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お兄様からの手紙

 

 おうちから届いた封書を開いて、その文面に目を通す。


【ルティカへ。


 今年の新年祝賀の式典におまえも同行することを父上がお許しになったぞ。

 ちょうど十八になるからちょうど良い頃合いだろ。

 もしかしたら、巫女様から神託を授かる栄誉に浴するかもしれないしな。


 わざわざ父上に直訴してやったんだ、感謝しろよ。


 かっこよくて偉大な兄 クロスより】



「――ッ」


 その手紙の内容を読んだ瞬間、わたくしは強い目眩と息苦しさを覚えて、思わず胸を抑えた。

 指先から手紙が滑り、ひらひらと床に落ちていくのをただ見つめることしかできなくて。


 床に伏せられて落ちたままのお兄様からのお手紙を、早く拾わなくちゃと思うのに。

 お兄様からの手紙は、喜ばしいことのはずなのに。

 

「まぁま、お嬢様!? どうなさいました、顔色が……!」


 お茶を淹れてやって来たばぁやが心配しながら慌ててわたくしのもとに駆け寄ってくる。

 わたくしは。


「――っ、う、っ、…………」


 うまく息ができなくて、ばぁやに心配しないでと伝えられない。


「いま、薬湯をお淹れしますね。フェルダー先生が仰っていましたよ、高熱の間ずっとうなされて怖い夢を見ていたろうから、しばらく日常でもふとした時にそれを無意識が思い出してしまうかもしれませんて」


 ばぁやは淹れたてのお茶をテーブルに置いて、わたくしの手を優しくぎゅっと握りながらさすってくれる。柔らかくてふくふくしたその温かい手が、わたくしは小さな頃からずっと大好きで……少しだけ安心が戻ってきて、ほっとする。


「フェルダー………………が、そう」


 薬湯を用意しにキッチンに戻っていくばぁやを見送り、わたくしはフェルダーを思い出していた。

 ゴツ、と床を叩く杖の音。白髪だらけのパサパサの髪と隈の深い顔。とてもまともな医者の姿とは思えない不気味さ。


「…………なぜ、杖をついているのだったかしら、あのひと」


 年? 病気? 事故?

 お父様に雇われ主治医になった時にはもう杖をついていた……はず……なのに……。

 お父様にあの男を初めて紹介されたとき、わたくしは……。


「どうして……」


 思い出せない。

 そんなに大昔の話ではないはずなのに。

 あんな異様な男のこと、印象がないはずないわ。

 なのに……。


「お嬢様……! 薬湯をお持ちしましたよ」


 ばぁやがパタパタ駆け戻ってくる。

 カップには変わった香りの薬湯。薬というよりはハーブティーみたい。その香りを嗅ぐと不思議と心が休まってほっとする。


「お薬なのに、甘くて美味しいのよね……」

「お嬢様は、苦くて不味いお薬はお飲みにならないでしょうからって、先生が」


 くすくすと笑うばぁや。

 いつか、わたくしは苦い薬に文句を言ったことがあったかしら。

 あった気もするわ。


「嫌な男」

「まぁお嬢様……! 先生は良い方ですよ」


 そうかしら。

 わたくしはあの男のことをよく知らない……いいえ、そんなはずはないのだけれど……でも。

 わたくしは、あんなフェルダーは知らないわ。


「お嬢様、温かいうちに」

「そうね。嫌な男の調合でも、お薬に罪はないものね。わたくしは寛容で完璧なレディですもの、そこはちゃんと切り分けて考えられるわ」


 だってこのお薬は美味しいし。

 飲むと心が落ち着いて、怖いような気持ちは消えていく。


 薬湯を飲むと。

 わたくしは。

 

 ――――――――――…………。


◇◇◇


「あら? いけない、お兄様からのお手紙を落としたままだったわ」


 手紙を拾い、文面に目を走らせて思わず眉を寄せてしまう。


「もう。お兄様ったら……相変わらず軽薄で品のない手紙」

「クロス坊ちゃんですか……?」

「そうよ、クロスお兄様。……新年祝賀の式典に出て良いって……」

「まぁまぁ! おめでとうございますお嬢様。すっかりご立派な淑女として認められた証でございますよ」


 ばぁやはにこにこと笑っている。

 新年祝賀の式典。

 薬で心が落ち着きすぎたのかしら、わたくしは不思議と感動もなにも覚えられなくて。


「ありがとうばぁや。ドレスを仕立てないと」


 ただ義務のように、わたくしは式典の準備の指示を言い付けた。

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