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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第4章 旅先で待つもの

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――第9話 死神の鎌――

 白い光が視界を焼いた、その瞬間。


 悠斗たちは反射的に横へ飛んでいた。

 転がり込んだのは、十五階のフロアだった。


 そこは、広大な空間になっている。

 何かの演習を行うために用意されたようなフロアで、デスク類は一切ない。

 ただ、だだっ広い平坦な床が広がっているだけだ。


 奥には、防弾ガラス越しにフロア全体を観察できる部屋が見えた。

 管制室のような構造だが、今は誰の姿もない。


 ――いや。


 広場の中央に、一人だけ人影がある。


 悠斗は、無意識に息を詰めた。


 だだっ広い空間の真ん中。

 まるで、最初からそこに立つために用意された場所のように。


 その人影は、微動だにせず、こちらを待っていた。


 その男は、手に鎌を持っていた。

 一目で分かる――尋常ではない使い手だ。


 理由は、単純だった。

 彼の足元に、転がっている。


 死体。

 無駄のない斬り口。抵抗の痕跡すら感じさせない倒れ方。


 言葉はいらない。

 この男が、ここに至るまで何をしてきたのかは、それだけで十分だった。


 ――誰だ。


 悠斗は、そう問いかけようとして、一歩前へ踏み出した。


 その瞬間。


 世界が、軋んだ。


 音ではなかった。

 衝撃でもない。

 空気そのものが、内側からねじ曲げられるような感覚だった。


 視界が歪む。

 床と壁の境界が曖昧になり、遠近感が崩れていく。

 現実が、薄い膜のように引き延ばされていく。


 歪みの中心に――人影がある。


「……真神様……」


 かすれた声。


 祈だった。


 彼女の足元が、ゆっくりと床から離れていく。

 何かに引かれているわけでも、押されているわけでもない。

 ただ、“そこに留まることを許されていない”かのように。


 祈の表情には、恐怖よりも困惑が浮かんでいた。

 状況を理解する前に、体が先に奪われていく。


「……っ」


 悠斗の喉が、無意識に鳴った。


 次の瞬間。


「祈!!」


 結乃の叫びが、鋭く空間を切り裂く。


 その声で、悠斗は我に返った。

 考えるより先に、体が動いていた。


 床を蹴り、手を伸ばす。

 距離はある。

 それでも、届くと信じて。


 歪みの中へ、飛び込む。


 指先が、何かに触れた。

 ――祈の腕だ。


 その感触は、確かにあった。

 冷たくも、熱くもない、生きた人間の感触。


「……っ!」


 だが、次の瞬間。


 その手応えが、すり抜ける。


 まるで、水に触れた指を引き抜いたかのように、

 現実感が、急速に失われていく。


「悠斗!!」


 背後で、エウラの叫び声が響いた。


 振り返る暇はない。

 視界はすでに、歪みに塗りつぶされていた。


 光でも闇でもない。

 色という概念そのものが、意味を失う空間。


 落下感も、浮遊感もない。

 ただ、引き裂かれるような感覚だけが、全身を包む。


 そして――


 音が、途切れた。


 次の瞬間、

 空間の歪みは、嘘のように収束した。


 何事もなかったかのように。

 最初から、存在しなかったかのように。


 そこにはもう、悠斗も、祈もいない。


「エウラ……!

 先生と、祈が……!」


 結乃は声を荒げ、思わず一歩踏み出していた。


「いったい……今のは、何なの……!?」


 呼吸が乱れている。

 額から汗が噴き出し、指先がわずかに震えているのが、自分でも分かる。

 視線が定まらず、空間の歪みが消えたはずの場所を、何度も何度も見返してしまう。


 ――消えた。

 目の前で、二人が。


 胸の奥が、きしむように痛んだ。


「落ち着きなさい」


 低く、はっきりとした声が落ちた。


 エウラだった。


 その声音には、焦りも揺らぎもない。

 むしろ、今の状況をすでに理解しきっている者の冷静さがあった。


「結乃」


 名を呼ばれ、結乃ははっと顔を上げる。


「今のは、術理じゃないわ。リネアよ」


 一瞬、頭が追いつかなかった。


「しかも……使い手は、アーサー。

 それか、大天使クラス」


 結乃の喉が、小さく鳴った。


「安心しなさい。悠斗も祈も、殺されたわけじゃない」


 エウラは断言する。


「転送されたのよ。

 ――意図的に、戦場から切り離された」


 その言葉に、わずかだが、結乃の胸に空気が戻る。


 だが、次の一言が、容赦なく現実を叩きつけた。


「今は、とにかく――

 目の前の敵から、目を離さないこと」


 エウラの視線が、ゆっくりと前方へ向けられる。


「でないと……死ぬわよ」


 その言葉に、結乃の背筋が冷たくなる。


 ――そうだ。

 ここは、戦場だ。


 結乃は唇を噛みしめ、ぐっと拳を握りしめる。

 揺れかけていた視線が、再び一点に収束する。


 結乃は、ゆっくりと息を整え、視線を前へ向けた。


 ――敵。


 目の前に立つ存在を、冷静に観察する。


 黒い装束。

 全身を覆う闇色の衣。

 その手には、大きな黒い鎌が握られている。


 一目で分かる。

 ネザーヴェイルの中でも、上位の使い手だ。


 佇まいに無駄がない。

 重心の置き方、呼吸の間合い。

 殺しに慣れきった者のそれだった。


(……間違いない)


 だが。


 結乃は、すぐに結論を出す。


(私たちは、こいつに用はない)


 ここで時間を使う意味はない。

 先に進むべき理由が、はっきりとある。


 そのためなら、戦いは最小限でいい。


 結乃は、鎌の男から目を離さないまま、

 心の中で、静かに決めた。


 先に進ませてもらう。


「なあ」


 不意に、男が声をかけてきた。


 低く、落ち着いた声音。

 威圧するでもなく、急かすでもない。

 ただ、獲物を前にした捕食者のそれだった。


「君たちが……魔法使い、なんだって?」


 視線が、結乃とエウラを順に舐める。

 観察するように。

 値踏みするように。


「……だったら?」


 結乃は短く答えた。

 余計な感情は乗せない。

 男の出方を見るためだ。


 男は、口元をわずかに歪める。


「藍様が認めた魔法使いか……」


 一歩、前に出る。


「私も、いずれそこに辿り着く。

 藍様の願いを叶えるために」


 その目に、狂気はない。

 あるのは、歪んだ信仰と、揺るぎない確信だけだ。


「君が持つ黒涙――」


 男の声が、わずかに低くなる。


「四大悪魔の座を与えられし、このコルソンが……

 ここで、もらい受ける」


 次の瞬間。


 大鎌が、構えられた。


 闇を切り取ったかのような刃。

 その姿は、まさしく死神。


 黒涙を奪うと言いながら、

 生かして奪う気配は微塵もない。


 ――死体から、強奪する。


 その覚悟と殺意が、空間そのものを圧迫する。


「……来るわよ」


 エウラが低く告げた。


 次の瞬間。


 死神――コルソンが、

 結乃とエウラへと、一気に踏み込んできた。



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