表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第4章 旅先で待つもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/114

――第10話 大天使の襲撃――

 悠斗は、ゆっくりと目を開けた。


 最初に飛び込んできたのは、灰色だった。

 視界いっぱいに広がる、無機質なコンクリートの壁。

 冷たく、湿り気を帯びた空気が、肌にまとわりつく。


 頭が、少し重い。


(……ここは……)


 視線を動かす。

 壁の間隔。天井の高さ。

 規則的に並ぶ柱と、薄暗い照明。


 その瞬間、理解した。


(……駐車場、か)


 周囲には車が止まっている。

 どれも無言で、ただそこにあるだけの鉄の塊。

 人の気配はない。


 地下かもしれない。

 あるいは、建物の下層部。


 状況を把握しようとした、そのとき――


 手に、感触があった。


 柔らかく、あたたかい。


 反射的に視線を落とす。


 そこには、小さな手があった。


 ――握られている。


 自分の手を、ぎゅっと掴むようにして、

 その手は、確かにそこにあった。


 悠斗の呼吸が、わずかに乱れる。


 その手の主が誰なのか。

 考えるまでもなかった。


 ――祈。


 転送されても、

 引き離されても、

 それでも、彼女はここにいる。


 悠斗は、無意識のうちに、

 その小さな手を、少しだけ強く握り返していた。


「祈……無事だったか」


 声をかけると、祈は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、

 それから、照れくさそうに小さく笑った。


「はい、真神様。その……」


 言いかけて、言葉を切る。


「……手を」


 その一言で、悠斗はようやく気づいた。

 自分が思っていた以上に、彼女の手を強く握りしめていたことに。


「あっ……ごめん、ごめん!」


 慌てて手を放す。


「痛かった?」


 祈は、ぶんぶんと首を横に振った。

 否定の仕方が少し大げさで、どこか可笑しい。


 そして、そのまま、すっと視線を落とす。


 薄暗い駐車場の灯りの下で、

 祈の頬が、ほんのりと赤く染まっているように見えた。


 気のせいかもしれない。

 だが、悠斗はなぜか、そのまま視線を逸らせずにいた。


 暗いコンクリートの空間に、

 ほんのわずかな温度が残る。


 二人とも、何も言わないまま、

 しばらくその沈黙を共有していた。


「……それより、ここはどこだろう」


 そう言いながら、悠斗は周囲を見渡した。

 コンクリートの柱。規則的に並ぶ駐車スペース。

 天井は低く、空気はひんやりとしている。


 祈は答えず、静かに目を閉じた。


 ――アナライズ。


 その様子を、悠斗は黙って見守る。

 今は、余計な言葉はいらない。


 数秒後、祈が目を開けた。


「……ここは、TIMMA本部の地下二階のようです」


 淡々とした報告。


「かなり、飛ばされてしまったみたいですね」


「地下二階……」


 悠斗は、思わず天井を見上げた。


 十五階まで、必死に上った。

 息を切らし、脚の悲鳴を無視して、ようやく辿り着いた場所。


 それが――一気に、地下二階。


「……また、上り直しか」


 口に出すと、現実味が増して、胸の奥に重たいものが落ちる。

 だが、それ以上に、悠斗の思考を占めたものがあった。


 ――あの男。


 黒い装束。

 大きな鎌。

 立っているだけで、空気を殺すような存在感。


 明らかに、普通じゃない。


(……まずい)


 結乃とエウラのもとへ、戻らなければならない。

 あの敵を、二人だけに任せていいはずがない。


「祈、急いで――」


 悠斗がそう言いかけた、そのとき。


 ――ぞわり。


 背筋を撫でるような、嫌な感覚が走った。


 空気が、わずかに重くなる。

 駐車場の静寂が、妙に張りつめる。


 悠斗は、言葉を途中で止めた。


「――真神悠斗さん。どうぞ、ゆっくりしていってください」


 穏やかな声が、駐車場に響いた。


 反響するはずのない声なのに、やけにくっきりと耳に届く。

 まるで、この空間そのものが、その言葉を受け入れているかのようだった。


 悠斗と祈は、ほとんど同時に振り向いた。


 そこにいたのは、男が一人。


 司祭の服に身を包み、胸元には十字の装飾。

 柔らかな微笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらを見つめている。


 その表情は、あまりにも温和だった。

 迷える子羊を導く聖職者――

 そう言われれば、疑いなく頷いてしまいそうな佇まい。


 そして、その背後。


 淡い光が、男を包み込んでいる。


 ――後光。


 一瞬、そう錯覚しかけた。


 だが、次の瞬間、悠斗は違和感に気づく。


 光の位置が、おかしい。


 男の背中から、何かが浮かび上がっている。


 それは、人の形をしていた。

 だが、人とは呼べない。


 黒く、歪んだ肉の塊。

 赤子を思わせるほど小さく、未完成な姿。

 それが、男の背後に貼り付くように浮かんでいる。


 そして、その異形の背から――


 不釣り合いなほど、白く、美しい羽根が生えていた。


 月明かりを受けて、静かに輝く羽根。

 汚れひとつない、神聖さすら感じさせる白。


 だが、その根元は、黒い肉に深く食い込んでいる。


 ――歪だ。


 あまりにも。


(……間違いない)


 悠斗の脳裏に、即座に記憶が蘇る。


 平田梨花の事件。

 あのときも、見た。


 人の背に宿る、異形。

 大天使だけに与えられるという、リネアのかけら。


「私は――トマ様より、大天使ガブリエルの座を与えられました」


 男は、そう告げた。


 淡々とした口調だった。

 誇示も、恍惚もない。

 まるで事実を一つ読み上げただけのような声音。


「過去の名など、ありません」


 そう言い切ったその目は、はっきりと悠斗たちを捉えている。

 視線は合っている。

 逃げてもいないし、逸らしてもいない。


 ――それなのに。


 その表情は、あまりにも希薄だった。

 怒りも、喜びも、哀しみもない。

 何を考えているのか、まるで読み取れない。


 人を見ているはずなのに、

 人として“見ていない”。


(……違う)


 悠斗は、直感的にそう思った。


 平田梨花のときに感じたものとは、明らかに違う。

 彼女の中にあったのは、狂気であり、憎しみであり、歪んだ執着だった。


 だが、このガブリエルには、それがない。


「あなたは――」


 ガブリエルは、祈るでもなく、裁くでもなく、

 ただ事実を確認するように口を開いた。


「大天使ミカエルの座を与えられた、平田梨花を葬ったそうですね」


 声は淡々としている。

 感情の起伏は一切なく、機械が出力した音声のようだった。


「彼女は、大天使としての信仰が、まだ浅かった」


 一拍。


「不覚を取るなど……

 それはつまり、トマ様への信仰が、まだ足りなかったということです」


 その言葉と同時に、

 ガブリエルの背後に浮かぶ“天使”が、静かに輝き始めた。


 白く、澄んだ光。

 だが、そこには温もりがない。


 救済を名乗るには、あまりにも冷たい輝きだった。


「……ですから」


 ガブリエルは、ほんのわずかに首を傾ける。


「彼女と、私を――

 同じ“大天使”だと思わないでください」


 その言葉には、侮蔑も怒りもない。

 ただ、比較する価値すらないという断定だけがあった。


「大天使としての信仰も、

 積み重ねた年月も――比べ物になりません」


 光が、さらに強まる。


 それは破滅を告げる光であり、

 同時に“救い”を名乗る偽りの輝きだった。


 その光が、

 悠斗と祈の行く末を――


 逃げ場なく、

 絶望の色で照らしていた。



↓感想、レビュー、ブクマ、評価よろしくお願いします!↓

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ