表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第3章 信じる心と過去の罪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/109

――第32話 救えない――

 数百の術式陣が、空間に展開されている。


 それは、術理士ではありえない光景だった。

 同時展開の限界を、演算能力を――

 あらゆる前提を無視した、世界の理から外れた光景。


 この異様なドームを形成しているのは、あの少女だ。


 普段は無垢な笑顔を振りまき、

 屋敷ではトラブルメーカーとして振る舞い、

 悠斗にいつもちょっかいをかけては、からかってくる――

 そんな、どこにでもいそうな迷惑な少女。


 エウラはソルのリネア使いだ。


 彼女は、自分の死を引き金に、リネアを発動する。

 周囲にいる人間は、等しく精神を焼かれ、廃人となる。


 あまりにも被害が大きく、

 あまりにも結果が分かりやすかったために――


 彼女の危険度は、

 “リネアだけ”だと、誰もが思い込んでいた。


しかし、それは間違いだった。


 彼女は――五百年を生きた魔女だ。


 常に危険と隣り合わせの生活を送り、

 苦しみから逃れるために、彼女はその都度、術理を研究し、

 己を守る術を学ばざるを得なかった。


 術理は、彼女にとって、これ以上苦しみたくない心だった。


 少女の姿をしているが、その内側に積み重ねられた時間は、あまりにも長い。

 十年も術理に修練すれば、熟練の術理士と呼ばれるだろう。


 ――それを、彼女は五百年。


 失敗も、苦痛も、死も、すべてを糧にしてきた。

 選び、捨て、磨き続けた術理の数は、もはや誰にも数えきれない。


 今、彼女がどんな術理を使うのか。


 ――想像することすら、できなかった。


彼女は覚えた術理を――”魂”に蓄積した。


 自分は物覚えがよくない。

 そう自覚していた彼女は、覚えた術理を術理核に刻むことができなかった。

 だから、選んだ。


 術理を、ひたすら自分の魂に刻むという方法を。


 普通なら、ありえない。

 術理士は術理核に術式を刻む。

 定命の寿命しか持たぬ者たちは、そうすることで技を残し、

 後生の子孫へと術理を承継してきた。


 術理核は、記録媒体であり、遺産であり、宝である。


 だが――エウラには、寿命がない。


 五百年。

 気の遠くなるほどの時間をかけて、彼女は術理を刻み続けた。

 核ではなく、魂そのものへ。


 魂はやがて、“保管庫”へと変質していった。


 体系も、理屈も超えた、膨大な術理の集合。

 必要な瞬間に、必要な形で“引き出される”現象。


 それはもはや、術理ではない。


 【魔法】としか、呼びようのないものだった。


 顕現したドームは、エウラの魂の形だった。


 そこに展開されている無数の術式陣は、

 彼女が刻み続けてきた歴史そのもの――

 逃れ、耐え、生き延びてきた、血に塗れた五百年の記録だ。


 それは詠唱を必要としない。

 思考すら介在しない神速の術理を行使できる、“魔法”。


 だが――

 エウラは攻撃術理を使わない。


 否、使わないのではない。使えないのだ。


 人を傷つけることを、良しとしなかった。

 殺すことで生き延びる道を、選ばなかった。


 その矛盾した心が、

 彼女の魂の奥に刻み込んだ、抵抗の証。


 だからこそ、彼女が行使できる術式陣は、

 補助と妨害、その二つに限られている。


 守るため。

 惑わせるため。

 そして何より――逃げるため。


 彼女は、生き延びることに特化した術理を好んだ。

 戦わず、殺さず、それでも生き残るための選択を重ねてきた。


 そして、このドームの内側では――

 それらすべてを、詠唱なしで、無限に行使できる。


 限界はない。

 枯渇もしない。


 それは、人が到達できる領域ではない。


 人ではない存在――

 五百年を生きた魔女だけが、辿り着いた到達点。


 エウラは、今まさにそれを行使していた。


「悠斗、任せるわよ」


 エウラはそう言って、軽く手を打った。


「えーい!」


 掛け声と同時に、十六の術式陣がエウラの周囲に一瞬で展開される。

 淡く光る円が宙に浮かび、互いに位置を変えながら回転を始めた。


 次の瞬間――

 四つの術式陣が、悠斗の周りへと顕現する。


 光が重なり、絡み合い、悠斗の身体の周りに浮遊している。

 術式陣が“付与”されている。


「――あれは……!」


 結乃が、思わず声を上げた。


「カルテット・エンハンス・マジックサークル・エンチャント!?」


 驚愕が、そのまま言葉になる。


「カルテットで一つの術式陣を対象に付与して、

 エネルギー供給は術者が担当、

 術理の発動だけを対象に任せる――

 そんな術理……!」


 結乃は息を呑む。


 “カルテット・エンハンス・マジックサークル・エンチャント”

 四重奏の術式だが、四つの術式陣を使用するのに対して、

対象に付与できるのは“一つ”。


 理論上は存在するが、

 効率は最悪。

 エネルギー消費が激しすぎて、実用に耐えない。


「正直、効率のいい術理じゃないし……

 エネルギー効率も悪い……」


 結乃は信じられない、という顔で叫ぶ。


「それを四つ!?

 十六の術式陣を使ってやることじゃないわ!」


 その言葉に、エウラは肩をすくめた。


「結乃、分かってないわね」


 どこか楽しそうに、言い放つ。


「効率なんて、どうでもいいのよ」


「私のエネルギー量を、舐めないで」


 さらりとした口調。

 だが、その言葉には揺るぎがない。


「四重奏術式を何発撃とうが、

 私にはそれだけのエネルギー量があるの」


 結乃の言葉を遮るように、続ける。


「潜在的な蓄電量が、違うのよ」


 結乃は言葉を失う。


 理論も、常識も――

 すべてが、前提から違っていた。


「……な、なまいきな……」


「でもね。私には、応援することしかできないの」


 エウラは肩をすくめ、どこか楽しげに言った。


「ということで――やっちゃえ、悠斗!」


 無責任にも聞こえるその一言が、

 しかし不思議と、悠斗の背中を強く押した。


(……これが、エウラの“魔法”か)


 悠斗は、静かに息を整える。


 自分に付与されている術式陣。

 それらはすべて、エウラのものだ。


 エネルギーも、供給源も、制御の根本も――

 すべて彼女に属している。


 それでも、今の自分なら。


(発動できる……)


 カルテット。

 四重奏術式。


 通常なら、発動するだけで術者が壊れるほどの術理。

 だが今は違う。


 平田梨花を――

 存在ごと消滅させることすら可能。


 エウラ自身には使えなくても、

 自分になら使える。


 ――ブレイクの術理。


 それを行使すれば、梨花は死ぬ。

 確実に。例外なく。


 だが。


 悠斗は、すぐには踏み切らなかった。


 視線を上げ、真正面から梨花を見る。


「……平田さん」


 声は、驚くほど落ち着いていた。


「僕は、君に一つだけ聞きたいことがある」


 なぜか、それを聞かなければならない気がした。

 それを聞いて初めて、

 自分の覚悟が定まる――そんな予感があった。


「それを聞けば……

 きっと、覚悟ができる気がするんだ」


「……なにを言うつもりだ」


 梨花が、甲高い声で叫ぶ。


「懺悔以外に、なにを言うというんだ!」


 悠斗は一歩も引かず、静かに問いを重ねた。


「君は――

 君は、何人の人を殺したんだ。

 罪もない人間を、何人」


「罪のない人間……?」


 梨花は、嘲るように笑った。


「私は、これまで何人もの人間を殺した!

 でもね、それはどいつもこいつも“罪がある人間”だった!」


 言葉が、狂気を帯びていく。


「トマ様を信仰しない人間!

 トマ様の教えを守らない人間!

 そんな人間は――死んで当然なんだよ!」


 その叫びに、空気が凍りつく。


「……そうか」


 悠斗は、小さく息を吐いた。


「……そうか…」


「先生……」


 結乃の声が、かすかに揺れる。


 だが悠斗は、視線を逸らさない。


「じゃあ、もう一つだけ聞かせてくれ」


 声は低く、しかしはっきりしていた。


「君は、斎藤さんを……

 なぜ殺そうとした?」


 少し離れた場所で、美沙が身をすくめている。

 一般人である彼女には、何が起きているのか分からない。

 ただ、恐怖だけが、全身を縛りつけていた。


「……そいつは……」


 梨花の口元が歪む。


「そいつは、市長の娘だからだ!」


 言い切る。


「罪人の娘!

 存在しているだけで、罪なんだよ!」


 沈黙が落ちた。


 悠斗は、ゆっくりと目を閉じる。


 ――決心がついた。


「……僕のせいだ」


 低く、噛みしめるように言う。


「君という人間を、生んでしまったのは……

 僕の業だ」


 目を開き、真正面から梨花を見る。


「今まで失われてきた、多くの命のために」


 一拍。


「そして――

 今、失われようとしている斎藤さんを守るために」


 悠斗の声には、もう迷いはなかった。


「僕は、君を――

 処刑台に送る」


「裁くのは――わたしだぁぁぁ!!」


 梨花の叫びが、空気を裂く。


「――カルテット・ブレイク・サイクロン・バースト!」


 悠斗は、あの日見た“自分を殺した術理”を発動させた。

 藍が使い、結乃の身体を貫いた、あの術理。


 渦が生まれる。

 嵐が収束し、螺旋を描きながら一本の槍へと変わる。


 圧縮された風は、音を失い、

 ただ破壊の意志だけを宿して、梨花へと襲いかかった。


 ――術理としての最奥。


 人智が辿り着いた、破壊の極点が、今、梨花に迫る。


「トマ様……!」


 梨花は、必死に祈る。


「お力を……トマ様、どうか私をお守りください……!」


「――テオス・エイミ」


 その言葉と同時に、天使から膨大なエネルギーが引き寄せられた。


 光が集束し、裁きの奔流となって、

 迫り来る嵐へと真正面から叩きつけられる。


 轟音。


 人智の最奥と、リネアの力が激突する。


 押し合い。

 削り合い。

 世界が、悲鳴を上げる。


(……勝てない)


 悠斗は、直感的に理解していた。


 勝てない。

 ――いや、勝とうとしていない。


(そうだ……勝てないな)


 平田梨花を、殺す。

 それしか、終わらせる方法はない。


 分かっている。

 分かっているのに。


 自分は、まだ出し惜しみをしている。


 エウラから、もっと術式陣を借りることもできる。

 そうすれば、この押し合いは一瞬で終わる。


 結乃に助けを求めれば、

 もっと早く、もっと確実に決着がついたはずだ。


 なにより――

 佐橋を、最初に止めていなければ。


 こんな事態にはならなかった。

 彼女は、きっと一瞬で殺されていた。


(……それでも)


 悠斗は、歯を食いしばる。


 それでも、自分は――

 自分の手で、決めなければならない。


 悠斗は、罪を受け止めると誓った。


 ”平田梨花”という名前を見つけた、その瞬間から。

 彼女に会わなければならないと、使命感に駆られた。


 救いたい――

 そう思っていた。


 悪趣味な天使を背後に従え、

 人を超えた力を振るう彼女。

 これまでに、数え切れないほどの罪なき人々を殺してきた存在。


 それでも。

 それでもなお、悠斗は彼女を救いたかった。


 救いたいのだ。

 自分が不幸にしてしまった人たちを。


 そして――

 これから先も不幸な人生を歩めと、久我家の宿命を背負わされた、

 現代の魔女を。


 五百年ものあいだ、

 厄災として恐れられ、

 理解されることなく、迫害され続けてきた――

 最古の魔女を。


 ――救いたいーー


でも。


――救え“ない”ーー


 ぱり、と乾いた音を立てて、黒のイバラが悠斗の身体を包み込む。

 それはリネアではない。

 覚醒しつつあるリネアと、悠斗の感情に呼応し、”何か”が呼応した証だった。


 悠斗が犯してきた罪。

 そして、今ここで断罪されるべき罪。


 それらが重なり合い、

 理の樹から力が流れ込んでくる。


 罪人が、罪人を裁く。


 決して許されるはずのない矛盾。

 だが、悠斗はそれを法理として成立させた。


 救うためではなく、

 “裁きを与えるため”に。


 悠斗は、静かに唱える。

 理の樹から力を借り、

 その力を自分の力として昇華させた、その名を。


「――傲慢殺人罪プライド・ホミサイド


 その瞬間。


 今まで、悠斗が死ぬはずだった未来。

 回避され、先送りされ、積み重ねられてきた無数の結末が、

 虚数のエネルギーとして解き放たれる。


 天使の力――テオス・エイミ。

 所詮は、リネアの一部に過ぎないその白い光は、

 虚数の奔流に飲み込まれ、抵抗することもなく虚空の彼方へと消えた。


 黄と黒のエネルギーが渦を巻く。

 それに塗り潰されるように、白は消失していく。


 そして。


 平田梨花は、その中心へと引き寄せられていった。


「殺す……殺す……」


 最後まで、呪いの言葉を吐きながら。

 悠斗への怒りを、憎悪を、憤りを叫びながら。


 救われることもなく、

 赦されることもなく。


 彼女は、消えていった。


 それが、

 罪を引き受ける者が選んだ――

 唯一の救いだった。


↓感想、レビュー、ブクマ、評価よろしくお願いします!↓

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ