家族
ジャーコン商会の荷下ろしの隙を突いて、そっと荷馬車から降りる。
空はすでに暮れていて、夕闇に乗じることができたのは幸運だったわ。
これも神のお導きなのかも。
大通りに出ていくと、街灯には白と黒の旗が翻る。
「………………あれは…………」
王孫、公爵令嬢……わたくしの、ための、弔旗……?
本当に、わたくしは死んだと思われているのだわ。
「でも、だからこそ。わたくしが生きているとわかれば……!」
戦争をする理由なんてなくなる。
けれど……。
そもそも、わたくしの代わりに誰が死んでしまったの?
まさか、それもフェルダーの仕組んだことなの? あの男が……わたくしを攫うため、身代わりを立てた……? でもそんなのすぐに偽物だとバレてしまう……から……爆弾で……。
筋が通ってしまう。
フェルダーは、そんな恐ろしい企みを、ずっと……あの不気味なニヤつきの下に隠していた……。
「伝えなくちゃ……なにもかも全て……お父様に……!」
わたくしは街の中を走っていく。
いつもは馬車から眺めるだけの通り、街並み。
広い大通り。狭くて暗い小路。ブティック、レストラン、BAR。いまはそのどれもがなんだかとても懐かしく思える。
戦争になれば。
この王都にも、いつかラトリーナの兵が押し寄せてくるかもしれない。
どれだけの人々が、苦しむかしれない。
わたくしの命ひとつで、そんな恐ろしいことが起きるなんて……おかしいわ。
走りながら、ずっとそんなことを考えていた。
そのうちわたくしの屋敷が見えてきて。
すっかり夜になっていて。
門は堅く閉ざされていて。
「……はぁ。……はぁ。……あぁ、やっと、着いた……」
わたくしは。
門を開くため、識別機に手を翳して呪文を唱える。
識別機に埋め込まれた魔鉱石が輝き、堅牢な門が開いていく。
ここまで来るのに、わたくしを証しだてるものはもうなにもないと思っていたけれど。
「帰ってきたんだわ……」
家に……!
◇◇◇
屋敷の中はしんと静まり返っていて、わたくしを出迎える使用人はひとりも居なかった。
少しだけ異様に感じるけれど……。
でも逆に都合が良いのかもしれなかった。
わたくしは一目散にお父様の書斎へ向かう。
一刻も早く。
会いたい……。
厳しいけれど優しいお父様。
もしかしたらお兄様たちもいるかもしれない。
死んだと思っていたわたくしが突然帰ってきたらなんて思うかしら。
どんな顔をするかしら。
ずっと辛くて悲しくて怖かったから、気持ちが逸って足がもつれそうになる。
捻った足がまた少しだけ痛んだ。
でも。
嗚呼!
書斎……!
「お父様……!」
わたくしは、書斎扉を開けた。
◇◇◇
「………………」
「…………おい、うそだろ、ルティカ?」
書斎で、わたくしを見つめて、お父様は驚いたように目を丸くした。
お父様のそばに立っていたクロスお兄様が声を上げる。
「お父様……お兄様……!」
「ルティカ……おまえ、どうして……」
「生きてるのよ……! わたくし、生きてるの……! だから、戦争はしなくていいの。わたくしを攫ったのよフェルダーが! でも逃げてきたの、ここまで……!」
お兄様は相変わらず驚いた顔でわたくしを見て、それからお父様を見る。ちらちらと交互に。顔色を窺っているみたいに。
「お父様……?」
お父様は何を考えているのかわからない、いつもと同じ厳しい顔をしていて。
「ルティカよ。本当よ。……ねえ、何か言って」
なぜか。
書斎には重苦しい空気があって。
はぁ。
と、深く重い溜め息が、お父様から漏れた。
「馬鹿な娘だ。……なぜ帰ってきた」
「え……」
お父様は、喜ぶでもなく。でも怒っているのでもなく。悲しんでもなくて。ただ、面倒くさそうに、呆れたみたいに、言った。
「お、お父様……?」
わたくしはそう呼びかけながらも、お兄様を見る。どうして? お父様はなぜこんなことを言うの? お兄様はどう?
「あ……お、お兄様……?」
お兄様の手の中、銀色に光る……銃口。
それが、わたくしに向いていた。
――パンッ
乾いた音が聞こえて。
わたくしの胸に。
熱くて、冷たい……痛み――。
「ぇ……どう……して……?」
なに?
なにが起こったの……?
視界が暗く、狭く、真っ白に染まっていく。
「――――悪い、ルティカ……」
最後に聞こえた、お兄様の声も。
遠く――――。




