魂の行方
「……それはなムサシ」
伊織の声が突然低く重い響きを帯びる。
「伊織!?……御左口神様か……?」
思わず振り返りそうになるのを寸でで堪えるムサシ。
「……ふむ、その問いにはわたしが答えよう。なぜムサシお前が魔獣を倒せたのかだが」
御左口神の話はあまりにも衝撃的な内容だった。
本来ムサシに憑いている器の付喪神·九十九茄子は自ら何かを器に取り込むことはない。
九十九茄子の能力というのは、戦火を生き延びる、破壊されても修復するというもので
単独であれば、あのような魔獣に勝てる能力など持ってはいない。
「……伊織が入れたのだよ、この娘に自覚は無いようだがお前を助けたい一心だったんだろう
今は気づいていないが、遠からず気づくだろう自分のしたことを」
御左口神は関ヶ原での死者の魂を補完したまま、この世界に飛ばされた。
その中にはムサシの魂も含まれており、この地に着くと同時に魂が解放され散らばっていった。
そしてまた、この世界で死ぬと再び御左口神へと補完されるのだ。つまり伊織の中へと……
「……その補完していた魂を、お前の器に入れたというわけさ、もちろんわたしも同意してのことだ。
急に刀の切れ味が増し、力も漲り、傷も癒えただろう?」
「ちょっと待ってくれ!ではその魂はどうなったんだ!?」
「……そりゃ消えちまったよ、器に入れたものは喰ったら消えるのが道理さ……でも気にすることはないよ
この世界では、どれだけ補完しておこうが黄泉に渡らせることはできないからね……
一番大事なことは、何とかして伊織を日ノ本に帰らせることだよ、その為には補完した魂たちの付喪神を
どれだけ使ってでも伊織を守るんだ。」
「じゃあ打刀の切れ味が急に鋭くなったのも?」
「……ああ“砥石”の付喪神を持っている魂がいたようだね、でももう居ないよ……使ったからね」
「じゃあ俺は、人の魂を使って生き延びたというのか!?なんの覚えもなく?」
いつの間にか振り返り、御左口神を責めるように近づく。
「……それも九十九茄子と仲良くなれば、お前の意思で魂を使えるようになるさ」
表情の無い伊織の唇だけが動く。
「そんな……その魂の中には、俺の知っている奴が居たかも知れないじゃないか!?」
「……それは誰にも分からないさ……人間とこんなに話したのは、数百年ぶりだよ……
一つだけ覚えておくんだよ、わたしは伊織の中の魂を日ノ本へ連れ帰って黄泉に送りたいと思っている。
日ノ本へ帰る手段を探しているところさ、それまで伊織を頼んだよ」
伊織の首が”かくんっ”と垂れる。
「ちょっと待ってくれ、まだ聞きたいことが!」
動転したムサシは御左口神の肩を掴み揺さぶる。
「ムサシ!?“きゃっ!”」
胸を隠しながら、首まで川に浸かる伊織。
「すっ……すまない伊織!御左口神と話していたら……つい」
慌てて背を向けて、岸へと歩き出す。
「枯れ木を探してくる!」
逃げるようにその場を離れながら、御左口神との会話を反芻する。
『つまりバルホーンに勝てたのも、肩の傷が治っていたのも、誰かの魂を俺が使ったからだというのか?
その魂はいったい何処に行ってしまったんだ?弥八の魂や親父殿の魂だったのかも知れないんだよな?
伊織は本当に知らないんだろうか……?できれば、ずっと知らずにいてくれたら……』
一人となった伊織が不安気に岸へと上がり辺りを見渡す。
襦袢を手拭い代りに身体の水気を切ると、長い黒髪に巻きつけ装束を着けていく。
大きめの石に腰を下ろし一息つくと、ゆっくりと目を瞑りまぶたの裏に気を集中させる。
『129……』
嫌な予感に急いで目を開け、ムサシの姿を探す。
『ずいぶんと数が減っている……まさかわたしがムサシの器に魂を入れたの? だからムサシが勝った?
もしそうならその魂はどうなったのかしら?ムサシには黙っておかなければ、きっとムサシを苦しめるだけ』
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