婚礼の日
――おめでとうございますお嬢様。
――ようやくこの日が来たんですねぇ。
ばぁやが感激の涙声で言っていた。
それがなんだか、不思議に居心地の悪さを感じて落ち着かなくて。
婚礼の儀式には錚々たる方々が列席している。
ヴェール越しに見る世界は、なんだかずっと薄ぼんやりして見えて現実感がなくて。
あのお茶会の約束の日からほんの二週間。
学友の不幸の報せからたった二週間。
ただの平民の、ほんの一度言葉を交わしただけの子の死が、なぜだかわたくしの胸に鉛のように重く沈んでいる。
ハルロ様だってきっとそうだわ。
わたくしよりずっと、きっと悲しんでいたはず。
祭壇の前で、ハルロ様が待っている。
ふいに。
わたくしの足が竦んだように動かなくなる。
わたくしは、本当にあの場所に立っていいの?
ハルロ様は……。
「さ、ルティカ様……」
いつまでも進まないわたくしに、付き添いの女官が促す。
あの場に立つ以外、わたくしには道はないのだと突き付けられたかのよう。
式の間、わたくしとハルロ様は一度もちゃんと視線が交わることはなかった。
手を取り合い、言われたままに誓いを立てる。
つつがなく式は終わり、わたくしたちは晴れて夫婦になった。
「この後はバルコニーへ。僕の国の民に、新しい王子妃の顔を見せてほしい」
ハルロ様は相変わらずお優しく、丁寧で、穏やかで。
「はい、もちろんですわ」
◇◇◇
バルコニーを見た時、わたくしの心臓が強くドクンと打った。
「――――――!」
足が竦んで声も出なくて。
わたくしは震える体をギュッと抱きしめる。
「ルティカ様……? どうなさいました」
わたくしがいつまでもその場にとどまっているのを訝しんだ女官の声もなんだか遠くて。
バルコニーの向こうでは、ポンポンと祝砲の音が聞こえる。
熱狂のような歓声も。
皆がわたくしの登場を待っている。
行かなくちゃ……。
なのになぜ?
体がそれを拒むように、動けない。
行かなくちゃ。行かなくちゃ。
これは神託。
両国の恒久の平和の架け橋。
わたくしは、バルコニーに立った。
◇◇◇
押し寄せる歓声。
色とりどりのガーランドがはためいて翻る。
空はどんより曇っていていまにも雨が降りそうで、春だというのに肌寒い。
「ルティカ様――!」
「第三王子妃殿下――!」
「お美しい――!」
歓声がよく響く。
わたくしは城下の広場に集う人々を見下ろして、完璧な笑みでゆるやかに手を振ってみせる。
なんとなく見渡す視線が一点で止まって。
そこは無人の屋根裏の窓辺。
なぜか誰かが居たような気がしたのに。
そのことに、わたくしはなぜか安堵もして。
――ぽつ。
――――ぽつぽつぽつ。
――――――ザァァァァ。
バルコニーでの顔見せは、突然降り出した大粒の雨で予定よりも早く終わった。
◇◇◇
「妃殿下、控えの間でハルロ殿下がお待ちです」
「えぇ……! すぐ行きますわ!」
バルコニーでの顔見せが終わると、わたくしの心は不思議なほどに軽くなって。
あぁ!
やっと!
やっとこの時が来たのだわ!
わたくしは、ハルロ様と共に平和な未来と幸せを築くのよ――!
「ハルロ様――!」
控えの間で、ひとり佇むハルロ様がわたくしに振り返る。
わたくしは心のままに駆け寄って。
カッと迸る稲光が、優美なお顔を蒼白く浮かび上がらせる。
「きゃっ」
雷に驚いて声を漏らしたその直後。
また。
眩い閃光。
「――――――…………」
それは烈しい轟音と熱風と共に、わたくしの意識を真っ白に塗りつぶした――――。




