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『神託によって祝福されたはずの婚姻は、死の夢と同じ結末を迎えました』  作者:


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デジャヴ

「……っ、さ、最悪ですわ!?」


 三日三晩の高熱で休んでいた間に、凄まじい量の課題が溜まっていましたわ。

 特にヴァンリー先生。古式魔法学なんて、そもそも今どき古式魔法というものがその名の通り時代遅れですのに。


「……? んん? なんだかデジャヴ……」


 以前にもこんなことがあったような。

 わたくしは図書館に向かいながら首を傾げる。

 チラッと窓の外を見れば、今日は日差しが春のように暖かいからか中庭のカフェテリアにたくさんの学生たちの姿が見えて。


「……あれは」


 ハルロ様と……。

 茶色い髪の……あの子……。


「平民の……たしか、特別待遇生で……」


 そういえばハルロ様とよく一緒に居たわ。

 わたくしは何度もあの子に……。

 

 ……?


 なに。

 胸がチリチリと痛む。

 ふたりから目が離せない。

 仲睦まじい様子……近い距離感……とても、ただの王子と臣民だけでは説明できないような……。


「っ……う!」


 胸がギュッと締め付けられる。

 鋭い痛みと熱がそこから広がっていく。

 

 目を閉じて深呼吸をして。


「……おや、どうしたのだね君。体調不良かね」

「……っ、え、……ぁ、ヴァンリー先生……」


 廊下で蹲って胸を抑えているわたくしに、先生がゆっくり歩み寄ってくる。

 

「ふむ……レディ・ルティカ。熱で三日寝込んでいたというが……まだ完全復調とはいってないご様子。今少し休まれてはどうかね」


 無機質で抑揚のない喋り方、何を考えているのかよくわからない無表情。窓から差し込む光がモノクルを反射させて眩しい。

 フェルダーとは違う意味で不気味な人……。


「だ、大丈夫ですわ……。これ以上休んでいたら、わたくし課題の海に溺れてしまいますし」


 特にあなたの出した課題で!

 

「ほん……それは幸福な溺死」


 わたくしのささやかなチクッとした訴えは、奇妙な幸福観によって受け流されてしまった……。


「と、とにかく……もう大丈夫ですから。ご心配ありがとうございますヴァンリー先生。それではご機嫌よう」

「ご機嫌ようレディ・ルティカ。困ったことがあればいつでもどうぞ」

「え……えぇ……」


 ヴァンリー先生は、学生との別れ際に必ずそう言う。

 どの学生も、主にあなたの課題に困っているのですけれど! と陰で言っている。

 わたくしもそう。今まさに課題に困っているのだもの。

 ヴァンリー先生はそんな学生の気持ちなど一顧だにせず、コツコツと靴音を立てながら廊下を通り過ぎて行く。

 

 カフェテリアをもう一度見たときには、もうハルロ様とあの子の姿はなかった。


◇◇◇


「結局もうこんな時間ではないの……!」


 図書館で課題の山と激闘しているうちに、外はとっぷり暮れて真っ暗になっていた。

 わたくしは少し小走りに、正門へと急ぐ。

 正門が閉じてしまうと、かなり遠回りして裏門から出ることになってしまうから。


「あら……」


 少し先で、わたくしはまたあの子を見かけて。

 肩口で切り揃えられた栗色の髪がやけに意識を掻き乱す。


 足を緩め、追いつかないようにあの子の少し後ろを歩く。

 なぜわたくしが平民の子より後ろを歩かねばならないのかしら、と思わなくもないけれど。


 正門に差し掛かって……


「きゃっ……な、なんですか、やめて。離してください……!」


 あの子が突然、悲鳴を上げた。


「え……」


 瞬間。

 わたくしの脳裏に、新聞の片隅に載った小さな訃報が浮かんで。

 それは、あの子の……。

 

「ふ、不埒者……いったい何事ですの! 誰か……誰か……!」


 わたくしは駆け出しながら大声で人を呼び、ついでに抱えていた教科書や参考書の束をブンッと振り回して、揉み合うふたりの方へ投げ飛ばした。


「きゃ、っ!?」


 あの子が更に悲鳴を上げながらも、その隙に乗じて不審者を振り払ったのが見えて。


「こっちよ、走っていらっしゃい!」


 もうすぐ正門が始まる時間。

 あの子はこちらを振り返ると、来た道を辿るように走り出してアカデミーの門内に駆け込んで来た。


「追っては……?」

「はぁ、はぁ……ぁ、い、いえ……追っては来てないよう、です……驚いて、逃げたのでしょうか」


 正門がゆっくりと閉ざされていく。

 彼女を襲った不審な影は、もうそこには居なくなっていたようで。


「……あなた、どこか怪我はなくて?」

「は、はい……あ、ありがとう……ございます……ルティカ様……」

「……そう。無事なら、よかった」


 怯えて震える、小柄な子。

 小動物めいたまん丸な瞳が、少し驚いたようにわたくしを見上げていた。

 

「あぁ……」


 思い出したわ。

 この子はリーシャ。

 

「まだ危ないかもしれないわ、裏門から一緒に帰りませんこと?」


 わたくしは。

 リーシャの手をぎゅっと握っていた。

 微かに震えているのは、どちらの手だったのかしら。

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