弓師トニ①
リルの件から五日経過した日、ニコラスがいつもの調子で廃城に戻ってきた。
まだ傷が塞がりきっていないアデリーは、以前にもまして雑用係に徹する他なく、もどかしさを覚えながら日々を過ごしていた時だった。
アデリーの部屋にベッドが二つ並び、冬前にどちらの藁も交換する作業をこなしている所に、背後からニコラスが声をかけてきた。
「やぁ、アデリー」
振り返るとニコラスのいつもと変わらぬ笑み。なんだかとってもホッとする。
「ニコラスさん、お帰りなさい。鉱石は手に入りましたか?」
「ああ、もちろんだよ。君から託された金のあれこれがとても高値で買ってもらえたからね」
ニコラスはきっとまだリルの一件のことを知らないはずだ。だから、盗られてしまった装飾品のことを思い出して気落ちしないように努めて、ただ笑顔で「それは本当に良かったです」と答えた。
実際、本当に良いことだった。ただ、リルの顔がチラつくような事はあんまり思い出したくはなかった。
リルは本当に普通の人だという印象で、まさかあそこまでやるとは思っていなかった。見ためが悪人然としていれば、アデリーだって警戒したはず。でもリルはどこまでいっても普通の人だった。それが返って恐ろしく、アデリーは人間不信になりそうだった。
「あ、それでさ。近い街に日帰りするくらいの買い出しくらいしかもうしないと思うんだよ。だから、ダグマの部屋に寝泊まりできるようにしたいんだ」
そこでニコラスはアデリーの部屋を見渡して、ベッドが二つあることに目を留めた。
「もしくは、ここで寝てもいいけど?」
アデリーも二つのベッドを交互に見て「ロセと私のベッドなんです。これから一緒に生活することになったんですよ」と、返した。
ニコラスの両眉がピンと上がった。
「そりゃ驚いた。君たちってそんなに上手くいってたかい? 一緒に生活するとなると仲が悪い奴とはやめておくべきだよ」
これまでの話の中で一番胸を張っていえる話になり、アデリーは喜々として言い返した。
「それがとっても仲良くなれたんです。昨日なんか一つのベッドで寝たんですよ」
ニコラスは驚きを隠しもせず「急展開すぎるだろ」と口にした。アデリーだって一ヶ月前だったら、夢でも見たんじゃないかと思うくらいの変化だ。
「私……その怪我をしまして、ロセが毎晩傷口を診てくれるんです。それで、診てもらいながら昨日はお喋りが止まらなくなって布団に入れてくれって」
怪我の功名だった。ロセは今回の件で責任を感じているらしく、アデリーに優しくなった。アデリーは元々ロセと仲良くなりたい願望が強かったので、とにかく歓迎すべき変化なのだ。
「怪我? どこを?」
そのまま昨日どんな話をして盛り上がったのか聞かせたかったのに、ニコラスは怪我のことのほうが気になったようだ。
「あー……お腹を──」
「は! 腹とかどうやって怪我をするんだよ」
アデリーは話したくなかった。ただ、隠して蚊帳の外みたいな扱いをするのも気が引けた。
「色々あって刃物がお腹に。でも、傷は浅かったんですよ。だから、その……」
「待て待て、刃物っていったか? 間違えて刺さるもんじゃないだろう」
その通りだ。万が一、手違いで刺さっても傷が残るほどになるのは考えにくいことだ。たとえ相手が酔っていて喧嘩になったとか言えば別だが、日常生活でそんな間違い起こるなんて奇跡だ。
「ニコラス。お前さんが居ない間に大きな事件があったんだ」
戸口に現れたのは鍛冶師のベニートだった。そのまま部屋に入ってくると、アデリーに目で挨拶をしてから続けた。
「リルがアデリーの装飾品を奪ったんだが、その時に巾着の紐を切る勢いでアデリーの腹をな。ワシがたまたまアデリーに製品が出来るまでの担保として刃物を渡しておいたから、こんなことになっちまった」
リルの件でロセだけではなく、ベニートまで責任を感じているらしく、最近はちょくちょくアデリーの様子を見に来ていた。アデリーとしては皆が話に来てくれることは大歓迎なのだが、申し訳ないと思われているのは辛かった。
「リル……石工のリルか。ダグマも気にしていたからな」
ニコラスの呟きはベニートもアデリーも寝耳に水だった。ダグマはそんな素振りを一度としてみせなかった。




