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新聞記事



 カランカランとドアベルの音が店内を賑わせる。お店の中はがらんとして静かで……。


「まだ準備中だよ、外に看板出てたろう」


 カウンターに座った頑固そうな男が、新聞から顔も上げずに吐き捨てるように言った。


「あら……そうでしたの? 気づきませんでしたわ……」


 美味しそうな匂いにつられてあんまりなんにも見てなかったわ。どうりてガラガラに空いているわけだわ!


「でも、入ってきてほしくないなら鍵をかけておけばいいでしょう。お願いよ、一日なんにも食べていないの、いま仕込んでいるのはなに? とっても美味しそうだわ。先に少し分けてくださらない?」


 男は新聞から顔を上げると大きな溜息を吐いた。


「なんて図々しい女だ、おまえさんの事情なん、ざ――」


 振り返ってわたくしを見て、男は途中で言葉を飲み込んでしまった。

 無理もないことだわ。

 いまのわたくしのボロボロの姿。

 汚れて破れたドレス、ぐちゃぐちゃの髪。見てないけれどきっと顔も酷いことになっているでしょうね。


「………………払えるもんはあるのかい」


 追い出されるかと思ったら、男はバツが悪そうに頭をかきながらそう言って新聞を置いた。


「あ、えぇ、もちろん……! といっても、現金ではないのですけれど……これ、これを差し上げるわ。だから何か……美味しいものと……できたら着替えと……」


 ブルーの宝石の嵌った指輪をカウンターに置いて言いながら、わたくしの喉がキュッと詰まっていく。

 鼻がツンと痛い。

 声が震えないよう、涙が溢れないようグッと堪えなくてはならなかった。


「ふん…………」


 男は指輪を見て鼻を鳴らすだけ。

 本物かどうかを疑っていそうな目付き。

 宝石なんてきっと見たこともない平民にはきっとこれの価値はわからないかもしれない。


「これは……ラトラムの……最高級の魔法石結晶で……」


 すごいものなのよ、と説明する。


「よくわからんねぇ。まぁいい、ワケアリなのはわかったよ、これ食って待ってな。かあちゃんの若い頃の服が埃かぶってるはずだ」


 男はボウルにたっぷりのスープを入れてくれた。ゴロゴロと大きな野菜とソーセージが煮込まれていて、いかにも平民らしい洗練のなさ。

 でも本当に美味しそうな匂いでわたくしを誘う。


「……あ、ありがとう…………」


 男は何も言わずに、カウンターの向こうの扉の奥に行ってしまった。


◇◇◇


 温かいスープの程よい塩気がすぅっと身に染みて、わたくしの体がほろほろと解けていくよう。

 山の中をがむしゃらに走り回って木のうろで一夜を過ごした体は、わたくしが思っている以上に疲れてカチカチに固まっていたよう。


 スープをすっかり飲み干してようやく人心地ついてから、ふとカウンターに放置されたままの新聞が目に付いた。


「……そうだわ! 御者の男が言っていたわね、結婚式が終わったって。何か載っているかもしれないわ」


 新聞に手を伸ばす。

 中を確認するのは少し怖い気もした。


「ええい、ままよ……!」


 今更怖気付くなんて淑女らしくないことよ!

 わたくしはえいっと気合いを入れて新聞を開いた。


「え、えぇ――――!?」


 日付けは、婚礼の日からすでに三日も過ぎている。

 一際目を引いた見出しは――


【幸福の日から一転、最悪の日へ――


和平二十周年の悪夢:王都は静寂と混迷の三日目を迎える ――バルコニーの惨劇、死者数名の身元確認続く――


【ラトリーナ王都】 去る和平記念日、ラトリーナ・ラトラム両国の友好を象徴する婚礼式典において発生した未曾有の惨事から、本日で三日が経過した。祝砲の音に紛れて発生した突如たる爆鳴と、直後にバルコニーを襲った蒼白き炎。あの日、全世界が目撃したのは、二十年にわたる平和の架け橋が崩れ落ちる瞬間であった。


王室広報局は本日、混乱を極めていた現場の収拾に「一定の改善の兆し」が見られると発表した。瓦礫の撤去は進み、封鎖されていた広場の一部も解放される見通しだという。しかし、平和の象徴として期待された両国の絆は、今や修復不可能なまでに引き裂かれようとしている。


散った「神託の花嫁」


最も国民を絶望させているのは、ラトラム公爵家令嬢、ルティカ様の訃報である。目撃者の証言によれば、ハルロ殿下と並んで民衆に応えようとした瞬間、爆風が令嬢を直撃したという。王宮は「令嬢の遺体は重篤な損壊を免れなかった」としており、現在、厳戒態勢のもとで最終的な検分が進められている。


ハルロ殿下は奇跡的に一命を取り留められたものの、深い沈黙を貫いておられるという。最愛の婚約者を目前で失った殿下の心中は察するに余りある。


蠢く戦争の足音


この「血塗られた記念日」を巡り、隣国ラトラムではラトリーナ側の警備体制を激しく糾弾する声が上がっている。国境付近では早くも軍の移動が観測されており、二十年前の惨劇を知る世代は、再び訪れようとしている暗雲に震えている。


「あの日、空から降ってきたのは恵みの雨ではなく、平和の終焉を告げる灰だった」 広場に居合わせた老人は、震える声でそう語った。


当局はテロの背後関係を「徹底調査中」としているが、真実が明かされる前に、両国の剣が鞘を走る可能性は否定できない】



「……な、なに……どういう、こと……?」


 わたくしは、この記事の内容も意味も、何ひとつ理解できなかった――。

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