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カフェテリアにて


 


 古式魔法学、魔法倫理、歴史学。

 重くて退屈な午前の授業がようやく全て終わって、皆が食堂などに向かう。

 

「ルティカ様……今日は中庭のカフェテリアでお昼にしませんか」


 ミレイさんは少しソワソワした様子。


「ええ……よくてよ」


 本当はハルロ様とゆっくりお話ししたいのだけれど、なかなかその機会も得られないまま。

 婚姻の式はもう一ヶ月後にまで迫っている。


 近頃はずっと、不思議に気持ちが塞ぐ。

 勉強にも身が入らないし、わたくしだけがこの世界で取り残されているような、妙な落ち着かなさもあって。

 ハルロ様とお話しできたら、この不安な気持ちもきっと消える……そう思うのに……。


「最近はすっかり暖かくなりましたね、もうすぐ春ですものね。……和平記念に合わせて結婚だなんて、素敵ですわ」


 中庭のカフェテリアでは、ミモザの花がふわりと香る。

 過ごしやすい季節になって、中庭のカフェテリアに来る生徒も増えたようだわ。


「あ……!」


 突然ミレイさんが小さく声を上げて、両手で口を覆った。 


「まぁ、どうされて? 何か……、ぁ」


 丸く見開いたその視線の先を辿ると――。


 陽光に照らされきらきらと光る銀の髪、通った鼻筋に柔らかな目元。

 端正で品が良く爽やかなその方は、紛れもなくハルロ様!


「ハル……」


 思わず駆け寄って声をお掛けしようとしたわたくしは、ハルロ様のすぐ側に伴われた彼女の姿を見て動けなくなる。


 肩口で短く切り揃えられた栗色の髪、小動物のうにくりくりと愛らしい瞳、小柄で痩せっぽちの平民の女の子。


「………………」

「る、ルティカ様。あ、あの方は、平民特待生のリーシャさんで……ハルロ様は理事会にも携わっておいでですから」


 ミレイさんが細々と詳しく教えてくれるのを聞きながら、わたくしは自分の手が酷く冷たくなっていくのを感じている。

 ハルロ様がリーシャさんに笑いかける。

 眩しそうに細められたその目は、本当にただの平民の娘に向けられてよいもの?

 リーシャさんがはにかんだように笑い返している。その態度は、王族に対して取るようなものには見えなくて。


「っ、でも……」


 信じていますって言って……。


 ……誰が?


 知らない、聞いたこともないはずなのに。

 ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

 痛いほどに強く、激しく……!


「ルティカ様……あ、あちらのお席がよいのでは? 綺麗に咲いたミモザが良く見えて……」


 ミレイさんの声がどこか上滑りして聞こえる。

 

「……、ハルロ様!」


 わたくしはミレイさんを振り切って、今度こそハルロ様のもとへ歩んだ。

 胸を張り、堂々と、淑女らしく。


 それぞれが自分たちの時間を楽しんでいたほかの生徒たちの意識と視線が、一気にわたくしに集まる。

 

 ハルロ様が驚いたようにわたくしを見る。

 その隣で、リーシャさんも。


 わたくしは、ふたりににこりと微笑みかけた。


「ご機嫌よう、ハルロ様。それに……リーシャさんも」

「やぁ、ご機嫌ようレディ・ルティカ。カフェテリアで昼食かい?」

「ご、ご機嫌ようルティカ様……」


 ハルロ様がわたくしに笑みを返してくれる。

 リーシャさんはハルロ様に対するのとは全く違って緊張して見えた。それは当然よね、身分が違うのですから。

 でも、なんとなく気に入らないわ。なぜかしら。もっとしゃんとした子だと思っていたわ。


「リーシャさん、平民でありながらこの伝統あるカールナベルアカデミーで優秀な学業成績を維持していらっしゃるそうね。素晴らしいこと。……ハルロ様も、良き民に恵まれて鼻が高いでしょうね」


 わたくしの褒め言葉に、リーシャさんは驚いた顔をする。

 わたくしがハルロ様との親密さに嫉妬するとても思っていたのかしら。


「あ、ありがとうございます……ルティカ様に、わたしみたいなもののことを、知っていただいているなんて……こ、光栄です」


 リーシャさんがぺこりと深くお辞儀する。

 ちゃんと礼儀を弁えているのね。どこかの黒い医者とは大違い!


「レディ・ルティカ、僕の国の優秀な人材を知っていてくれたのは嬉しいよ」

 

 ハルロ様が穏やかに微笑む。心なしか、少し誇らしげにも見えて。わたくしの知らない顔。


「そ、それは……当然ですわ! ハルロ様の国の民は、わたくしも愛すべき民となるのですもの。わたくしたち……だって……その……け……」


 結婚する……!

 わたくしが、ハルロ様と……!

 いざご本人の前で言葉にしようとすると、恥ずかしくてうまく声にできない。

 顔が熱くなってしまって……!


「そ、そうですよ! ルティカ様とハルロ様は、ご結婚されるのですもの! わたし、おふたりのご結婚……本当に嬉しくて」


 言葉に詰まっていたわたくしに、横からリーシャが力強く言葉を継いでいく。


「きっとルティカ様なら、殿下をよく支えて、両国の恒久の平和な架け橋にきっとなってくださるって……信じてますから……!」


 リーシャがわたくしを振り返り、にこっと笑う。心から、そう信じてくれている、そんな笑み。


「あ、あぁ。ありがとうリーシャ……力強い演説……僕もそう思うよ。レディ・ルティカは、僕にとってもラトリーナにとっても、最良の花嫁だ」


 ハルロ様が一瞬気圧されたみたいに目を丸くして、リーシャに頷く。


「さ、最良の……花嫁……」


 ハルロ様からそのように言っていただけるなんて。

 嗚呼!

 嬉しい!

 ハルロ様もわたくしたちの結婚を喜んでくださっているのだわ。

 

 そうとわかると、今まで不思議と塞いでいた気持ちも軽くなっていくよう。

 不安も、恐怖も、なんてことない単なるマリッジブルーだったのだわ。


「どうぞ方舟に乗ったつもりでいらして! わたくしとハルロ様が共に手を携えれば、恒久の平和が約束されましてよ!」


 わたくしは意気揚々高らかに宣言する。

 それから。


「ハルロ様、近々ゆっくりお茶でも致しましょうね!」


 思い切ってお誘いして、堂々と踵を返す。

 ほかの生徒たちは、固唾を飲んでわたくしたちを見守っていたようだけれど。

 その目にとくと焼き付けると良いわ。


 真の淑女、神託に選ばれし最良の花嫁の姿を!

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