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暁の団長

「ここに暁の騎士団の団長がいるのか」

 暁だからかテントの色も赤で派手ですぐに見つかった。

「それで? なんでストラがいるのかな」

 ここには挨拶に行けとエトワールに言われたから来たのだが、何故か背後にはストラが空気のように存在している。

「私がいると何か都合が悪いことがあるんですか?」

 鋭い口調からまだ機嫌は治ってないようだ。いつもより迫力がある。

「別にそんな事ないけどさ。これは指揮官として暁の騎士団の団長さんに挨拶をしに来てるだけでやましいことはありません」

 先ほどのバシスの立場と同じ状況になってしまった。違うのは相手が女性であること。

 この違いは遥かに大きい。

「こ、これは俺の役目なんだからお前が付いてくる必要はないかなーなんて思っちゃうわけでして」

「私は団長です。団員たちがお世話になるのに挨拶なしでは示しがつかないと思ったので来ただけで、アークさんと出会ったのは偶然ですよ。別々に訪ねるのもご迷惑でしょうから一緒に入りましょうか」

 一言も発せないままストラに言われたままに一緒に派手なテントの中へと入った。




「失礼します。星童騎士団団長のストラ・ヴェルソンです。ご挨拶に伺いました。隣の人は気にしなくて構いません。無視してください」

 先に入ったストラは一瞬、目線をこちらに向けて意思表示をした。

「ちょ! もしかしてまだ怒ってるのか?」

 謝罪をしていないので許してくれていないのは覚悟はしていたが、ここまで拒絶されると悲しくなってくる。

「別に怒っていません」

「怒ってるじゃん。俺の何がいけなかったのか言ってくれよ。じゃないと直しようがないだろ?」

 いくら考えても自分のしたことに悪い所はなかったと思って、もう本人に聞くしか手段はないので無粋ながらもそう聞いてみるとした。

「全体的にです」

「全体的?それじゃあよくわかんねえよ。ストラは俺の何が気に入らなかったんだよ」

「バシス様に少し似ているところがですかね。微かですがあの人と同じ雰囲気がします」

「あ、あのおっさんと……」

 軍の中の女性の数を知って、紙に名前のリストを書いて何やら企んでいたあの男と。

「痴話喧嘩なら外でやってください」

 二人の間に割って入って来たのはこのテントの住民であり、アークが挨拶しようと思っていた人物。暁の騎士団の団長さんだ。

 騒がしかったので中にあるもう一枚の布の壁から自主的に出て来てくれたのだ。

「な、成る程……確かに美人だな」

 元の国には存在しないであろうピンク色の髪。それは二つに束ねられて横に突き出している。言わばツインテールというやつである。それに彼女の蒼い瞳は海を思わせ、引き寄せられる感じだ。

 胸はストラよりも少し発達していてそれ以外は無駄な肉がない。

 バシスが彼女のことを熱弁していた気持ちが何となくわかった。

「何、見惚れてるんですかアークさん。私たちは挨拶に来んですよ。やましい気持ちを出さないでください!」

 最後の方から怒りをあらわにして思いっきりアークの足を踏んづけた。

「いって! 何すんだよ」

「そういうところに私は怒っているんです」

 それだけ言い残すと取り残されていた暁の騎士団の団長の方を向いた。

「すいません。指揮官はこういう人なので」

「指揮官?星童騎士団の団長は女性だって聞いて安心してたけど」

「遠征の予定が決まった後にお兄様……軍師の人が是非この人も連れて行きたいと言ったものでして」

 どうやら微妙な時にこの世界に来てしまったらしい。さぞエトワールに苦労をさせてしまったことだろう。

「もしかして……大アルカナ?」

「そうなんです。よくおわかりになりましたね」

「ただの勘……無名の人が指揮官になるのはそれしか方法ないから」

 それはこの世界独特のものなのだろう。大アルカナ所持者は苦労せずにそれなりの地位につけてしまう。

 彼女からはそれが理不尽だとか思っているわけではなく、自然の摂理だと諦めてしまっている感じがする。

「そうなんですよ。アークさんは愚者のアルカナを持ってるんですよ」

 まるで母親が子供の自慢をするかのようだったが紹介してくれたのは好都合だ。

「え〜と、どうも一応指揮官のアークです。団長さん」

 流れで挨拶をして手を差し出して握手を求めた。

「シュヴィーク・プフィリ。好きなように呼んでくれて構わないわ」

 警戒をしながら弱い力で握手をしたら、すぐに手を引っ込めた彼女の様子を見てバシスの言っていたことを思い出す。

 彼女は男嫌いなのだ。

 ストラとのやり取りからしてあっち系ではないにしろ、やり辛い。

「じょあ、プフィリ……さんは暁の騎士団、星童騎士団の指揮をお願いしたいのですが」

「え?」

 ストラも驚いて、それは表情に出ていた。  それもその筈だ。これはあの軍師二人にか話していないことだったからだ。

「普通、それは指揮官がすることですよアークさん。仕事を押し付ける気ですか?」

 わざわざ三人がバラバラになった理由は遠征が加わって大きくなった軍をきちんと動かせるようにだ。

 つまり、この場を任されたということはこの場にいる軍の指揮をしろということ。

 アークはそれを拒んでいるのだ。

「貴方が指揮官なんだから指揮は貴方がすればいいじゃない。そういうのが好きなんでしょ」

 プフィリは嫌味のようにそう返すが、アーク何とも思わなかった。

「別に好きで指揮官になったわけじゃないんだ。俺の目的の為に仕方なくだ。それに指示するのって苦手なんだよ」

「でも、星童騎士団の人たちが私の指示を聞いてくれるか……」

 声の小さな彼女は自信というものが感じられないのは会った時からのことだが、団長なので団員らも耳を傾けてくれるとアークは確信してる。

「大丈夫だ。俺の仲間は素直でいい奴ばかりだからな」

「仲……間?」

 首を傾げて二つ髪の束を動かす彼女の姿は天然ぽく見えた。

「だってそうだろ。他にどうやって呼ぶんだよ」

「手下とか部下とか?」

「あ〜、そっか俺、一応偉いのか?」

 流れで指揮官になって何も考えずにここまで来たし、エトワールは何も教えてくれなかったので自分の地位がどれほどのものかが分からなかったが想像してたより上らしい。

「そうですよ。団長の上、つまり小アルカナ所持者がいける最高の地位が指揮官です。その上の軍師や将軍は大アルカナ所持者しかなりません。それと一番上に立つ王は王族の血を受け継いでいる方のみしかなれません」

 つまりこの世界に来て特に何もしてなかったのにいきなり凄い地位につかされたということだ。

 エトワールが自分より上の地位なのは腹立たしいがアークをここに縛る為のものだろう。そんな事しなくても帰るためには従うしかないというのに。

「ふ〜ん。でも俺、バシスのおっさんに頼もうとしてたのに三人で分かれてやるって言い出したから団長であるプフィリさんに頼みたいんだよ」

「な、なんで私なの? 団長なら貴方の隣にもいるじゃない」

 指を差す先には何故か大人しいストラがいた。

「たしかにこいつも団長だが実戦はこれが初めてでいきなり大勢の人を任せるのは酷だと思ってな」

 予想されるのは人の多さに怖気ずいてただ立ち尽くす彼女の姿だ。そうでなくとも初めてやる人が上手くいくかは分からない。

「でも、私だけじゃちょっと……」

「なら俺は補助役としてくれよ。無名の俺なんかより有名なプフィリさんの方が素直に動いてくれると思うんだ」

 ギャパルの件で少しは知れてはいるが、実際のところはギャパルを直接倒したストラの方が有名になってアークの噂は薄くなってしまった。

「貴方は私にできると思いますか?」

「できると思ったから頼んでるんだ」

 最初はバシスの話を聞いてだったが、実際に会ってみて声は小さいが軍師の二人に近い雰囲気がある。

 それに団長になるほどの力量があるのだから頼りになる。

 必死に本音を伝えるとプフィリは数秒ほど考えて決心するとまっすぐアークの目を見つめた。

「分かりました。ですが貴方にも手伝ってもらいます」

 どうやら一人では不安らしい。何とも女性らしくて可愛い。昨日の悪夢が消えていくようだ。

「いいぜ。よろしくなプフィリさん」

「さんは付けなくていい」

「わかったプフィリ。俺も呼び捨てでいいぞ」

「私は置いてけぼりですか……」

 話に入れないストラは横でジッとしているだけに終わった。




 プフィリと挨拶を交わして寝静まった後、チャカデェール軍にはまだ起きている二つの影があった。

「メラフ様、兵たちから不満の声が聞こえ出しています。なぜ一気に攻めに行かないのかと。しかも何やら変なものを作らせて兵の休息時間が減っているので、せめてあれが何なのか教えてほしいとのことです」

 アークたちは半分が攻めて来て半分が休んでいると考えていたが、実際は裏であるものを作らされていた。

 そのせいで疲れは溜まって行く一方で、劣勢続きもあって不満が爆発寸前にあったがメラフはそんな事など気にしていない。

「知るか! そんなくだらない事で俺の手を煩わせる気か」

 不満が溜まっているのは兵だけではない。全体の指揮をしているメラフも撤退命令を出す時は苛立っている。

「しかし、このままでは兵が倒れてこちらの負けは確実のものになってしまいます。それに敵国の遠征軍が到着してさらに不利になっしまいました。こうなったらまとまり切っていない今を全軍で攻めるしかないのでは」

 いきなり数が増えて統率が出来る筈がない。もうチャンスはここしかないと思ったタンは怯えつつも提案を試みた。

「そうだな……。数も十分に揃って来た。うちの軍の奴らは一度騒ぎだしたら止まらないからな。よし、全員起こして準備をしろ。翌日、壁攻略を始めるぞ」

「え、あ……はい!」

 自分の意見など無視されると思っていたタンは一瞬戸惑いながらも全速力で兵たちを起こしに行った。

「やっとこれを使う時が来たか」

 木箱の山に手を置いて、暗闇の中で不敵に笑ってみせた。




 翌日。エトワールの閃玉が敵がこちらに近づきつつあるのを発見をした。

「弓矢部隊は前衛で敵を見つけ次第、攻撃を開始してください。歩兵は石を壁の上に運んで騎士に渡してください」

 赤色の鎧を装着したプフィリは指を差したりして指示を出していた。

 石は梯子を使って壁を登ってくる者に投げつける為のものだ。これで槍では届かない敵を妨害する。

「ほぉ、流石は団長さんだ。的確な指示でみんなを動かしてる」

 歩兵も騎士も何の文句もなく、指示に従ってテキパキ行動を開始している。女性だからという事で問題が起こるかと予想していたが、それとは裏腹に歩兵は彼女がここを指揮することを話すと喜びで溢れかえった。

 目の保養にもなるし、偉そうな男なんぞに命令されるよりはマシだと思ったのだろう。

「私も団長ですけどね」

 隣でふくれっ面をしたストラがふと呟いた。

 どうやらまだあの時の事を怒っているらしいが、プフィリと会ってからは更に怒り具合がましたように思える。

「まだ怒ってるのかストラ。謝るから許してくれよ」

「別に怒ってませんから謝まらなくてもいいですよ。全、然、気にしてまへんから」

 全然を主張して否定してそっぽを向いてしまう。

「アーク殿。まだ仲直りしてなかったのでござるか? 早くしないと後後、厄介なことになるでござるよ」

 教えた本人はもう飽きてきたのにこの口調をやめないサムニンが突如として現れた。

「う、お前痛いところついてくるな。俺だって出来ることならそうしたいが避けられてるんだよ」

 それもかなりあからさまに。これではこちらの心が折れてしまいそうだ。

「それでも諦めては駄目でござるよ。もうすぐにそかに敵が迫っているので時間もないでござるので終わった後でいいでござるから仲直りしてほしいでござる」

「俺も努力するよ。どちらにしろこれを凌がないとどうにもならないがな」

 初めて戦場に来た者、野望の為に身を震わせている者、この空気に慣れている熟練者、様々な人の緊張感が全体に漂っていた。

「プフィリ。大丈夫か?」

 こんな数を指揮するのは初めてのプフィリに声をかけた。

 指揮を任せたのは自分だし、何より手伝うと約束をしている。

「アーク。ちょっと兵が多くて緊張するけど大丈夫。こんなの慣れてるから」

 壁の上の兵、その後ろの兵たちを見渡す。

 アークたちがいる左側にいるのは六千五百人はいる。その中で星童騎士団は五十三人と(わず)かな数だがプフィリの暁の騎士団は千人。

 それだけの数をいつも従えているプフィリだからこそ兵たちもその熟練者の雰囲気で安心して付いて来てくれている。

「やっぱお前を選んで正解だったな」

 背中の矢筒には十本を超える矢を携えているその姿からは威厳すら感じられる。

「まだ戦いは始まってもいませんよ。言うなら敵を倒してから言ってください」

 なんとも手厳しい一言だが、これはこれで彼女らしい。

「数はどのくらいか聞いてませんか?」

「いいや、偵察用の閃玉はすぐに壊されたからよく分からないってさ」

「そうですか。でもこちらには来るんのは確かなんですよね」

「じゃなかったらこんな事してないって。敵は壁を全体的に壊す為に広がりながら近づいて来てるらしい。何か策でも思いついたんじゃないかってバシスのおっさんは呑気に言ってたな」

 有利なのはこちらなのだから余裕ぶってしまうのは仕方ないが、あの人の性格を足すと仲間なのに顔面を殴りたくなってくる。何となくだが結婚できない理由がわかった。

「ああ、あの人ですか。しつこくて嫌いですねあの人は」

「会ったことあるのか?」

 驚くことはなかった。バシスから彼女の話が出てきたのだから一度くらいは面識があってもおかしくはない。

「この軍に入ってからすぐに会いました」

「結構、最近だな。バシスのおっさんの話だと何年もの付き合いだと思ってたぜ」

 どうやらあの人が見栄を張っていただけらしい。

「結婚してって迫られて困りました」

 プフィリの性格して強くは言えないからあの人を追い払うには相当苦労しただろう。殴ったり、叩いたりしないと諦めない不屈の男だ。

「結婚か。おっさんも相当追い詰められてるのかな」

 年齢を聞いても、内緒♪ と似合わないお茶目口調でなかなか教えてくれない。

「断りましたけど」

 当然だ。しかし、彼女は結婚できる年齢なのだろうか?

 見た目だけだとストラよりも若く思えるが、女性に年齢を聞くのはタブーだと知っているので聞かないでおいた。

「ふ〜ん。じゃあ、どんな人だったら結婚したいと思う?」

 バシス同様、結婚経験のないアークにとってそれは一番気になることであった。

 彼女と結婚したいわけではないが、女性はどんな人と結婚したいと思うのか参考程度に聞いておきて今後の役に立たせたいのだ。

「それは……」

「何だあれは!」

 何かを言いかけたがそれは暁の騎士団の一人の大声で遮られた。

 その声につられて敵がいるであろう方向を見ると目に映ったのは黒い霧だった。

 大きさは壁の半分程度だが横にズラ〜と並べられている。

「全体止まれ!」

 下から聞こえてきた敵の声で霧は消え去ってその中から数本の木が束ねられて出来ていてお寺にある鐘をつく棒のように宙に浮いていた。

 原理は木の上空にある透明な玉で浮いているのだが、それは一つ一つは小さいので数え切れないほどにある。

「壁攻略作戦開始!」

 霧を晴れさせた声と同じのが響いてメラフが考え出した壁攻略作戦が始まった。

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