちは仕事だと聞いたので午前の部は間に合わないからな」
その後、ある男がつまらないと呟いて不思議な力を発動させた。
「まさかムツキが殺されることになるとは」
ここは第二会議室。主に騎士団が使う場所
一番広いところだ。
大会に参加していた者は無事で月氏団のメンバーが五人揃ってこれからの方針を議論していた。
「まずは空いた団長の席はどうするんです?早々に決めないと今後の仕事に支障をきたします」
「それならムツキの弟とかどうだ?実力はかなりのものらしいぞ」
「弟? あいつにそんなのがいたとは初耳だな」
「どうせ愛人の子供とかでしょ。さほど珍しいことではありませんよ」
「だがそれだけで決めるのもどうかと思うぞ」
「それについては本人を連れてきたから彼を見てから判断すればいいじゃないですか。ほら、入ってこい」
手を叩く合図をすると扉からは細長い男が現れた。特徴的なのは緑色の髪の毛と目の細さだ。
「どうも〜、ボセル・ムツキです。この度はこんな私をここに招待してくださったことを感謝します」
「肉親が殺されたというのに随分と悠長だな」
「だってあれはアルカナ暴走だったんでしょ? それって事故みたいなものじゃないですか〜。それに僕はつい最近まで兄がいるなんて知らなかったのであまり実感がわかないんですよ」
いきなり兄がいた。その人が死んだと言われも何のことかさっぱりわからないだらう。違うショックが襲ってくるはずだ。
「それもそうだな。しかしお前、騎士には向かない体つきをしているな。飛ばされそうだ」
無駄な肉はないが、筋肉がそれほどあるわけでもなく中くらいだ。鎧をきていない今は商人にしか見えない。
「お言葉ですが剣は力だけではないのですよ。私は兄とは逆の技を極めたんです」
「技だと? 面白い。お前を試すいい機会だ。その技とやらを俺に見せてくれよ」
一人の男が立ち上がって練習で使われる切れ味がまったくない剣を投げ飛ばした。
これなら当たっても痛いくらいで血がでないからだ。しかしボセルはそれが気に食わなかったのか首を傾げて唸った。
「う〜ん、ちょっと僕の手にはしっくりきませんね。いつもは細い剣ばかり使っているからでしょうか?」
「もう言い訳か? そんなんじゃ先が思いやられるな」
できるだけスペースのあるところに移動して戦いやすくしながら挑発する。
「勝手に思いやられてください。ですが別にこれでいいですよ。さあ、始めましょう」
「口だけは達者だな。いくぞ!」
頭にきた男は得意である突きを繰り出す。しかしただの突きではない。切っ先が揺らいで途中でどこを攻めてくるが分からなくなる仕組みだ。
それをボセルは右、右、左、右とゆらゆらと移動して気付けば突きを通り過ぎて男の後ろをとっていた。
「これで僕の勝ちですね」
振り向いた男の顔に剣先を突きつけてにこりと笑った。
「ふ〜、やはり参加するとなると体力を使いますね〜。しかし見ている時より断然面白い。これで私は月氏団の団長。いやはやワクワクが止まりませんね〜」
ペロリと唇と舐めるその姿は獲物を目の前にした蛇のそれに似ていた。




