正義の将軍
「ふ〜、やっと片付いたぜ。なかなか骨のある連中だった〜。女の子もこいつらみたいに俺に接してくれればいいのによ〜」
バシスが愚痴をつぶやく目の前では木の束に下敷きにされた兵たち。アークたちが出発してから十分後にこうなった。
「気を抜かないでください。まだ奴らを全員倒したわけではありませんよ」
注意するのはふよふよ漂う閃玉。そこから聞こえてくるのはそれを作り出したエトワールの声だ。
「エトもそっちは片付いようだな」
壁の揺れも完全に収まっているのが何よりの証拠だ。
「勿論です。伊達で軍師をやっているわけではありませんから」
「それはそれは。師匠としては鼻が高いねー。ついでに頼みたいことがあるんだけど」
「女性が関わっていないことなら受けますよ」
図星をつかれたバシスは取り出した一枚の紙を落としてしまった。
「あ〜、いやいや。俺がそんなこと頼む思うか? 一応軍師だぞ」
「はて? 子供の頃にあの女性の名前を聞いて来いだとか、あの女性がいつここを通るだとか調べさせたのは何処の誰でしたか?」
あの頃は大変だったとばかりにいつもより低い声を閃玉の向こうから響かせた。
「ちょ! そんな昔の話持ち出すんじゃねーよ。誰かに聞かれたら俺の信用暴落しちまうぜ。それよりもアークのことだよ。プフィリちゃん連れてかせたけど大丈夫かあいつ。アルカナ使えないんだろ」
それはアークがエトワールに伝えていて必然的にバシスの耳にも届いていた。
「だから言ったでしょ。あいつは保険だって。あれと接触してアルカナの力が目覚めたらいいな程度で送ったに過ぎませんよ」
つまり期待半分といったところで、なにも全てアークに任せるわけではない。
「手を打ったらしいがそれは確実なものなんだろうな。お前が弟子とはいえ、何も言わない奴を信じるほど馬鹿じゃねーぞ」
これは軍師としての言葉で久しぶりに会ったエトワールを試そうとしている。
「ええ、東南に向かったんなら正義感が溢れ出てる奴を送ってありますよ」
「あ〜、あいつか。溢れ出てるというより漏れてる感じがするけどな」
それを聞いたバシスは安心して腰深く座り込んだ。
「ですが、実力は本物ですよ。なんたってあのディアマの同等、いえそれ以上の力はあるでしょうからね」
「見張り台の時は引き分けたって聞いたが、どうせメラフが邪魔をしたんだろ〜な」
「そのメラフに邪魔させない為のアークです。ディアマは星のアルカナで回復してる頃でしょうからね」
ディアマの戦場復帰。これは予想範囲内のことだ。星のアルカナ所持者であるエトワールは回復速度ぐらい予想できた。
「なら、こっちの将軍もお目覚めの頃だろうな」
「ええ、奴は少々荒っぽいですが鉱山を守り切ってみせるでしょう」
「出来るだけ被害は出さないでほしいものだ」
ため息交じりに呟いて目の前にある森を眺めて、隠れているはずの敵をいつでも迎え入れられる準備を始めた。
「おお、ディアマ様だ! これでこの忌々しい鉱山を壊してくださる。そうすれば我らの勝ちは同然だ」
メラフの燿玉から出てきたのは黒い鎧を身に纏った大男。二メートルは確実に超えている。
「起きばっかであれだと思うが、あの山壊してくれディアマ。お前のアルカナなら十分あればいけるだろ」
「………」
「相変わらず無口だな。不便な奴だ。まあ、それも力の一部になってるから文句は言えねーんだがな」
「………」
「あ? お前さっきから何処見てんだ」
話は聞いているようだが、視線はメラフよりも奥の方を捉えていた。
それが気になって視線の先である後ろを振り向いて見るとそこには白い奇妙な服を羽織った男が仁王立ちをしているのが目に入った。
「よぉ、待ちくたびれぜ。エトワールの野郎がここで待ってろって言うからずっと待ってたのに全然来ねーからお役御免かと思ったじゃねーか」
男は両手でオールバックの髪型を整えて敵軍勢の前で背中を見せた。正確には白い奇妙な服、アークの住んでいた世界にある学ランに似たその服の後ろに刻まれた『正』の文字を。
「俺は王に忠誠を誓ったクレーネゲファレインの将軍。デュジュ・ユスティー。忘れたとは言わせねーぞ」
耳が痛くなるほどの声で名乗るとメラフとディアマの後ろにいる騎士たちは騒ぎ出した。
「あ、あの姿。間違いない。ディアマ将軍と引き分けた男だ。あいつも負傷して戦闘から離脱したんじゃなかったのか?」
「でも、背中に刻まれた『正』の文字。見間違えるはずもない。敵は我らがここに来ることを予想していたんだ」
思わぬ伏兵に取り乱し始めた軍だが、ディアマが自分の身長の三倍ほど跳躍して荷車から降りた音で静まり返った。
「冷徹の星も幾つもある鉱山から俺たちがどれを狙ってるかなんて分かりっこねーんだよ。奴がここにいるのはただの偶然だ」
メラフの予想通り、デュジュがここにいるのは偶然。だがその偶然が功を奏することもある。
「賭けは俺が勝ったようだな。そら、どいつからかかっくるんだ。こねーならこっちから行くぞコラァ!」
デュジュは千の敵も相手できる自信があるが、敵の方は脅しでびびってしまい動けずに周りのものの顔ばかり見つめて行きたがらなかった。
「………」
そんな兵たちを見兼ねて前に出たのはディアマ。
「けっ、やっぱりお前が来るか。だけどよぉ〜、今回は完全勝利させてもらうぜ。引き分けなんて納得できねーからよ。お前もそれでいいだろ?」
「………」
納得してる、してないかは不明だがディアマは首を縦に振って答えた。
「メラフ様! 我らも将軍と協力した方がいいのではないですか? 敵兵がここにくるのは時間の問題ですし」
素早く突破をする為に数を減らしたせいで兵力はたったの千だし、ここに来るまでの道のりで疲れてしまっている者が多いので攻めてこられたら一溜まりもないことを自覚している騎士たちは一刻も早くこの国から出たいと思っているのだが目当てのものが目の前にあるというのに帰るわけにもいかなかった。
「だったらあいつの邪魔するな。お前はあの敵に勝てる自信があるのか? それがあるんだったら俺は止めはしない。好きにしてくれて構わない」
にらみ合う両者の中で敵の将軍を見てみると、味方の兵などいないのに妙な迫力があった。
「あ、ありません」
あれに突っ込むというのは大軍に一人で突っ込むのと同義だと悟った騎士は情けないと思いながらも踏みとどまった。
「それでいい。端からお前たちには期待なんてしてない。今ので突っ込んでたらお前を兵として認めてなかっただろうよ」
臆病なことは決して悪いことではないのだ。今のそれは生き残る為の本能であり、それがない兵など上にいくことはできない。
「ならば我々は何をすればいいのでしょうか?」
「それは言われなくても考えろ。厄介な正義野郎は俺らの将軍が抑えてくれるんだ。がら空きの鉱山を狙うのが先決だろ」
メラフたちの目的は初めから大きな銀の鉱山。
「それはそうですが……」
騎士達はデュジュの前で立ち尽くす将軍を見つめた。彼らにとっえその人が恩人なので気になって仕方がないのだ。
「あいつの心配はいらねーよ。お前らか十分に鉱山を壊せるくらいの時間は稼いでくれる。問題は……」
「メラフ様! こちらに敵と思わしきものが近づいております。数は我々と同じ千」
「ちっ、思ってたより早いな」
これがメラフが言いかけた問題。この兵ではまともに対処出来ないからもう少し時間が欲しかったところだ。
「あとどれくらいでここまで来る?」
「十分ほどだと思います」
土煙の上がる方を向いて一人の騎士が予想を伝えるとメラフは顎を手においた。
「ディアマ。ついでにあいつらの足止めできるか」
「………」
少し間があったが小さく頷いた。
「よし、お前らさっさと準備しろ。ここからは時間との勝負だ」
メラフの号令で予定通りにここまで持ってきた荷車を鉱山へと走らせた。
「行っちまったな」
「………」
「俺はお前を倒してあいつらも残さず倒すつもりだがどうする?」
鉱山へと向かう千人を横目で確認しているとその隙をついて一気に距離を詰めてきたディアマの拳が顔面に迫っていた。
「ほぉ、そうくるかよ」
だがそれはデュジュの素手で簡単に止められてしまった。
「お前は強いが頭は賢くねーようだな。俺ならあんな奴らぶっ飛ばしてやるぜ。気づいてないのか? お前利用されてんだよ」
力ある者は人を集めるがその人が悪ではないとは限らない。メラフがしていることはただ勝利する為の道具として彼を扱っているようにしか見えないのだ。
「………」
「黙ってても構わねー。俺は俺の正義を貫く。お前から見たら俺が悪なのかもしれーがよ。芯のねーお前じゃあ俺には勝てないぜ」
「………」
反論せず、代わりに空いているもう一つの拳を振り上げた。
「見えきた。誰かいるぞ」
馬を走らせ、ようやく鉱山へとたどり着いた時にはデュジュとディアマの戦いが始まってから十分が経っていた。
「よぉ、初めて見る顔だな。てっきり堅物が来るかと思ってたぜ」
優勢なのは余裕のあるデュジュ。
「メラフたちは何処だ。見当たらないが」
ここにいるのはヒビが入り始めている鎧を着た大男だけだ。
「あそこだよあそこ」
「な! やばいじゃないですか。早く行かないと」
「まあ、待て待て。お前らにはこいつを任せたい。敵の将軍。悪くない相手だろ」
騎士達は「おおっ!」と声を上げる。戦争で将軍の首を取るのは昇格することができるほどの戦果だからだ。
それにあからさまに弱っている。デュジュの実力のおかげだろう。
「俺としはそいつとの決着はつけたかったが、今は鉱山を守るのが優先だ。それにこれは俺の正義を貫く為に必要なことなんだ」
「………」
逃げるのか、とでも言いそうな雰囲気だが、ただデュジュを睨みつけるだけでそれ以上のことはしないようにしている。
一対一では勝てないと判断したのだ。ならばまだ勝ち目のありそうな方を相手したい。そんなところだろう。
「鉱山には誰にも入れるなよ。そいつもお前らもだ。メラフの野郎がなに企んでるかわかったもんじゃねーからな」
そう言うと学ランを翻して鉱山へと向かうデュジュを見つめ続ける大男の目は次第にアークたにの方へと向く。
「え〜と、誰か紹介してくんない?俺初めて会うんだけど」
「私も初めて会いますが、黒い鎧を着てきて敵の将軍となるとディアマしかいませんね。力の大アルカナ所持者です」
「さっきの人は味方だったわけ?」
「あの人は正義の大アルカナ所持者のデュジュ・ユスティーさんですよ。私たちの将軍でもあります」
ここに来て初めて将軍がいることを聞かされた。軍師ばっかで心配だったがちゃんといるようで安心した。
「ああ、敵の主力と相打ちになった人のことか。ならあいつめちゃくちゃ強いじゃん」
「強いなんてものじゃありませんよ。この人数でも勝てるかどうか……」
弱気なストラなど珍しい。アークの予想より遥かに強いだろうが、それを追い詰めたデュジュはどれほど強いのだろうと疑問に思った。
「大丈夫。こっちにも大アルカナ所持者がいる」
これまた珍しいプフィリの自信満々の一言で視線は一点で交わる。
「お、俺?」
「それ以外誰がいるんです?」
こうなったらヤケクソである。
「わかった。試してみるけど駄目だったら弓矢で牽制するだけだぞ」
革袋から一枚のカードを取り出す。
小アルカナぐらい使えないと大アルカナも使えないということで、まずはこれを使えるかどうかを試すことにした。
「え〜と、集中集中……」
時間稼ぎができればいいディアマはその様子をジッと見ている。その威圧感は半端なく、アークの体もそれにビリビリと反応する。
「集中集中……」
だが、親父の長すぎる話を聞き慣れたアークにとってはどんな時でもどんな場所でも集中できる自信がある。
愚者のアルカナを使おうとした時には何をイメージすればいいのか定かではなかったので苦戦をしたが、今回はカードに描かれている白い棒を想像すればいい。
「集中集中集中集中ーーーーーー!」
頂点に達するとカードが光だして辺りを包んだ。まるでアークをここに連れてきた光のように。
「あ、できた」
手にある感触はカードではなく、金属に近いもの。とてもシンプルな造りだが手にしっくりとくる。
「す、凄い。こんなにもアルカナを使いこなすなんて流石ですアークさん!」
「え? これってそんな凄いの」
ストラは興奮して褒めてくれたが、実感がわかない。
「カードの状態からアルカナの能力を引き出す時は今のように光が出るんですがこれほど大きなものは見たことありません」
つまり自信を持ってもいいのだろうか?
愚者のアルカナの能力を引き出そうとしても無理だった自分が。
「アーク。きっと大丈夫。私もみんなも協力する」
暁の騎士団、星童騎士団は弓矢、槍、剣などをディアマに向けて戦闘態勢をととのえていた。
「さあ、指示を」
ストラもプフィリも同様だ。こんな自分を信じてくれている。こんな嬉しいことはない。
「よし、全軍突撃! 弓矢部隊は合間を見極めて弓を引け。その他は死なない程度に攻撃だ」
「「「おおおーーーーーーー!」」」
アークを先頭に千人は黒い鎧を身に纏った力の狂信者へと突っ込んで行った。
「ねぇ、月の軍と太陽の軍。どっちが勝つと思う?」
ある城の中でチェスをしている一人は目の前に座ってる無愛想な顔の者にそう訪ねてみた。
「どちらでもいい」
ポーンをヒトマス進めて腕を組み直した。
「それはちょっと冷たいんじゃない?一応僕たちが仕掛けろって言った戦争なんだからさ〜、味方を信じてあげよ〜よ」
椅子を前後に揺らして天井を見上げてつまらなそうにつぶやいた。
「味方? ふん、あんなのは愚者の力を見極める為の駒に過ぎん。これと同じだ」
チェスの駒の上を指で弾く。
「ふ〜ん。でも愚者は駒じゃなかったら何なのかな?」
「俺たちだな。こうして駒を動かす側、俺たちと同様の存在になる可能性がある」
何気なく進められていたのに気づいて馬の形をした駒を動かした。
「な〜るほど。だったら楽しみだね」
「楽しみものか。他にも動いてる奴がいる。お前なら気づいているんだろ」
「まあね♪ でもさ、そんなの無視すればいいんだよ。あっちももう動く気配はないんだから」
ひょいと駒をつまみ上げて動かすと返された男は悩むように肘を机に置いた。
「放置はできん。そちらは俺が対処しておこう。どこまで通用するかはわかったものではないがな」
「あれ? 強気じゃないなんてらしくないね。そんなに手強いの?」
「手強い……というより厄介だ。奴らはこうしている俺たちを眺める傍観者たち。尻尾をつかむのに苦労しそうだがお前はいつも通りにやっていろ。それとチェックメイトだ」
「りょうか〜い。て、ええ!」
椅子から飛び上がって何度も確認をするが彼に偽りはなかった。
「俺は傍観者を探ってみる」
「僕は愚者の見張りと軍に指示を出すんだね」
確認してきたのを頷いてチチェックメイトを決めたこの場から立ち去った。




