↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満ちゆく月に君の影  作者: 多田羅 和成


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/1

本編

 埃を被った望遠鏡。使い古した星座図鑑には、隙間なく付箋が貼られている。


 景(かける)は目元まで伸びた黒髪をうっとうしそうに耳にかけ、星座図鑑のページをめくった。


「天文部、俺と景で終わりだってさ」


 本から満(みちる)へ視線を向ける。夏休みだからと茶色に染めた髪は傷んでおり、顔の良さを半減させていた。


 思わず眉間に皺を寄せ、不満げに唇を尖らせる。


「顧問からも注意されたのに、まだ黒髪にしてないのかよ」


「部活が廃部になる話していたのに、なんで俺の髪色の不満を言うんだよっ!」


「幼馴染の僕が似合わないと教えているのに、聞かないからだろ。それに新入生が入らなかった時点で分かるじゃん」


「えー、そんなこと言わないでよ。お願い景ちゃーん」


 手を合わせて可愛らしくおねだりをする満に心臓が跳ね、同時に苛立った。


 手に持っていた星座図鑑を閉じると、満の頭めがけチョップをする。


「いった! 酷いわ! 暴力反対!」


「その呼び方やめろと言ったよな? 先に仕掛けたオマエが悪い」


「あんまりよー! そんな優しい景ちゃんはどこに行ってしまったのー!」


 神経を逆なでし続けるものだから、もう一度チョップを食らわせようと腕を上げた。


 すると満は流石に食らいたくないのか、手を前に出して止めようとする。


「ごめんごめん! 卒業するまで景と二人で部室に居られることが嬉しくて、はしゃいじゃっただけだから許して!」


 満の言い分に深いため息を吐けば、腕を下ろした。


「……そんなこと恥ずかしげもなく言えるな」


 耳の先が熱いのを感じ、髪を弄り誤魔化す。窓から吹き抜ける夏風は、熱を冷ましてはくれない。


「だって俺、景との部活大好きだからさ」


 きゅっと締め付けられる胸の痛みに向き合えず、視線を逸らす。


「僕も、好きだけどさ」


 いきなり満が抱きついてきたものだから、体がふらつきそうになるのをなんとか踏ん張る。


「俺ら相思相愛じゃーん! 大人になってもずっと一緒にいような!」


「ちょっ! 抱きつくな! 暑苦しい!」


 夏の暑さでは誤魔化せないほど、身体が熱かった。満に悟られないよう必死だったせいで、そのときの表情までは覚えていない。


 ただ石鹸と汗が混ざり合った匂いと、日差しを反射している茶髪が最後の記憶だった。


 ******


 景はクーラーの効いたリビングで、ソファーに寝転がる。


 安っぽいオレンジ味のアイスでは、そわつく心を埋めることは出来ない。


「お盆ってやることないんだよな……。満も田舎のばあちゃん家で遊べないし」


 暇つぶしにショート動画を見ようと開いた時、焦ったように母が駆け寄ってきた。


「ちょっと景! 大変よ!」


 額に汗を滲ませている母に、景はゆっくりと体を起こす。

 

「なんだよ母さん。そんなに慌てるようなことある?」


「満くんが交通事故に遭ったのよ! しかも意識不明の重体って!」


 開いた口が塞がらず、太ももにアイスが落下する。ぐわんぐわんと籠った耳鳴りが頭の中で響いていく。


「……えっ?」


 八月十六日、景にとってただのお盆が満の命日へと変わったことを鳴り響く電話が知らせた。


 ******


 夏休みが明け、始業式の日となった。見慣れたクラスメイトの中に、ぽつんと空いた満の席。


 何も知らずに夏休みの思い出を共有する彼らを見て、景は視線を逸らす事しか出来ない。


「席につけよー」


 教室に入ってきた担任の声も沈んでいるように聞こえた。


 全員が座ったのを確認した後、先生はゆっくり息を吸い、僅かに震える唇で告げる。


「……月野満くんが交通事故に遭い、帰らぬ人となった」


 シンと静まり返る教室。どこかで息を飲む音が聞こえた。


「みんなで満くんに黙祷を捧げよう。……黙祷」


 クラスメイト達は下を向き、あの世にいる満が幸せであったことを願う。


 景も下を向くも、みんなと同じようにあの世で幸せであることを祈ることはできなかった。


 心のどこかでまだ近くにいるんじゃないかと信じたい自分がいた。


 黙祷が終わった後、周りは満の話をしている。クラスの輪に入ることなく、ぼんやりと窓の外を眺める。


「うそつき」


 絞り出された憎まれ口は誰にも聞かれることなく、景の心を翳らせるだけであった。


 ******


 放課後、景は天文部の部室へと向かう。


 誰にも呼びかけられることもなく、扉の前へとたどり着く。しかし中へ入ることに戸惑う自分がいることに気が付いた。


「……もう一人ぼっちなのに」


 扉の向こうには誰もいない。それだけで触ったドアノブが酷く冷たく感じる。


 悩んだ末、扉を開けると懐かしい香りが鼻を掠めた。


 そして信じられない光景に何度も瞬きをし、その場から動けなくなる。


「……なんで満がいるんだよ」


 いつも座っている席に座っている満は悪戯が成功したように笑いながら、片手を上げた。


「よっ! 元気?」


 景の中に歓喜する気持ちが湧き出すが同時に怒りが混ざる。衝動のまま満の近くまで近づいていく。


「オマエっ! 交通事故で死んだと電話がきてから、どんな気持ちで過ごしてきたと思って……?」


 胸ぐらを掴もうと手を伸ばすも、掴むことが出来ない。何度手を伸ばしても冷たい空気を感じるだけであった。


 戸惑う景に満は悲しげな眼差しで見つめる。


「うん、俺は死んだよ。ここにいるのは景にお願いがあって留まっているだけしなー」


「……お願いって」


 背け続けていた事実を本人からも聞かされ、胸が苦しくなった。


 思わず俯く自分を覗き込む満は、何処か嬉しそうに見えて文句を言いたいのに、言葉が喉につっかえている。


「なぁ、景。俺を成仏させるためのお手伝いに付き合ってくれよ」


 過ぎ去った夏の爽やかさを思い出させる声で、満は笑う。


 見上げてくる茶色の瞳が眩しくて、目を逸らしたいのに逸らせられない。


 頬に籠る熱も隠せずに、誘われるように口が動いていた。


「満がそれで満足するなら」


「ありがとうー! さすが景だぜ! じゃあ、早速九月の部活動を決めようぜ!」


「いいけど、オマエがしたいことって部活動かよ!」


「当たり前だろ? 言ったじゃん。景との部活が好きだってさ」


 満の無邪気な好きに、グッと零れそうになった言葉を飲み込む。


 唇を軽く噛んだ後、呆れ交りのため息をついて顔を上げる。


「大人になっても一緒にいようと約束したのは満なのに、自分勝手なやつだな。仕方がない。天文部名物の十五夜観測の計画立てるか」


「……それはごめんって。景にしか頼めなくてさ。十五夜観測いいな! 今年は何日なんだっけ?」


「二十五日だ。今回も顧問に相談して、学校の屋上にする? それとも希望あるか?」


 満は腕を組み少しの間唸った後、頼りなそうに眉を下げた。


「えーとさ、学校もいいけど、最後だから昔遊んだ公園とかよくない? せっかく二人だけだからさ」


 珍しい要望に目をまん丸くしながらも、心のわだかまりが軽くなる。


「あのブランコしかない公園? いいけど観測には向かないぞ?」


「いいの! 俺は月より団子だからさ!」


「それ天文部員としてどうなんだ……」


「だって、天文部入った理由は景が入部するからだったしー。星も好きだけど、俺は星座とかを教えてくれる景の方が好きだったの」


 まるで挨拶をするように当たり前のように言われ続ける好(・)き(・)で、勘違いしたくなってしまう。


 無責任に想いを言えたらいいのに勇気を出せなかった。ついにはこの世から旅立たせる準備までしている。


 満がいなくなった後、何年も積み重なった自分の≪好き≫はどこに捨てればいいのか。答えは誰も教えてくれないことを、景が一番知っていた。


「……ばっかじゃないか。恥ずかしげもなく、そんなこと言えるとかさ」


 嫉妬交じりの言葉すら満には届かないようで、無邪気な笑みが崩れることはなかった。


 それがまた悔しくて自分も席に座る。そして二年間綴り続けた活動ノートを取り出し、机に広げた。


「ほら、さっさと部活を始めるぞ。さっさと成仏しないと、おばさん達が心配するからな」


 満は生きていた頃のように、歩いて椅子に座る。その仕草に本当は生きているんじゃないかと信じたい。


 だが透けた体は椅子の向こう側を映し、満が幽霊だという現実を嫌というほど突きつけてくる。


 満と意見を言い合いながらノートに今後の活動を記入する時だけ、満がいないという悲しみを見ずに済む。


 シャーペンで黒くなっていくノートが自分の心みたいだと気付くも、見て見ぬふりをした。


 ******


 教室は満のことなど忘れたように賑やかさを取り戻している。


 景は笑い合うクラスメイトを見ては、自分だけが別世界で生きているようで実感が湧かない。


 次第に放課後だけではなく、昼休みも部室の鍵を借りて満に会うことが日常へと変わっていった。


 今日も母が作ったお弁当を持って、天文部室の扉を開けると窓を眺めている満を見つける。


 透き通る体が日差しを反射し、眩しくて目を細めた。


「ただいま」


 景の呼びかけに振り返った満の笑顔は変わらない。


 変わらないからこそ、遺影のように綺麗で怖くて真っすぐ見つめることが出来なかった。


 そんな自分にも嫌な顔をすることない満が近づくと、肌寒い空気が吹き抜ける。


「景おかえりー。今日の誰にも気づかれなかったやー」


「そりゃそうだろ。普通の人は幽霊が見える訳ないんだからさ」


「じゃあ、景が見えているのは運命ってこと?」


 思わせぶりな言葉にジト目で見返すと、満は首を傾げるだけだった。


 暫く沈黙が二人の間に流れる。そして景が白旗を振るように小さく吐息を漏らした。


「……さぁ? 俺はご飯食べるけど満は出かけたりしないのか。ずっと部室にいるじゃん」


 いつもの席に座り、弁当箱を開けると季節の変わり目を知らせる栗ご飯に、胃が締め付けられる。


 満は幽霊生活に慣れたようで、景の頭の上へと漂い始めた。


「だって、景以外に見えないなら外出る意味ないじゃん。前教室についていっていいかと聞いたら、うるさいからダメって言われるし」


「退屈だからと隣で話しかけられたら、誰だってうるさいと思うだろうが」


「だって、本当に退屈なんだぞ。幽霊だから先生へイタズラしようにも触れられないし、周りは自分のことスルーするし。景も幽霊にならない方がいいぞ。俺はまだ景がいたからいいけど、一人だったら耐えられないや」


 開いた口に自ら栗ご飯を押し込めることで、言いかけた言葉を殺す。


 湧き出す醜い感情が満を傷つけることを分かっている。


 だからこそご飯と一緒に噛み砕けば、胃の中に納まるはずだと信じ食べ続けた。


 案外自分は単純だったようで、だんだんと萎んでいく感覚に安堵を覚える。


 胃の中から吐き出されないうちに、話題を切り替えた。


「月見団子頼んでたあの和菓子屋も今年で店閉めるんだってさ」


「えっ! あそこのおばあちゃん元気そうだったじゃん!」


「それがおじいちゃんと穏やかに余生を過ごしたいっておばあちゃんが言ったらしいよ」


「めっちゃ微笑ましい理由じゃん! でもあそこの団子美味しくて大好きだったけど、今年で最後かー……。寂しいな」


 満は遠くを見るような眼差しで、思い出に浸る。その時、瞬きをすれば見失いそうなほどに体が透けていく。


「……満?」


「んっ? どうした景」


 呼びかけると満の体がはっきりと浮かび上がる。消えなかったことに安心すると同時に一つの結末が頭を過ぎる。


 満の未練を叶えた時、いない世界を一人で生きなくてはならないという現実に気が付く。


 彼のいない世界で生きていけるのか。封じ込めていた不安が押し寄せ、足が竦みそうになる。


 目の前がグラつきかけた時、逆さまになった満の笑みに視界を奪われた。


「そうだ! 放課後さ、一緒に和菓子屋行こうぜ。おばあちゃんの顔見たいからさ」


 ただ笑顔を見ただけで不安は消え去っていき、体に熱を感じる。


 ――キーンコーンカーンコーン。


「あっ! 昼休み終わりじゃん! 教室に戻らないと先生に怒られちまうぜ」


 空気の読めないチャイムに舌打ちしかけながらも、弁当箱を片づけた。


「分かったよ。放課後、和菓子屋に行こう。それまで消えるなよ」


「あははっ! 景に黙って消えるわけないじゃん。大丈夫だって」


 言い返したくなるも時間がなく代わりに、せめてもの抵抗で振り返ることなく部室を後にする。


 授業中、眠気と戦いながらも満とのお出かけを思い出しては、微笑みが零れ落ちた。


 ******


 景は隣で鼻歌を歌っている満を横目に見る。


 何度も一緒に通ったはずの通学路だが、初めて来たような感覚になるのは見慣れた空き家が解体工事に入ったせいかもしれない。


 周りは確実に秋へと向かっている。自分も衣替えで長袖を着ていた。だが満だけは死んだときのまま半袖を着ている。


 少しずつずれていく周りと自分、そして満の時間。


 ひらりと目の前に落ちた落ち葉が不安定な自分と重なり、踏むことを避けた。


「あっ! 和菓子屋見えてきたー! おばあちゃん元気かなー!」


 満の声で店の近くまで来たことに気がつき、慌てて意識を現実に戻す。


 こちらの気持ちなど知らないようにいつの間にか店の前まで行っている満は、大きく手を振り自分を待っていた。


 満を追いかけるために、駆け足で近づいていく。そしてそのまま店の暖簾をくぐると、カウンターには見慣れたおばあちゃんが微笑みかける。


「あらー、日向くんいらっしゃい。一人だなんて珍しいねぇ」


 景は瞳が揺らぐ。満から見える人に会えないと言われていたが、実際体験したのは初めてだったからだ。


「こんにちは。その、満はちょっと、用事があって……」


 隣で困ったように笑う満に声をかけることもできず、言葉を濁す。


「そうなのね。あの子の美味しそうに食べる顔大好きだから、また来てくれると嬉しいけど……。今日は月見団子の予約かい?」


「満もここの団子大好きって言っていたから、僕から伝えておくよ。そうそう。もう天文部も最後だからさ」


「あらー、じゃあ、私達と同じように卒業ってことなのね。寂しくなるねー……」


 おばあちゃんはメモに予約を書いた後に、ショートケースに飾られたみたらし団子を二つ容器に詰める。そしてそのまま景へと差し出した。


「はい、いつも買ってくれるからオマケだよ。二人で食べてね」


 さりげない優しさが、鋭い刃となって胸を貫く。空いた穴から零れる感情が、じくじくと痛みを訴える。


 それでも笑みを浮かべ、みたらし団子を受け取った。


「ありがとう。満もきっと喜ぶよ。また月見団子を取りにくるね」


「こちらこそありがとうねー。おじいちゃんにも伝えておくから、また来てね」


 軽くお辞儀をした後、お店を出ていく。


 秋風の寒さが体に染みて、鼻の奥がツンと沁みる。


 満はオロオロと周りを漂い、声をかけることを戸惑っているように見えた。


 それがまた苦しくて、目が溶けそうなほど熱が籠り、我慢し続けた言葉が零れてしまう。


「オマエといるのしんどいよ……」


 震えている声はやけに響いたように聞こえた。漸く頭で自分が言ってしまった言葉の意味に気が付くと、咄嗟に満の方を見る。


 満は泣いているような笑っているような不細工な顔をしていた。


「ごめん」


 たった三文字の言葉。幼馴染だからこそ、どれだけ傷つけてしまったか理解をしてしまう。


 薄れていく満の体が、自分を避けようとしていることを教えていた。


「待って満! 違うんだ!」


 伸ばした手は、消えた満の体を掴むことすら許されずに空振る。


 行き場のない二本のみたらし団子の温もりですら、ぽっかりと空いた心を埋めることができないことを、景自身が一番分かっていた。


 ******


 満が消えてから一週間が経つ。景は部室以外にも、満との思い出の場所へ行っては面影を探していた。


 和菓子屋に、放課後よく行ったファーストフード店。よく寝転がっていた河原に、満の実家。


 しかしどこの場所に行っても満を見つけるどころか思い出が鮮やかに蘇り、最後の過ちの重さに胸が張り裂けそうになる。


 それでも日常を送れたのは、満と計画した十五夜観測ノートの存在であった。


 必ず実行すると決めたのは満への罪滅ぼしなのか。それとも満への執着なのか。今の景には分からなかった。


 和菓子屋でウサギの姿をした饅頭を買った帰り道、ふと空を見ると僅かに欠けた月が浮かんでいる。


「……そっか。明後日には十五夜か」


 未完成なその姿は、満が欠けた自分の日常のようだった。


 空いた穴に代わりのモノを埋められたならば、どれほど楽に生きていけることか。だが空いた穴こそが満への好きの形だと思えば、埋めたくないと考えてしまう。


「なんでいつも失ってから気付いてしまうんだろう……」


 答えてくれたのは秋風に運ばれた金木犀の香りだけだった。


 香りに誘われるように歩んでいくと、満が十五夜の会場に選んだ公園が見える。


 シルバーウイークだが子ども達がいる様子はなく、ブランコが寂しげに揺れていた。


「昔、ブランコに座って喋り続けていたな。夜になっても遊んでいたものだから、満と一緒に叱られたんだっけな」


 懐かしく思えば目を細め、小さく笑みを浮かべる。


「どうして満はこの公園を会場に選んだんだろう。他にも思い出の場所なんて幾らでもあるだろうに」


 今思えば不思議だと気が付く。月を観測するには木が生い茂っており、高台ですらない。どこにでもある小さな公園だ。


 思い出の場所というには、小さな頃遊んだぐらいで最近は通ってすらいない。


 特別思い出があるなんてと思い出していると、はっと息を飲む。


「そっか。ここ満と初めて会った場所か。……ふっ、ふふっ、なんだよそれ。最後は出会った場所で過ごしたいってか? 言わなきゃ分からないってーの」


 満からの不器用すぎるワガママに肩を震わせて笑ってしまう。


「……本当、馬鹿だな僕って。その最後すら自分で台無しにしちゃってさ。ずっと好きだったのに、意地ばっかり張って」


 夏を思い出させる笑顔も、傷んだ茶髪も、石鹸の香りも時間が経てば忘れていってしまう。


 いつかは十五夜のように影が消えてしまう日が訪れる。


 それが酷く怖くて、子どものように大粒の涙が頬を濡らしていく。


「もう一度だけでもいいから、満に会いたい」


 その瞬間、透けた手が頬を優しく包み込む。


「……なんで泣いているんだ? 俺ちゃんと離れたのに」


「満?」


 涙で視界が滲んでいるが、何年も聞いてきた声で目の前の損竿が満だと知らせていた。


 慌てて涙を拭うと、困り果てたような表情を見せる満だった。


 思わず湧き出す感情を吐き出すように言葉が溢れ出す。


「なんでって、オマエがいきなり消えたからっ! あの日からずっと探していたんだ! 十五夜の会場の理由も言ってくれなかったし、好きな人がいなくなって不安にならないヤツはいないだろ!」


「うっ、だって、景が俺といるのがしんどいって」


「しんどいに決まっているだろ! ずっと恋心隠していたら、相思相愛だとか運命だとか勘違いさせるようなことばかり言うから! それでもしんどさよりも一緒に居たい気持ちの方が強いんだよ! そうじゃなきゃ死んでまでこんな未練がましく探したりしないっ!」


 それを聞いた満は目をまん丸くし、驚きを隠せていなかった。


「……その言葉、本当?」


「しつこいなぁ! 恋愛的な意味で好きだって言ってんだろ! ……って、めっちゃ顔赤いな?」


 ふと満の顔を見ると見たことのないほど顔を赤くしており、手で口を抑えていた。

 

 不思議に思って顔を近づけると、満はきょろきょろと目を動かす。


「待って待って待って! 今絶対カッコ悪い表情の自覚あるから、覗き込まないで!」


「いやいや、こっち頑張って告白したんだが? さっさと答えてくれないと、前みたいに消えられたら困る!」


「俺だって最後ぐらいは好きな人にカッコいいまま終わらせたいんだよ!」


 観念するように告げられた言葉の衝撃で、言葉を失う。


 満は気まずそうに頬を掻く。そして今度は真っすぐに見つめれば、静かに触れ合うようなキスをする。


 冷たすぎる温度に対して、体温は火傷をしそうなほど熱かった。


「……好きだよ景。諦めるつもりだった。だって俺はもう死んじゃったから。でも、過ごせば過ごすほど景に忘れられたくないと思うようになってさ。正直、ずっとずっと俺を好きでいてほしい。景が死んだ後も、一緒に居たい」


「……ははっ、なにそれ。わがまますぎだろ」


「だよなー! 俺でもびっくりしている! でも誰にも景を取られたくないっ! 奪うヤツを祟りに行くぐらい嫌だ!」


「あははっ! なにそれ。マジで迷惑すぎるだろ!」


 心の底から二人で笑い合う声が混ざり合う。すっかり周りも暗くなり、公園の街灯が点き始める。


 そして景は触れない満の髪を愛おしそうに撫でれば、耳元で囁く。


「いいよ。満を僕の後(・)悔(・)として覚え続けてあげる。だから、死んだら迎えに来いよ。裏切ったら地獄の果てでも追いかけていくから」


「宿題とかは忘れるけど、景との約束忘れたことないじゃん。景こそ浮気すんなよ。化けて出てやるから」


「それは怖いな」


 薄れていく満の体を見て、もう幽霊として出てくることはないことを察した。


 消える寸前に満は解けない呪いの言葉を景に投げかける。


「ずっと景のこと好きだから」


「僕も、死んでもずっと満が好きだよ」


 そう告げると星屑のような光と共に、夜へと紛れていく。


 そしてコオロギの音が、満のいない世界が訪れたことを知らせた。だが景の表情は穏やかなままで、きゅっと拳を作れば夜空を見上げる。


「……僕、欠けた月の方が好きかもね」


 金木犀の香りが一層強くなったのを知れば、景は満足そうに微笑みを浮かべて、家へと帰っていった。


 ******


 綺麗に拭かれた望遠鏡。子ども達の賑やかな声。何もかもが変わった部室で、大人になった景は付箋まみれの使い古した星座図鑑を静かに捲っていた。


 ポニーテールをした女の子が生徒の輪から外れ、景に近づく。


「日向先生! 十五夜観測の場所なんですど、学校の屋上がいいので、許可をお願いします!」


 先ほどまで見ていた星座図鑑をぱたりと閉じれば、女の子へと視線を向ける。


「もうそんな時期なのか。いいよ。他の先生とかにちゃんと手配しておくね」


「ありがとうございます!」


 無邪気に笑う女の子や、喜びの声をあげているのを見て、微笑ましさに心が和む。


「あっ、で、でも先生無理はしないでくださいね。私達、土日も活動しちゃいますけど……。ほ、ほら! 先生の恋バナ聞かないから気になるというか……なんていうか……」


 おずおずとした態度で恋について聞かれ、きょとんと目が丸くなる。後ろの生徒達もチラチラと自分の様子を伺っているのを見ていることから、気になっているのだと気づくと、思わず噴き出した。


「ははっ、確かに嫉妬深い恋人だから君達に構ってばかりで怒っているかも」


「えぇ! やっぱり日向先生恋人いるんですか!」


 その声に誘われるように、他の生徒達も景の周りを囲い始める。


「先生の恋人さんはどんな人か気になります!」


 誤魔化そうかと一瞬考えたが、生徒のキラキラとした目が満にそっくりで、突き放す気になれなかった。


 観念したようにため息を吐くと、悪戯っぽく笑って遠くにいる恋人を揶揄う。


「僕の恋人は月の影にいるから、いつか会えるかもね?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。