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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第4章 旅先で待つもの

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――第11話 ネザーヴェイルの実力者――

――消えた。


そう思った瞬間、

黒装束の男コルソンは、すでに結乃の懐に踏み込んでいた。


距離を詰めた、という表現では足りない。

視線を送ったその刹那、空間そのものを折り畳むように、奴はそこに現れた。


結乃の首と胴を、迷いなく切り離すための軌道。

ためらいも、予備動作もない。

人間の筋肉や関節が生み出せる速度を、明らかに逸脱している。


次の瞬間、

コルソンの身体が、くるりと縦に回転した。


回転――それは攻撃のためではない。

加速のためだ。


遠心力をそのまま刃に乗せ、

大鎌が唸りを上げて横一文字に薙ぎ払われる。


空気が裂け、

死だけが、一直線に迫ってきた。


「っ――く!」


息が詰まる。

結乃は反射的に術理を引き上げようとした。


――プロテクト。


だが、思考の端で理解している。

自分は防御の術理が得意ではない。

正確には、ブレイク系以外を得意としたことがない。


近接。

間合いを詰めてくる術理士。

それは、結乃が最も苦手とする相手だった。


本来なら――

圧倒的な発動速度と弾幕で、敵を近づけさせない。

それが結乃の戦い方だ。

普通の術理士であれば、この距離に入る前に削り切れている。


だが、

今回の敵は、普通ではない。


速い。

異常なまでに。


視認した瞬間には、

すでに大鎌の刃が、首元へと迫っていた。


――間に合う。

間に合う、はずだ。


そう信じた、その瞬間。


「――トリオ・プロテクト・アイアンシールド」


 詠唱と同時に、がぁんッ!

 金属と金属が激突する、耳を裂くような衝撃音がフロアに響き渡った。


 振り下ろされたコルソンの大鎌は、寸前で弾かれる。

 刃が滑り、火花が散る。


 結乃の眼前に現れたのは、大楯。

 三枚の盾が正確な角度で噛み合い、ひとつの壁を成している。


 ――トリオ構成。

 防御に特化した、ほとんど“鉄壁”と呼んでいいレベルのプロテクト。


(……この規模、そう簡単に見られるものじゃない)


 息を詰めていた結乃は、わずかに肩で呼吸をした。


「お邪魔だったかしら?」


 背後から、あっさりとした声。


 振り返らずとも分かる。

 エウラだ。


 だが、結乃にはいつもの軽口を叩く余裕はなかった。

 ほんの一瞬でも判断が遅れていれば――首はもう、胴体と別れていた。


「……いえ」


 短く、正直に言う。


「助かったわ、エウラ。ほんとに……危ないところだった」


 その言葉を聞いて、

 エウラは満足そうに、ふっと微笑んだ。


「でしょうね」


 そして、盾越しにコルソンを見据えながら続ける。


「あの男……ネザーヴェイルの幹部クラスね。

 私も詳しいわけじゃないけど――ただ者じゃないことだけは確かよ」


「ええ」


 結乃は視線を逸らさず、低く応じる。


「一瞬で、首とバイバイするところだったわ」


 その会話を、

 コルソンは愉快そうに聞いていた。


 弾かれた鎌を軽く回し、肩に担ぎ直す。


「エウラ、か」


 口元が歪む。


「君を殺すわけにはいかないんだよなあ」


 まるで、残念そうに。


「殺すわけにはいかないのに……その補助は、正直邪魔でしかない」


 鎌の切っ先が、ゆっくりと地面をなぞる。


「さて……どうしたものか」


 その声に、焦りはない。

 計算と余裕だけが、底に沈んでいる。


 結乃は、コルソンを鋭く睨みつけた。


(……おかしい)


 違和感の正体が、ようやく輪郭を持つ。


 ――この男、術式陣を展開していない。


 それは、今さら気づいていい事実ではなかった。

 にもかかわらず、今まで意識の外に追いやられていた。


(本当に……)


 あの速度。

 間合いの詰め方。

 人間の反応速度を完全に置き去りにする動き。


 術理による強化ではない。


(……術理士、なの?)


 いや。

 もはや、術理士と呼んでいい存在なのかすら分からない。


 だが、考えている暇はない。


 結乃は即座に、術式陣を二つ展開した。

 空中に浮かぶ、二重の紋様。


「――デュオ・ブレイク・エンバーアンカー!」


 唱えた瞬間、

 圧縮された炎が形を持つ。


 炎の槍。


 熱量と破壊力を極限まで束ねた一撃が、

 真っ直ぐ、コルソンへと放たれる。


 ――当たれば、ただでは済まない。


 だが。


 コルソンは、軽く身をずらした。


 それだけ。


 炎の槍は、空を裂いて背後の地面を抉る。

 爆ぜる熱風。


 そして――

 避けながら、距離を詰めてきている。


(……なっ)


 思わず、声が漏れた。


 術理の速度は、

 人間の動体視力で捉えられるものではない。


 ましてや、

 詠唱を伴う高出力の攻撃を――


 流れる水のように交わす?


 ありえない。


 それを可能にしている、この男は。


(……一体、何者なの)


 ――これが、ネザーヴェイルの実力者。


 結乃は、歯を食いしばった。


 今まで、久我家に牙を剥いてきたネザーヴェイルは何人もいた。

 だが、ここまでの存在に出会ったことはない。


(……世界を敵に回す組織、か)


 看板だけの話ではないらしい。

 本物だ。


 その思考を切り裂くように――


 ぎぃぃんッ!


 金属音が、再び夜気を震わせた。


 コルソンの大鎌と、エウラのプロテクトが激突する。

 三重構造の防御が、確かに刃を受け止めた。


 だが。


 コルソンは、止まらない。


 弾かれた反動を利用し、

 盾の横へと回り込む。


(――っ、回られた!)


 大鎌を振るうには、距離がない。

 隙間もない。


 しかし。


 コルソンは、ためらいなく蹴りを突き出した。


 ――どんっ。


 鈍く、重い音。


 結乃の横腹に、直接、衝撃が叩き込まれる。


(――っ!!)


 魔法で身体は強化されている。

 だが、魔法は万能ではない。


 外部からの純粋な衝撃には、脆い。


 視界が、跳ねる。


 結乃の身体は宙を舞い、

 そのまま壁へ――


 激突した。


 ――がっ。


 肺から、強制的に空気が吐き出される。

 息が、できない。


 床に崩れ落ちながら、

 結乃は必死に喉を動かす。


「……っ、は……」


「結乃!!」


 エウラの叫びが、遠くで響いた。


 だが、音が遠い。

 身体が、思うように動かない。


 壁に残るひび割れが、

 今の一撃の重さを物語っていた。


(……まずい)


 結乃が叩きつけられた壁には、蜘蛛の巣状の亀裂が走っていた。

 ――人体がぶつかって生じるひびではない。

 コンクリートそのものが、衝撃に耐えきれず割れた痕だ。


 普通の人間なら、内臓はすでに破裂している。

 それほどの威力。


「……大丈夫よ」


 結乃は、短くそう答えた。

 息を整えながら、視線をエウラへ向ける。


「私が時間を稼ぐ。――魔法を、発動させて」


 一瞬の迷いもない指示だった。


 魔法。

 それは、エウラの賦律ハイペリオン


 発動までに時間を要する、重すぎる切り札。

 この状況で詠唱を始めるなど、正気の沙汰ではない。


 それでも、結乃は判断した。

 今、必要なのはそれだけだと。


 だが――


「……それを、俺が見逃すと思うかい?」


 低く、冷えた声。


 コルソンが、エウラへと向き直る。

 大鎌ではない。


 蹴りだ。


 踏み込みと同時に、床が軋む。

 空気が歪む。


(――来る!)


 その一撃は、殺すためのものではない。

 コルソンは分かっている。


 エウラを殺せば、

 彼女のリネアに引きずられ、自分も死ぬ。


 だから――

 狙いは、生かしたまま壊すこと。


 死なない程度に。

 だが、確実に動けなくなるほど。


 内臓を一つや二つ、平然と潰す。

 それだけの威力を秘めた蹴り。


 影が、エウラを覆う。


 エウラは、そっと目を閉じた。


 ――信じる。


 それだけでいい。


 いつも顔を合わせれば口論ばかりだった。

 言葉はきつく、態度も素直じゃない。


 それでも。


 エウラは、結乃を信じている。


 その結乃が――

 魔法の発動のために時間を稼ぐと宣言した。


 ならば、自分は詠唱を始めるだけだ。

 疑う理由は、どこにもない。


「……潰れろ」


 コルソンの、冷たい声。


 だが、その言葉は、

 すでにエウラの耳には届いていなかった。


 世界は、内側へ沈んでいく。

 賦律ハイペリオンの詠唱が、静かに始まる。


 ――その瞬間。


 どんっ。


 鈍く、重い衝撃が、空気を震わせた。


 コルソンの身体に、確かな衝撃が走る。


 結乃だ。


 彼女は、自己加速の術理で距離を詰め、

 迷いなく――体当たりを叩き込んだ。


 詠唱している暇はない。

 術式陣を展開する余裕もない。


 だから。


 体一つで、止めに行った。


 拳でも、刃でもない。

 肩でも、肘でもない。


 ただ、全身をぶつけるという、

 あまりにも原始的な選択。


(……なんて、術理士らしくない戦い方)


 そんな考えが、頭をよぎる。


 だが――


(今は、どうでもいい)


 必要なのは、ただ一つ。


 時間を稼ぐこと。


 それだけだ。


 結乃は、歯を食いしばり、

 衝突の反動を全身で受け止めながら、踏みとどまった。


「……邪魔だな」


 コルソンが、低く吐き捨てる。


 大鎌は、この距離では振れない。

 だが、問題はそこではなかった。


 空いたほうの腕が、ためらいなく振るわれる。


 ――ごっ。


 鈍く、湿った音。


 拳が、結乃の左頬に深くめり込んだ。


 瞬間、視界が白く弾ける。

 脳を直接殴られたかのような衝撃に、頭の中身がぐちゃりと揺さぶられた。


「……っ、かは……!」


 直撃。


 理解するより先に、身体が後方へ吹き飛ぶ。

 コンクリートの感触が、背中に叩きつけられる。


(……これ)


 この男の打撃は、

 すべてが即死級だ。


 普通の人間なら、骨が砕け、内臓が潰れ、

 一発で終わっている。


(……ああ)


 ふと、思う。


 今なら分かる。

 佐橋に殺された、あの老人たちの気持ちが。


 ――こんな人間が、いるのだ。


 理屈も、慈悲もなく、

 ただ圧倒的な力で踏み潰してくる存在。


 それでも。


(……それでも)


 結乃は、歯を食いしばった。


 諦めない。


 先生なら、諦めない。


 格好悪くてもいい。

 みっともなくてもいい。


 先生は、いつだって足掻いていた。

 理不尽の中で、何度も立ち上がっていた。


 その背中を、

 結乃はずっと見てきた。


(……だから)


 憧れた。

 だから、ここにいる。


 拳の痛みで、頭がぐらつく。

 口の中に、血の味が広がる。


 それでも、結乃は膝をつかない。


(……絶対に)


 諦めない。


 たとえ、この身体が壊れようとも。

 たとえ、勝ち目が見えなくても。


 結乃の視線は、まだ――

 コルソンを、まっすぐ捉えていた。


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