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勉強会


「~~♪」


 今日は勉強会のある水曜日。

 いつもなら気分は最低最悪というものだけれど、いまのわたくしは違う。

 わたくしの心はもはや無敵。

 不遜で嫌味で不気味な黒医者の平民なんかにいちいち心を乱されたりしないのだわ!


「これはこれは。今日は随分とご機嫌麗しく、お珍しいことですなお嬢様……」


 来たわね。

 いつもいつもレディの部屋にノックもせずにぬるっと入り込む不届者。

 いつものわたくしなら、この時点でつい相手の思惑に乗せられキィっとなってしまったことでしょう。

 けれど、今日のわたくしは違う……!


「そろそろいらっしゃる頃だと思っていましたわDr.フェルダー。わかってましてよ、勉強会の日だということは」


 ふふん。

 ご覧なさい、威風堂々たるわたくしの佇まい。さすがの無礼者も気圧されて思わず膝を突きこうべを垂れたくなるはず。


「……ほほう。嬉しいご成長でございますな。あれほどまでに毛嫌いしていた私のことも、大嫌いな勉学にも、情がお沸きになられましたかな。――ククッ」

「……っ、あ、あなたねぇ。わたくしに嫌われていると自覚しながらよくもそんな太々しく堂々としていられたものね!?」


 唖然としたわ。

 無神経で気付いていないのかと思っていたのに。気付いていながらよくも変わらず鬱陶しく嫌見たらしいこと。


「お嬢様に嫌われようがなんであろうが、私には痛くも痒くもありませんのでな。……さ、勉強を始める前に一応聞いて差し上げましょうか、これも臣下の勤めなれば……何か、良いことがおありでしたかな?」


 フェルダーはなんともわざとらしく腰を折ってこうべを垂れて、わたくしの顔をニヤニヤと窺い見てくる。

 光を通さぬ漆黒の髪はパサパサのカサカサ。白髪も混じって黒との対比で異様に目立って見苦しい。

 顔色もいつも悪いし重たい瞼も目の周りも隈でどす黒く染み付いてまるきり暗黒!


 うちに来た頃はもう少し年相応の見た目をしていた気がするのに……。


「………………お嬢様……?」

「あ。……あらいやだ、わたくしったらついつい。あなたが物語に語られる悪魔のような見目をしているから、思わず悪魔が人のふりをしているのか疑ってしまいまいたの。ほほ……」


 つい繁々と観察してしまったわたくしの視線に、フェルダーも珍しい戸惑いの様子を見せるものだから少し面白くなってしまって。


「――ククッ。悪魔ですか。………………意外にもご慧眼ですなぁ、お嬢様…………」

「え……」


 やだ。

 まさか。

 悪魔なんて御伽話の登場人物よ。

 大昔には居たとも言われているけれど、神殿の加護が遍く広がるこの世界ではもう存在していないはずだわ!

 

 わたくしは思わずじりっとさがり、防具の代わりに分厚い王国史の参考書を構える。


「――ククッ。クックック……クハッ――――」

「ふ、フェルダー……!?」


 まさか本当に!?


 フェルダーは肩を震わせガクガクと体を揺さぶると、ヨロヨロと床にくずおれてなおも震えている。

 悪魔ではなく悪魔憑きか、それとも不健康不摂生のせいで心臓の発作かもしれない。


「フェルダー……! だめよ、しっかりして!」


 取った距離の分詰め寄って、床に突っ伏すフェルダーの肩を叩いて揺さぶった。


「フッ、ヒヒ……クハッ……ハ、ハ、ハァ――。いや、はや、お、お嬢様は……まったく、ピュアなことですなぁ」

「………………」


 笑っていた。

 床に崩れ落ちるほどに激しく、この男は、笑い転げていた。

 

「よ、よくも……よくも無駄な心配をさせたわね……!?」

「ぁだッ……い、痛……お嬢様、暴力は……本は人を殴るための鈍器ではな――」

「うるさい無礼者――!」


 天誅。


 わたくしは持っていた本の角をフェルダーの脳天に叩き込み、悪魔を打ち倒すことに成功しましたの。


◇◇◇


 フェルダーが時折口を歪めて痛そうに頭を撫でている。

 その様子を見ると、わたくしの溜飲は下がる。

 世が世ならあのような無礼な振る舞い、打ち首になってもおかしくないのだから、温情に感謝してほしいものだわ。


「それで……ご機嫌の理由はなんだったのですかな、お嬢様」


 有耶無耶になって流れてしまいそうだった話題を、フェルダーは律儀に覚えて掘り返す。

 そんなに聞きたいならもっと素直に聞き出してほしいものね。


「ふぅ。無礼なあなたに教えてやる義理もないのですけれど、よくてよ。寛容なるわたくしは特別に教えてあげますわ」

「いやぁさすが。ご立派ご立派。感激でございますよお嬢様」

「ふふん。……うふふ。実はね」


 おざなりなフェルダーのヨイショは腹立たしいけれど、そんなことどうでもいいわ。

 わたくしは気分が良いから。


「ハルロ様と……お茶会するの……!」

「………………ほう」

「ハルロ様からね、直々にお誘いくださったのよ……! わたくしが、お時間のある時で構いませんと言ったそのすぐあとによ。ハルロ様もわたくしとゆっくりお話しする時間をずっと求めていらしたのだわ……!」


 嗚呼!

 思い出すだけで胸がキュッと苦しくも甘く高鳴る。

 全ての授業が終わったあと、ハルロ様からご連絡いただき、お訪ねしてみたらお誘いされて……。


「結婚式前にゆっくり交流する時間が欲しいと思っていたの。でもハルロ様はずっとお忙しそうにしてらして……それも婚礼の式典準備のためだとはわかっているのよ? でも、それでこれから夫婦になるわたくしたちの仲が深まらないのは、神託にも背くことでなくて? フェルダー、あなたもそう思うでしょう」


 フェルダーは聞いているのかいないのか、重たげな瞼がますます落ちて、半目で起きているのかすら定かでない顔。

 もう一度叩いて目を覚ませてあげましょうか。

 本を構えながら睨むと、フェルダーは身構えるそぶりで距離をとった。


「なるほど。さすがですなお嬢様。だてに恋物語ばかり読み漁っているわけではなかったと……」

「なぜあなたがわたくしの読書傾向を把握しているのよ……!」

「いや、ご明察とお褒めしているのですぞ。神託であれ政略であれ、お嬢様は憧れの君と添われるのですからな。お嬢様の良いところ………………も、知っていただくに越したことは……ない」


 いやに間が長いのが気になるけれど、フェルダーにしてはまともなことを言うわ。

 やっぱりそうよね。


「夫婦になるのだもの、相互理解が必要よね」

「えぇ……まったく、その通りですな。……お嬢様、ハルロ殿下は聡明で学問にも秀でたお方とお聞きします。当日の茶会では、殿下との話題レベルが合うよう、今からしっかりお勉強致すとしましょうか」


 フェルダーが真面目ぶった顔で言いながら、王国史の分厚い本を開いた。


「……な、なんだか、卑怯だわ!?」

「――ククッ」


 この後まさかみっちり三時間も学習時間に費やされることになるなんて思いませんでしたわ!

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