――第7話 燃える本部――
TIMMAの本部は、火に包まれていた。
ロンドンの町の中心部。
金融街からもほど近いその場所にそびえ立つ、現代的な三十階建ての高層ビル。
ガラス張りの外壁は夜景を映すはずだったが、今は違う。赤黒い炎と、濃密な黒煙が、無数の窓という窓から噴き出している。
――燃えている。
それだけで異常だった。
TIMMA本部。
術理情報管理相互扶助機構の中枢。
世界中の術理士の情報が集約され、最高練度の術理士が常駐し、幾重にも張り巡らされた防衛結界に守られている場所。
屋上も例外ではなかった。
かつてヴォルクハルトと会議を行った場所。
あのときは静寂と風だけがあったはずの空間が、今は炎に舐め尽くされている。
爆発――。
それも、単なる事故やガス漏れではあり得ない規模だ。
「……先生!」
横で声を上げたのは、結乃だった。
視線をビルに釘付けにしたまま、明らかな動揺を隠しきれていない。
「TIMMAの本部を襲撃だなんて……いったい、誰が……?」
当然の疑問だ。
そして、その答えが「あり得ない」ことも、彼女は分かっている。
TIMMA本部への直接攻撃は、自殺行為に等しい。
本部には熟練の術理士が多数在中している。仮に一般人がテロを仕掛けたところで、術理による逆探知で即座に位置を捕捉され、反撃を受ける。
それ以前に――
本部全体を覆う強力な術理結界がある。
外部からの物理攻撃も、術理攻撃も、基本的には遮断される設計だ。
あんな“爆発の仕方”は、本来あり得ない。
「……わからない」
悠斗は、正直にそう答えた。
現時点で確定できる情報は、ない。
だが、推測ならできる。
「でも、TIMMAを襲撃するなんて……僕には、ネザーヴェイル以外の選択肢が思い浮かばない」
言葉にした瞬間、空気が一段重くなる。
ネザーヴェイル。
ホテルでの襲撃。
さっきのは偶発的なテロじゃない。
狙いは明確だ。
――時間稼ぎ。
エウラ。
結乃。
そして、自分。
リネア使いと魔法使いが現場に揃っている状況を、相手は嫌っている。
だから、足止め要員として送り込まれた術理士は、間違いなく精鋭だったはずだ。
だが――
(……結乃は、一人で全部吹き飛ばしてたんだよな)
脳裏をよぎる、少し前の光景。
結界も、迎撃も、強引に突破したあの力。
もしかして。
いや、もしかしなくても。
(……この子、結構やばいのか?)
戦力的な意味で、だ。
「真神様」
祈の声が、思考を引き戻す。
彼女はすでに解析を終えたらしく、目を細めて状況を報告してきた。
「アナライズを使用しました。かなりの数の術理士同士が戦闘を行っています。……今も、です」
今も。
つまり、これは一発限りの爆破ではない。
本部内部、もしくは周辺で、現在進行形の戦闘が続いている。
「なるほど……」
息を整える。
「わかった。みんな、気を付けて突入するぞ」
軽く言ったつもりだったが、実際には全員が緊張しているのが分かった。
相手は未知数。
味方も敵も、内部で入り乱れている可能性がある。
「ええ、大丈夫よ」
そんな空気を切り裂くように、エウラが自信満々に言った。
「私の魔法があれば、問題ないわ」
……本当に、そうだろうか。
エウラの魔法は強力だ。
発動すれば、戦況を一変させるだけの力がある。
だが。
(発動までが、致命的に長い)
詠唱中は完全に無防備。
あの規模の戦場で、悠長に詠唱していれば、八つ裂きにされる未来しか見えない。
だから――
その時間を稼ぐ役目は、必然的に自分になる。
リネアの制御。
それも簡単じゃない。
使えば使うほど、体に負荷がかかる。
それでも、やるしかない。
「エウラ」
悠斗は、彼女の方を見て、はっきりと言った。
「あんまり先行するな。僕が守ってやれるとは限らない」
一拍。
「無茶をしたら――全員、死ぬぞ」
冗談じゃない。
警告だ。
「……分かってるわよ」
エウラは、肩をすくめて答えた。




