薬師ロセ②
日が傾き始めた頃、やっとアデリーは掃除をやめて山を降り、自室に向かおうとしていた。夏だというのに、水を一日中触っていたアデリーの体は芯から冷え切っていた。
「アデリー」
ダグマの部屋を過ぎようとすると、声を掛けられた。
「ダグマさん。御用でしょうか」
足を止めて扉が開け放たれた部屋の中を覗き込んだ。ダグマはどうやら脚が一本なくなっていたテーブルを直し、自室へと運び込んだらしい。今は脚の調整をしていたと見えてテーブルの下から顔を出していた。
「ああ、さっきカルロが出かける前にアデリーが何も要らないと言ってるって言ってたもんだから──」
テーブルから出てきて立ち上がる。ダグマは初めの印象こそ熊のようだと思ったが、今はなんとなく洗練された男性だと感じるようになっていた。言葉遣いや行動は荒いが、基本的な所作は丁寧なのだ。特に食事の際に見せるナイフさばきや、咀嚼している様は優雅ですらあった。
「聞いてるか?」
近づいてきたダグマに、我に返る。
「あ、はい」
「金がないと言ったみたいだな」
「ええ、確かにそうです」
「換金してないあれを俺が一つ買い取ってやろう」
驚いて目を見開くと、ダグマは表情を崩して笑みを浮かべた。
「俺が金を持っているとは微塵も思わないか」
「いえいえいえ……ただ単純に驚いただけです」
「それとも信用できないと思ったとか?」
世間知らずのアデリーだが、ダグマのことは最初から信頼していた。理由なんてわからないが、信用できる相手だと直感的に思ったのだ。イリーヤ領主ゴートンが初対面から大嫌いだったのと理由は同じだ。
服の下に付けている巾着を引っ張り出すと、アデリーはその中身をテーブルの上に広げてみせた。
「そんなことありません、信用してます! 私には価値がわかりません。ダグマさんはわかりますか?」
テーブルの上にゴールドの宝飾品が広げられ、ダグマは前と同様に呆れた様子だった。
「だから、無防備すぎるだろ。お前ってやつは」
「でも、お見せしないと……」
ダグマはゴールドの装飾品を一つ一つ山から取り分けてみていく。
「俺もそんなに分かるほうじゃないからな。この細い腕輪にしよう」
それは確かに小指の半分もない太さの腕輪で宝石なども埋め込まれていないシンプルなものだった。
「でも、ダグマさんの腕には通らないような」
「別に着けたくて買い取るわけじゃない。そのうち気に入った女にでもやることにするよ」
首を傾けて腕輪を眺めると腰に下げていた巾着から徐ろに金貨三枚を出した。
「よくわからんが、金貨二枚分くらいの重さはありそうだし、僅かに蔓の模様も入っているからこんなもんだろ」
「本当に? そんなそんな、だったら二枚が妥当ではありませんか?」
貨幣価値がわからないアデリーだが、金貨はかなり価値が高いものだろう。
「俺を信用してんだろ?」
アデリーの巾着を取り上げて、さっさと宝飾品をしまい、金貨も入れた。そして、アデリーに巾着を返した。
「信用しています」
受け取りながらダグマの顔を真っ直ぐに見つめた。ダグマはフッと力を抜いて「やれやれ」と呟く。呆れたような、笑っているようなそんな表情で、ただ優しさが滲んでいる感じだった。
「ダグマさん。お幾つですか?」
「ん?」
「実はかなりお若いんじゃありませんか?」
これには虚を突かれたようで顎を引いたダグマだった。その後すぐに笑い声をあげた。
「アハハ! 面白いなお前は。俺は三十二だ。立派な年寄りだな」
「年寄りだなんて……」
「アデリーから見たら年寄りだろ。幾つだ? 十二くらいか?」
「ま、まさか! 十七歳ですよ。そんなに子供じゃありません」
そうだったとゲラゲラ笑い続けるダグマに、アデリーまで笑いが移って、なんだか愉快な気持ちになってきた。やはりダグマは信用できると、改めて感じていた。なにより一緒に居るととても安心できて幸せな気持ちになった。




