子供将軍
「どうも、お二人とも噂は聞いておりますよ。将軍を討ったとは流石はセレネ王自らが推薦しただけはありますよ」
食料、衣服などを荷物袋に詰め込んで馬に取り付け終わるとローブを着た身長百四十センチばかりの少年が二人の前に立っていた。
「え〜と、迷子かな?」
「騎士の子供かも」
今回ついてくる騎士はトゥールと暁の騎士団を合わせて二千。この中から探すとなるとさすがに骨が折れる。
「お父さんのお名前とかわかるかな?」
こういった時には迷子センターの人を真似ればいい。
膝を曲げて目線を同じにして声を高くする。
「………」
しかし、少年は俯いたままで返事をしない。
「多分、怖がってる。目つき悪い」
「俺そんな怖いか? なんかプルプル震えちゃってるけど」
「子供は敏感だから、でも大丈夫。アークが怖いわけじゃない」
慰めてはくれたが、それが逆にアークの心を傷つけた。
「ねぇ、何処から来たの? 教えて」
「………」
これでも無反応。震えはさらに増すばかりだ。
「子供相手にそれじゃあ駄目だ。もっと元気よく接しないと」
プフィリの場合はクールであまり子供に好かれなさそうなタイプだから仕方ない。
「ほら、俺に名前を教えてくれないかい?お菓子あげるからさ」
「それ誘拐みたい」
どうやらこの世界でもお菓子あげるからというのは誘拐犯が言う台詞だと相場が決まっているらしい。
「な、ならアークお兄さんだよ〜」
ウィンクを飛ばして応援を促す。
「プ、プフィリお姉さんだよ〜」
心なしかいつもより声が高くて女性らしい。
これならいける。
「二人合わせて……」
「え? 合わせるの?」
「あ〜、んじゃあ合わせるやめにするか」
「合体にする?」
「意味合いが変わってきてる。俺らそんな機能ないからな」
「融合?」
「もはや別のものに変化するぞ!」
ここで少年の震えが頂点に達して爆発した。
「いい加減にしてくださいお二人とも!」
突然怒鳴られた二人は訳もわからずぽかんと口を開けて少年の方をみた。
「僕はトゥール・クエーサー。あなた方二人を案内することになった三十二歳独身です。まあ、独身といってもバシスみたいなことじゃなくて自由を求めているわけですが」
なぜか独身貴族にありがちな言い訳をし出した少年はローブをとって顔を露わにした。
紫色の髪にまん丸い目。どこからどう見ても十歳程度にしか思えない容姿だ。
しかし、よく考えてみると最初にそれらしきことを言ってた気もする。
「その……すいませんでした」
「でした」
二人は自分よりも背の低い中年男に頭を下げることになった。
「トゥールさん聞きたいことがあるんでせけど」
準備を終えた三人の使者とその護衛である二千の騎士は馬にまたがり、王子が謀反を企てようとしているアガピカリエンテへと向かっていた。
「なんですか、自分の国の将軍を子供扱いしたアークくん」
言い方にに棘があってまだ怒っているのが見て取れる。
「え〜、王子が謀反を起こそうとしてるとは聞いているんですけど実際にそんなことできるんですか?」
そういった大きな事をするには何かと事前準備が必要だろうし、ただの王子が国を動かせるほどの力を持っているとは思えない。
「できますよ。王子はアルカナを受け継いでからは国の権力者たちを能力で味方につけているようですからね。先代は今でもご健在ですが今の王子を止めるほどの力は残っていないでしょうね」
だからこそ此方から出向くしかないわけだ。ぶっちゃけ面倒極まりない。
「なるほど、じゃあその王子との結婚を断ったていう人はどうしてるんですか?」
「王子を暗殺をしようとした疑いで牢屋に入れられたみたいだけど、人質にする口実だと思うよ。彼女はそんなことをする人ではありませんからね」
やはり王子からの恨みを買ってしまったらしい。
「そうですか。でもやっぱりその人が結婚を断った理由が気になりますね。同意してのことじゃなかったんですか?」
「政略結婚ですからね。彼女が望んでいなくてもそうするしかなかったのですが、限界が来たようで王子を突き飛ばして怪我をさせたみたいです。怪我は大したことなかったみたいですが」
しかし、それが王子の怒りを引き出したのだろうが謀反を起こそうと考えるなどいかれてるとしか思えない。
「まあ、好きでもない男と結婚なんてしたくないよな。それに謀反を起こそうとする王子にも問題があっただろうし、プフィリもそう思うだろ」
「確かに……結婚するなら好きな人がいい」
当然の答えだ。誰だってそれを望んでいる。
「あれ? 暁の団長さんは男嫌いだと聞いたんだけどただの噂だったか」
「いや……それは本当だけど、例外もあるというか……」
そこで一瞬だけ視線がアークに向いたのをトゥールは見逃さなかった。
「あ〜、なるほどなるほど。そういうことですか。いい傾向です」
人を寄せ付けず、騎士は男が多いのでコミュニケーションができないのは問題があったがこれがキッカケになって直ってくれればとトゥールは期待をした。
「ん? あれなんだ。古い塔みたいなものが建ってるけど」
「それは見張り台だよ。昔からあるものだけど同盟を組んでからはこちら側のものは無人状態になっているそうですよ。敵国のある方は問題なく機能しているそうですが」
アガピカリエンテは海とアークたちの国であるクレーネゲファレインの他につい最近追い返した国の隣で悪魔と死神の傘下がある。
目を離す訳にはいかない。
「へぇ〜、思ったより小さいんですね」
見張り台といったらディアマが壁を壊したとかデュジュとの戦いでお互い戦闘不能になるまでになった激戦区だったと聞いたから一体どんなものかと思ったが高さがあるだけでそれほど頑丈そうにも見えないし、壁など存在しない。
「僕たちの国の見張り台はバシスが能力で壁を作って強化してるからここと比べちゃいけないよ」
「そうですか。でも何だか不気味ですね」
表面は蔦で覆われていてるからということもあるが、それと別の何かがありアークは自然と少し見張り台を見つめていた。
「ちょっと止まってると後ろに迷惑だから早く来てよ」
「はいは〜い。すみませんね」
声をかけられて後ろで騎士達が詰まっていることに気づいてすぐに前に出た。
「初めましてカスロタ・ピュールです。お父様はご気分が優れないようなので部屋で休んでいます。必要でしたらお連れしますが」
三人の使者は既に城の中の会議室で謀反を企てているであろう王子と対面していた。
「いえ、無理をさせるわけにもいけませんので結構ですよ。それよりも僕たちがここに来た理由は分かっていますよねカスロタ王子」
この中で年長者であるトゥールがじっと見つめて問うが、背が低くすぎて頭しか見えず手を机に置いている姿がご飯を待っている子供のようで威厳が全く感じられない。
「ええ、もちろん。僕と結婚する予定だったミラ・ソドフさんを国に返してあげればいいのでしょう」
つまりこちらは人質に取られた彼女を解放して欲しいのだ。
「そうです。では早速ミラさんに会わせていただけませんか? 無事を確認したいので」
「無事だなんて。我々は何もしていませんよ。おい連れて来てくれ」
そばに立っていた騎士に命令をするとすぐに外に出て数分ほどでまた扉を開けて入ってきた。
後ろにいたのは短いポニーテールで茶髪の女性だった。一番目を惹いたのははち切れんばかりの胸。男なら誰しも見惚れてしまう。
それに距離があるというのにいい香りがする。
「いって!」
暫し見惚れていると足に激痛が走った。
その激痛は右足からしてそこを踏める人物は右隣に座っているプフィリだ。
「変態……」
ちょっと見てただけで変態扱いとはかなり手厳しく、なぜか機嫌を損ねてしまったようだ。
「あ、トゥールさん。申し訳ありません。私のせいでご迷惑をかけたみたいで」
「いえいえ。仲間とは助け合う為にあるものですからね。これぐらいどうということはありませんよ」
そこには王子が謀反を起こそうとしているのは彼女のせいではない。ただのキッカケにすぎない。いずれはこうなっていただろうという意が込められていた。
「すいませんね王子。しかし、本人が承諾しない限り結婚ということは出来ないんですよ」
人権というのがこの世界にあるかは知らないがそれなりに守ってくれる権利があるらしい。流石に王子でも規則には逆らえない。
「ええ、それは重々承知しています。僕もそれについては諦めましたよ。一方的な恋なんて虚しいだけですからね」
「なら、僕たちはこれで御暇します。何かと忙しいので」
長居は無用とばかりにいそいそとこの城から出て行こうと試みたトゥールだったがミラを連れてきた騎士と外で待機していたらしい複数の騎士が立ちはだかった。
「それは困りますよ。あなた方にはここでゆっくりしていっていただきたい」
「残念ですが僕はこれでも忙しい身なのですよ。僕のアルカナでしか出来ない仕事が山ほどありましてね。もうすぐ闘技場で大会が行われますからそれも気になるところです」
必死にここから出たいという意思を表すが王子はその言葉を聞き流す。
「いえいえ、あなた方は何か勘違いをしておられるようだ。私はこれから起こる事を考えてもう少し待った方が宜しいのでは申しているのですよ」
「これから起こる事?」
「反乱ですよ。クレーネゲファレインにね。私を騙して裏切ったあなた方の国を滅ぼすのです」
謀反ではなく、反乱と答える彼は自分が正しいのだと主張しているようだ。
「既に使わなくなった見張り台に兵を隠してあります。私の指示一つでそれらが一気に攻め込んだらどうなりますかね?」
見張り台は全てを見る為にかなり数がある。それに小さいといっても押し込めば百人ぐらいは入りそうな建物だ。全ての数を合わせたら大変なことなるだろう。
「ですがこの国には星のアルカナ所持者がいません。すぐには指示出来ないでしょう。なら王子に勝ち目はありませんよ」
「なん……だと?」
既に勝った気でいた王子は目を丸くして驚いた。
「王子とミラさんが行方不明になった時、僕がただ探してただけだと思いますか?いつかそうなるのではと予想していたので見張り台にアルカナを使わせていただきました。僕が指を鳴らすだけで全て燃え上がりますよ」
彼のアルカナは魔術師。幾何学的な魔法はお手の物。
「くそ! ならお前らを殺せば済む話だ」
指示をしてからでは遅く、それを止めるにはもうそれしかない王子は飾りにあったレイピアを引き抜いた。
シュ。
それと同時にプフィリが弓を引いて剣先を折った。
「無駄な抵抗……」
もう王子に勝ち目はない。大アルカナ所持者三人を相手にすることなど不可能なのだ。
敗因は脅してして用意したものが打ち破られてしまったからだ。
「こうなったらあの力を」
使い物にならなくなったレイピアを捨てた王子の背後からどす黒い何かが浮かび上がって来た。
「やめろこの戯けが!」
何の前触れもなく現れたのは高級そうなマントを羽織った大柄の男。
「お父様、どうしてここへ」
部屋に監禁していたはず、しかし後ろに見えた男で全てを悟った。王子派に反対するものがしたことだと。
「お前を止めに来たのだ。その悪魔の力もアルカナ能力で消させて貰ったぞ」
「な! そ、そんな……」
いつものように力を入れて黒いあれを出そうとするが一向に出てこない。
「アルカナ能力って王はもう持ってないはずだろ」
そしてそれは王子の中に入っているはずだ。
「アルカナ所持者だった人はその身に宿していた影響で体から抜き出しても一定期間は使えると聞いたことがある。恋人の能力は調和。悪魔の力を消したようですね」
つまり何ら不思議ではないということだ。
「お前についておった者もわしが制圧した。大人しく罰を受けろ」
こうしてカスロタは大アルカナを剥奪されてこの件は無事解決された。
「まさか、悪魔が裏にいるとは思いませんでしたね」
帰り道、馬をゆっくり走らせて行くトゥールは深刻そうな顔を浮かべた。
「悪魔ってあれですよね。戦争を始めた国で死神と手を組んでいるっていう」
つまりアークにとっては倒さなければいけない相手になるわけだ。
「そうだ。厄介なのは悪魔の方だ。人を操る力を持っている。それも大アルカナであろうと例外ではない」
あの黒いものの正体は悪魔の力で操られていた痕跡だ。
「そうなんですか。でも解決したんだからいいじゃないですか。それよりも早く帰ってストラが頑張ってるところみたいな〜」
ここに来てから休みという休みが全くない気がするのでせめて、こういう祭りみたいなもので盛り上がりたい。
「あ、それについてなんだけどアークにはこれからミラの護衛をお願いするから」
「え? 護衛って仕事ってことだよね」
「そうだな。ミラはまだアルカナの力を使えないし大会が始まるとなると色々と忙しいから護衛が必要なんだよ。でもミラはそういうのは嫌がるからな」
騎士を護衛にするとなると大アルカナの希少性を考えて少なくとも十人ぐらいは付きそうだがそんな大勢だと困ってしまう。
そこで力が使える大アルカナなら一人で済むというわけだ。
「不束者ですがよろしくお願いします」
「あ、ああ」
だが仕事とはいえ美人と一緒にいられるのは得だ。断る理由もない。
「なら私も……アーク一人だと心配」
「いや、そんな大事にすることはありませんよ。指揮官二人がいると目立ってしまいますよ」
そうなると逆にミラを危険な目にあわせてしまうかもしれない。
「で、でも……」
「大丈夫だ。お前は楽しんでこいよ」
「うん……わかった」
王子が武器をとった時に何も出来なかったので頼りないかもしれないが、誠意が伝わったらしく頷いてくれたて、次の仕事はミラ・ソドフの護衛となった。




