休息
「なぁ……伊織……いったい何が起こったんだ?」
両の手の平を見つめながら、とぎれとぎれの言葉を繋ぐ。
「バルホーンが襲ってきて、ムサシがやっつけた……」
3体のバルホーンの死骸に目を向け、声を震わせる伊織。
「なぜ伊織は、こいつらの名前バルホーンを知っていて、俺の付喪神まで知っていたんだ?
なによりなぜ俺は勝てたんだ!?」
「それは……わたしが神憑きの巫女だからかな?」
「そういえば、神憑きの巫女について聞いた時にバルホーンが襲ってきたんだったな……
ここを離れよう、血の匂いに誘われて違う獣が寄ってくるかもしれない」
そう言い立ち上がると、右手を伸ばし伊織を立ち上がらせるムサシ。
去り際にバルホーンの死骸に目をやると、両断されこぼれ出た臓物の中に鈍い光を放つ物を見つける。
近づき拾い上げると、小指の先ほどの黄色く輝く鉱石でムサシの目には価値のあるもののように見えた。
それを伊織の目の前に差し出してみる。
「綺麗ね……琥珀のようだけど、でもなにか禍々しい力を感じる」
顔を近づけ見るだけで、眉根を寄せ触れようとはしない伊織。
「行こう、歩きながらいろいろ聞かせてくれ」
振り返りいまだに噴煙を上げている山を確認すると、それから遠ざかるように延々と続く草原を歩き出す。
伊織の話では、神憑きの巫女とは幼い頃から出雲大社で育てられ、神が降りてくる時の依代となる。
これまでも数柱の依代となり、その神々が去った後には自分の中で神の残滓が伊織に影響を与えると言う。
数年前に“事代主神”に憑かれてから、初めて目にする物の名前や性質が分かるようになったと言い。
それは便利で羨ましいと言うと……
「本当の自分が居なくなりそうで怖い……」
と小さく呟くーー伊織。
それを聞いたムサシは、なんと答えれば良いのか言葉が見つからず。
緩やかな丘を登りきったところで前方に見えてきた木々を指差した。
「伊織……森が見える!なにか食べられる物が見つかるかもしれない」
急に目の色が変わった伊織は、小走りでムサシに追いつき横に並ぶと“ぴょんっ”と飛び跳ねる。
「本当だ……なにか食べる物が見つかるといいね」
すでに半日ほど歩きづめの2人が同時に腹を押さえる。
森へと足を踏み入れる、涼やかな虫と鳥の鳴き声と木々の間を抜ける心地よい乾いた風に
緊張と日光に晒され続けた2人の身体がわずかに緩む。
「これは食べられるのか?」
ムサシの頭の高さほどに1つの房にいくつもの実をつけた黄色く湾曲した物体を伊織に見せる。
それを黙って受け取り、先端から皮を剥くと白っぽい実が現れ、伊織が齧りつく。
「あま~い 美味しい〜」
そう言いながら、残った半分をムサシの口の前に持ってくる。
「ーー本当だ、甘くて美味しいな!」
少し頬を赤らめながら頬張るムサシは小刀を抜くと房ごと切り落とし、並んで歩きながら次々と
腹に収めていった。
「あの木の実は?」
「食べられるよ」
「あの果実はどうだ?」
「食べたらだめ」
「あの茸は?」
「死ぬ」
歩きながら伊織が食べられるという食料を集め、森が拓けた空き地に腰を下ろす。
「んっ!?伊織……聞こえるか?水の流れる音がするぞ……」
耳に手を添えて、音のする方向を見つけようと首を巡らすムサシ。
「たぶんあっちだ!伊織はここで待っているか?」
そう言い立ち上がると、必死に首を横に振っている伊織を立たせて並んで歩き出す。
再び森へと入っていくと、水の流れる音が大きくなり鬱蒼と茂っていた木々が突然途切れると
大きな石が転がる川岸が広がり、川底までが見通せる澄んだ水が流れる川が現れる。
「水だ……!飲めるよな?」
「うん!身体も洗いたい……」
果物で喉の渇きは潤ってはいたが、喉を鳴らしながら飲む水はやはり格別だった。
胴丸に籠手、脛当てを外し着物も脱ぎ捨てると川へと飛び込むムサシ。
血や体液でごわついていた髪を水につけると赤黒い筋が川下へと流れていく。
「……ずるい……ムサシだけ……」
大きな石に腰掛け、足首までを水に浸している伊織が頬を膨らませる。
「すまない、自分の匂いに耐えきれずについ……すぐに洗って上がるから、伊織も入るといい」
バルホーンに抉られた肩も左腕も傷が塞がっていることに首を傾げながら、褌1つで岸に上がる。
「火を熾したほうがいいな、枯れ枝を拾ってくるから伊織は身体を洗ったらどうだ?」
「いやっ!お願いムサシ……ここにいて……」
「伊織……ここにいてと言っても……俺は男だぞ?」
頬を赤らめ、伊織に背を向ける。
「知っているけど、ここに一人でいるのは無理」
「……わかった、ここで向こうを見ているから……」
数年前までは、村の池で子供達で水遊びをして遊んだ、それが女の子たちの胸が膨らみ始めた頃に
彼女たちは池には来なくなった。
それに対して弥八が「女になったってことだ」とニヤついて見せたことを思い出した。
「ちゃんと見張っていてね……」
そう言う伊織が背を向け、帯を解くのが気配で伝わる。
なにか違うことを考えよう……”親父殿は生きているのだろうか?”
衣擦れの音…… “新免流のみんなは?”
伊織の足先が川面に入り水の跳ねる音……なぜか五感が研ぎ澄まされるーームサシ
「なぁ……伊織、なぜ俺はバルホーンを斬ることができたんだろう?」
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