先進地域守護神会議
結城謙三と申します。
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西暦1600年
はるか天空、神々の領域である世界樹の下で100年に一度の先進地域守護神会議が開かれていた。
世界樹の根をテーブルとして、その両側に7つの地域の守護神、7柱の神々の精神体が座る。
人類創世から数えて60回目となる今回の会議の議題は、世界人口の増加率が予想を大幅に下回っており
その原因の究明と対策が急務となっていた。
しかし本来であれば、7柱で行われるはずの先進地域守護神会議の文字通りの末席に急遽強制的に参加させられた
東アジア地域に属するヤマトの国の守護者【八岐大蛇】が不機嫌そうに巨体を縮こまらせて座っていた。
会議の議長である東アジア地域の守護神である【神龍】が開催を宣言し厳しい口調で口火を切る。
「これより第60回先進地域守護神会議を開催する。我らが人類を見守ってからちょうど6千年
前回西暦1500年でのこの星の人口は4億人であった。我々の予想では1600年では6億人を超えているはずだったのだが……
わずか1億人の増加で、5億人に留まっており人間の信仰を糧とする我らには苦難の時代となっているわけだ。
実際に消滅した神々も少なくないのだからな……
今から順に人口増加が思うように捗らなかった理由を各守護神ごとに報告をしてもらおうと思う。
まずは北欧の守護者【トール】から聞くとするか……」
神龍に名指しされたトールは、頭まで被っていた北極熊の毛皮を取ると、その足元に置かれた戦鎚ミョルニルを軽く振った。
「こうるさいわ!1億増えたなら十分だ! だが、信仰の薄さについては同感だ。この100年、我への祈りは細くなり
代わりに人間どもは些細なことで争い、厳しい冬や疫病で容易く数を減らした。
勇気も力もない腑抜けた弱者が死ぬのは道理だが、我らが領域の強き魂までもが減ったのは憂うべきこと。
その魂を数えるのは貴様らの仕事であろう? 解決策だと? 人間どもに活を入れ、魂を鍛え直すしかないだろう!」
「ふむっ トールの治める北欧では400万人が500万へと100万人の増加だ。
あの厳しすぎる環境を考えれば立派な数字と言えるだろう 次はアフリカの守護神である【アヌビス】に聞こう」
金色に光るジャッカルの仮面を被り、輝く宝石を惜しげもなく身に纏ったアヌビスが静かに立ち上がる。
「我らがアフリカ大陸の領域は、依然として文明の進展が緩やかだ。ゆえに病と飢餓による死者は他地域に比べて多い。
しかしそれ以上に問題なのは、人間が過酷な環境を生き抜くために子を作るという、本来の生命の営みが……
戦争と奴隷貿易によって根本から断ち切られていることだ」
彼は厳しい視線をトールや他の守護神たちに向けた。
「我は魂を統べる者。生きる者の数だけでなく、死んでいく魂の質にも目を向けている。
この100年、不当に、無為に刈り取られた魂が多すぎる。彼らの死は、自然の淘汰でも、勇気ある戦死でもない。
他地域の守護者どもが庇護する文明圏の利己的な行動が、我々の領域の人口増加を妨げている。
増加率は予想を下回ったが、それは我らが責を負うべきではない。文明の進展の遅れと、外部からの干渉。
これが、我が領域の停滞の二大要因だ」
「確かにアヌビスが治める地の人口流出は目に余るものがあるが、それは我々が干渉すべき問題ではない
そのような状況で1000万人の人口増加は北欧に続いて立派なものだと言えるだろう……
続いては中欧の守護神【オーディン】だな」
隻眼の老人オーディンが、静かに立ち上がる。
その肩には二羽の鴉が止まり、会議場を見下ろしていた。
「……我が中欧の地では、西暦1500年におよそ6,000万人から1600年には7,200万人へと増えている。
増加数は1,200万人だ。」
ざわめく守護者たちを、オーディンは一瞥で黙らせる。
「農業、都市、学問――確かに人は増えた。だが同時に、宗教改革と宗派対立が始まり、
信仰は神へではなく“教義”へと向かい始めている……人は神を信じている“つもり”で、
実際には自らの正しさを信じているにすぎぬ。」
神龍の口端からため息とともに白煙が上がる。
「人口増加は上々だが、信仰の質が劣化している……そう言うのだな?」
「そうだ。数は増えても、我らが糧とする魂は薄い」
「……評価は可としよう。増えてはいるが、将来に不安を残す、というところだな」
その後も南欧のアポロン、中央アジア圏のテンリ、シベリア圏のペルーンとそれぞれが報告を終える。
「聞かれた通り、戦争や疫病、さらには極寒、新大陸への人口流出など負の要因を抱えながらも
各地域が15%以上の人口増加と結果を残したことは各守護神の功績を称えるべきであろう。
さて問題の日ノ本だが……特別に参加してもらった日ノ本の守護神·八岐大蛇の報告を聞こうではないか。」
露骨に眉を顰めながら、神龍が末席に座る八岐大蛇に冷ややかな目を向ける。
会議場が重い空気に包まれる中、八岐大蛇が重い腰を上げる。
「我の治める大和国、日ノ本は1200万人から1250万人へと50万人の増加だ……
100年もの戦乱の世が続き民も疲弊しておる、そんな中でも信仰の質は高いと思うのだが……」
「なにが信仰の質だ!?神に仕える者たちが率先して武器を持ち、戦を先導しているではないか!?」
トールが戦鎚ミョルニルで世界樹のテーブルを叩く。
「極寒のシベリアにも劣るとは……日ノ本は恵まれた気候の地だと聞いていましたが。」
“ふっ”と中欧の守護神アポロンが鼻で笑う。
テーブルに置いた拳を握り締め、八本の尾を震わせる。ーー八岐大蛇
「100年もの間、戦を止められぬとは……守護神失格なのではないか?」
草原の風のように涼やかにテンリが言い放つと、各守護神も静かに頷く。
「それほどまでに言うのならば神龍!貴様の守護する東アジアはどれほど増えたというのだ!!」
尾を床に叩きつけながら、なんとか矛先を変えようと議長である神龍を指さす。
「……2億が3億になっただけだが?なにか問題か?」
八岐大蛇が“ぐっ”と息をのみ、各守護神たちも驚き目を丸くする。
「米だな……我らの痩せた土地では小麦しか育たんが、東アジアでは米が育ち人が集まる。」
ペルーンがうらやましそうに神龍を見る。
「それで言えば日ノ本こそ米の栽培に適した地は他にないぞ?肥沃な土地に降水量、山に囲まれた
平地には水が蓄えられ良いコメが採れる。」
オーディンの発言に八岐大蛇の八本の頭がしなだれ折れる。
「戦を早急に鎮めるのだ!そして内需に力を注がせ子を増やさせろ!!それが出来ねば守護神失格だ!!
今日より貴様には助手を付けてやる、協力して100年後の今日までに日ノ本の人口を1500万にせよ!!」
興奮した神龍の口端から白煙とともに炎が上がる。
「ちっ!助手でなく監視だろうに……」
八頭のうちの左端の頭部が舌打ちながら呟く。
「なにか言ったか?」
「いやっお心遣いに感謝すると……」
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