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なぜ日本人は成功者を「いい人」だと思いたがるのか (。´・ω・)?

掲載日:2026/04/06

 二年前の昼時――。

 定食屋で、あるサラリーマンがこんなことを言っていた。


「大谷翔平はあれだけ打てるんだから、きっとすごい人格者なんだろうな」


 私はその言葉に、少しだけ違和感を覚えた。


 ホームランを打つことと、人格の良し悪しは、本来まったく別の能力のはずだ。

 速い球を投げられることと、人間として立派であることの間に、必然的な関係はない。


 だが、このような連想は決して珍しくない。

 むしろ、日本では広く共有されている感覚のようにすら思える。


 スポーツ選手や芸能人は、常にカメラの前に立つ存在だ。

 彼らは「見られること」を前提に振る舞い、社会的に望ましい姿を演出する。


 だが、それはあくまで外向きの顔に過ぎない。

 素の人格とは、必ずしも一致しないだろう。


 そもそも、仮に野球という競技の中で「人格者」を探すのであれば、豪快なホームランよりも、進塁打で後ろに繋ぐ選手の方が、それらしく見えるのではないか。


 自己の記録よりも、チームのためのプレーを選ぶ。

 その姿に、私たちは「徳」のようなものを感じやすい。


 もっとも、これもまた錯覚かもしれない。


 なぜなら、野球という競技は、極めて個人成績が明確に出るスポーツだからだ。

 一人で結果を出せてしまう構造において、協調性の高さがそのまま成功に直結するとは限らない。


 一般論として、高所得者に一定の協調性が求められる場面はある。

 だが、それがすべての成功に当てはまるわけではない。


 この問題をより分かりやすくする例がある。


 もし「成功者=人格者」が真実であるならば、利益を上げている企業がブラック企業である、などという話は存在しないはずだ。


 だが現実は、そうではない。


 成功と人格は、しばしば同時に語られるが、それは因果関係ではなく、単なる印象の結びつきに過ぎない。


 ……にもかかわらず、私たちは成功者に“人格の良さ”まで期待し、ときにそれを無意識のうちに付与してしまう ( ˘ω˘ )


 これは、おそらく安心したいからだ。


 成功している人間は正しい人間であってほしい。

 そうでなければ、自分が信じている社会の構造が揺らいでしまうからだ。


 だが、その前提は、本当に正しいのだろうか。


 煌びやかな成功者ばかりを称賛し、そこに人格まで見出そうとする姿勢は、むしろ現実を見誤る原因になっているのではないか。


 社会は、目立つ成功者だけで成り立っているわけではない。

 表に出ることはなくとも、地道に、着実に、役割を果たしている人々がいる。


 本来評価されるべきなのは、そうした人たちではないのか。

 私たち日本人はもう少し、成功と人格を切り分けて考えるべきなのかもしれない (´・ω・`)




◇◇◇◇◇


 先日、大谷選手が数試合ホームランが出ないだけで失望している人がいました (;^_^A

 150試合以上の長いレースなのになぁ、ってちょっと残念に思いました。

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良かったら読みに来てやってください (*´▽`*)

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― 新着の感想 ―
確かに「成功者は人格者であってほしい」という願望はあるかもしれません。 これまでそういう発想に行き着いたことがなかったので目からウロコでした。 いずれにしても華やかな舞台で活躍し続けることは並大抵の努…
現代の成功者は「いい人」か性格悪くても問題起こさない人でないと途中でスキャンダル発覚とかで消えちゃうからですかね? 大昔から現代まで戦争とか政治絡みの成功者は悪い人でしょうけど
日本昔話だと正直じいさんが大金持ちになりますからね。 幼少時からそう教育されている?
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