街道にて
冷たい空気が身を刺すようで、わたくしははっと目を覚ます。
ちょうど、東の空が明けてくる頃だった。
どうにか無事に一夜を越せたことに、少しほっとする。
ウロから這い出て、杖代わりの枝を支えにわたくしは歩き出す。
あの男は、追いかけて来ない。
わたくしのことを見失ったのかもしれない。
でも安心していい状況ではないこともわかる。
まだわたくしを探しているかもしれないもの。
朝の光と見晴らしの良い高いところから見下ろすと、街道と小さな町らしいものが見えて。
「……あそこ、とにかくあそこまで行くわよ、ルティカ」
自分自身にそう言い聞かせて、わたくしは痛む足を引きずっていった。
◇◇◇
迷わないよう、もし迷っても後戻りができるよう、わたくしはドレスの裾を引き裂いた切れ端たちを数十歩ごとに木の枝に結んでいく。
こんなところで野垂れ死ぬわけにはいかない。
どれほどの時間、距離を歩いたのかわからない。喉が渇いてお腹も空いて、きっと限界も近かったわ。
何度も挫けそうになって、その度に奮い立たせて。
「こんなことで……こんなところで……淑女の最期にはふさわしくないわ!!」
ルティカは誇り高いのよ……!
見てなさい。
もしあの男が追いかけてきてもまた返り討ちにするわ。
そう思いながら歩き続けた先。
「あ………………」
街道。
たくさんの荷馬車が列を作るほどに賑わっていて。
「は……ぁぁ……や、やっと……」
こんな大賑わいの街道なら、誰か品のよくて気の優しい善良な方がきっとわたくしを支援してくれるはず。そう思えた。
「誰か……どなたか、わたくしをラトリーナまで乗せてちょうだい……!」
思ったより声は掠れて。
あまり遠くまでは届かなかった。
すぐ近くの荷馬車から、御者がこちらを見る。
「あんた……どうした……ずいぶん酷いザマじゃないか」
「……! えぇ、そうなの。ちょっとしたアクシデントがあったの。それより、わたくしラトリーナに」
「あんた王都の人か……? いま王都はてんやわんやだ、通行手形がないと入れねえぞ」
御者がじろりとわたくしを睨む。
なんて無礼な……!
見るからに高貴で麗しいわたくしに……
はっとした。
ドレスは引き裂いてビリビリで、手足も顔もきっと土と草に汚れて、わたくしは今とてもどこかの令嬢……ましてや王子妃だなんて、誰にもそうは見えないのかもしれない……。
「で、でも、わたくしは今すぐラトリーナへ行かないと。結婚式があるのよ……! 殿下と」
「はぁ……なに言ってんだ……? 殿下の結婚式なら終わったよ…………」
「え………………」
御者の口から出た言葉は、とうてい信じられないことだった。
「う、うそ、そんなはずないわ……だって」
「お、やっと進む。……うそじゃねえよ、結婚式は終わりだ。終わったんだ…………」
車輪がくるくると回り出して荷馬車の列が進んでいく。
御者の声は、少し震えて……なにかを堪えているようだった。
◇◇◇
街道を行く馬車は、誰もわたくしを乗せてはくれなかった。
汚れ果てたわたくしを、誰も高貴な令嬢だとはやっぱり思わなかったみたい。
日がそろそろ落ちそうな頃に、ようやくあの山の上から見えた町に辿り着いたわたくしは、とうとう限界でへたり込んでしまって。
道行く人たちは慌ただしく、わたくしに差し伸べられる手はなくて。
「……どうしたら…………」
ここまで来れば全てが良くなると漠然と思っていた。
現実は。
わたくしはお金も持ってなくて、身分を証すものも持っていない。
「………………」
お腹が空いた、
喉が渇いた。
ばぁやのプディングを食べたいわ。
ぎゅっと杖代わりの枝を握りしめる。
ふと、その指に嵌る指輪が目に入って。
わたくしの目の色と同じブルーの宝石をあしらった最高級品。
「そうだわ…………これよ」
もう一度足に力を込めて立ち上がる。
わたくしは、すぐ近くの美味しそうな匂いをさせているお店に向かった。




