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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第4章 旅先で待つもの

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――第3話 祈との会話――

「……真神様」


背後から、祈の声がかかった。


「ん? なに、祈さん」


悠斗は両腕に紙袋を抱えたまま振り返る。

指先が少し痺れている。


「その……結乃様のことですが」

祈は一拍置き、静かに言った。

「ありがとうございます」


「ん?」


悠斗は思わず間の抜けた声を出し、

視線を前方へ戻す。


結乃とエウラは、

棚から棚へと移動しながら、

ほとんど目隠しでもしているかのような勢いで品物を選んでいた。

笑い声が、小さく店内に響く。


「……僕、何かしたっけ」


「はい」


祈は迷いなく頷いた。


「結乃様は、真神様のおかげで、笑顔を取り戻しておられます」


「そうかなあ」


悠斗は曖昧に笑う。


「どちらかと言うと、いつも怒られてる気がするんだけど」


「くすっ」


祈は、珍しく声を立てて笑った。


「そうですね。結乃様は、真神様に対して、いつも怒っています」


一瞬、言葉を切り、

それから続ける。


「でも――」


「そういう態度を取れるようになったのも、真神様のおかげなんです」


「……」


祈は少し視線を落とし、それから静かに続ける。


「私は……結乃様の笑顔が、好きです」


その一言は、とても個人的で、重かった。


「結乃様のことは、物心がつく頃から存じています。昔から、よく笑う子でした。よく笑って、よく学んで、よく動く……そんな子でした」


懐かしむように、言葉を選びながら。


「旦那様のことが好きで、奥様のことを尊敬していて……だから結乃様は、いつも頑張っていたんです」


「でも……」


祈の声が、わずかに揺れる。


「二年前です」


「結乃様が、ご両親が将来殺されることを知り、久我家の宿命を……背負わされてから」


「笑わなくなりました」


言葉を区切り、息を吸う。


「その後の結乃様は……正直、見ていられませんでした。私は、ずっとそばにいましたし、ずっと、見ていました…それなのに」


「……私には、何もできませんでした」


祈は、ぎゅっと指先を握りしめる。


「一緒にいたのに、見ていたのに…それでも、私には……何も……」


その先の言葉は、声にならなかった。


「……」


悠斗は、しばらく黙っていた。


「……そんなことも、ないんじゃないのかな」


ぽつりと、悠斗は言う。


「…え?」


祈が小さく問い返す。


「今の結乃の成長は、祈さんのおかげだよ。ずっとそばにいて、見てきたのは祈さんだ」


悠斗は視線を前に向けたまま、続ける。


「僕は、ほんのきっかけに過ぎないさ」


一拍置いて、言葉を選ぶ。


「きっと、僕がいなくても、結乃はいつか立ち上がって、藍と対峙していたはずだ」


祈は、驚いたように目を瞬かせた。


「……謙遜されるんですね」


「謙遜じゃないよ」


悠斗は、静かに首を振る。


「でもね」


「結乃の、あの笑顔を守りたいと思ってるのは、本当だ」


祈はその言葉を受け止め、

深く、深く頭を下げる。


「真神様……結乃様のこと、どうぞよろしくお願いしますね」


祈のその言葉に、悠斗は一歩だけ間を詰めた。


「祈さん」


「……なんでしょうか?」


「僕はね」


悠斗は視線を逸らさず、穏やかに言う。


「祈さんのことも、守りたいと思ってる」


一瞬、空気が止まる。


「まあ……」


祈は小さく息を漏らした。

困ったような、戸惑ったような表情。


「祈さんには、不要かもしれないけど」


悠斗は続ける。


「それでも、祈さんのことをもっと知りたい。そう、思っているよ」


祈はすぐには答えなかった。

指先を揃え、視線を少し落とす。


「……私の話など、真神様を楽しませることができるとは、思えません」


自分を下げる癖。

長い年月で身についた、距離の取り方。


「そんなことはないよ」


悠斗は、即座に否定した。


「人には、一人一人、自分だけの物語がある。派手じゃなくても、誰かに誇れるものでなくても」


少し笑って、付け加える。


「祈さんの楽しかった話でもいいし、面白かった人の話でもいい。何でもいいから、聞かせてほしい」


祈はしばらく黙っていた。

だが、その表情から、最初の硬さは消えている。


「……困りましたね」


小さく、しかし確かに、祈は笑った。


「そうですね……」


視線を遠くに向けたまま、言葉を続ける。


「私は、生まれたときから、ほとんど久我家の外に出ない人間でした。毎日が、同じ日常でした」


「家事。術理。護衛としての技術。そうしたスキルを、来る日も来る日も叩き込まれました。 学校に通ったこともありません。 勉強も、すべて家庭教師でしたので」


事実を並べているだけのはずなのに、

その語り口には、わずかな距離があった。


「……すごい英才教育だね」


悠斗は、率直に言った。


「今の日本で、それが許されるの?」


「術理士の家系ですから」


祈は、くすくすと笑う。


「普通の家系では、ありませんよ」


「それは……そうか」


悠斗も苦笑する。


「私はずっと、屋敷の中から外を見て、外の世界を、あまり歩いたことはありませんでした」


少しだけ、声が柔らぐ。


「でも、外の世界のことは、知っていたんです」


祈は、悠斗のほうを見る。


「……覚えていますか? 年末の、翡翠祭りのことを」


「ああ」


悠斗は即座に答えた。


「……死にかけたよ」


「そうでしたね」


祈はすぐに頷き、少しだけ視線を落とした。


「申し訳ありません。私の力では、真神様をお救いすることができませんでした」


「いやいや、そういう意味じゃないよ」


悠斗は慌てて首を振る。


「祈さんの応急措置がなかったら、きっと僕は本当に死んでた。だから、感謝してる」


祈は一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせる。


「……ありがとうございます」


そう答えてから、少し考えるように続けた。


「それで……翡翠祭りの、水送りの作法ですが、実は、あれも初めてでした」


「え?」


悠斗は素直に驚く。


「そうなの? 水送りの場所への道順も、作法も、完璧だったよ」


「はい」


祈は小さく頷いた。


「知識としては、教えられていましたから。ですが……実際に現場で行うのは、初めてで」


ほんの少し、声に温度が乗る。


「とても、楽しかったです。真神様と結乃様と話しながら過ごす、あの穏やかな時間が」


祈は胸元に手を添えた。


「私にとっては、とても大切な時間でした」


悠斗は、その言葉をすぐには受け止めきれず、

それでも正直な気持ちを選んだ。


「祈さんにとって、そんな時間を過ごせたのなら……」


少し照れたように、笑う。


「僕は、光栄に思うよ」


祈は、息を呑んだ。


「……はい」


その返事は短かったが、

確かに、その言葉は胸に届いていた。


「それに」


祈は少しだけ間を置いてから、続ける。


「真神様は、結乃様やエウラちゃんだけではなく、私にとっても、大切なお人なんですよ?」


声音は柔らかい。

だが、どこか試すようでもあった。


「それは……どういう意味?」


悠斗は、思わず聞き返す。


「さあ」


祈は小さく首を傾ける。


「どうでしょうね」


そう言って、意地悪そうに笑った。

いつもの控えめな微笑みではない。

ほんの一瞬、感情を隠さない笑い方。


その笑顔に、

かすかな影が落ちていることに、

悠斗は気づいてしまった。


何か別の感情が、そこに混じっている。


「……?」


悠斗が言葉を探す前に、

祈はもう前を向いて歩き出していた。


「ほら、真神様」


何事もなかったかのような声。


「結乃様が、また何か見つけたようですよ」


その背中は、いつもと変わらない。

だが、先ほどの言葉と笑みだけが、

胸の奥に、静かに残ったままだった。


ロンドンの街は、相変わらず賑やかで、

誰一人として、

その小さな揺らぎに気づく者はいない。




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