――第31話 エウラのとっておき♪――
「殺す……殺す殺す殺すッ!!」
梨花の叫びが、空間そのものを引き裂いた。
天使が、膨張する。
光が肉体を内側から押し広げ、輪郭が歪む。
翼とも刃ともつかぬ構造が、無秩序に展開していく。
もはや人の姿ではなかった。
それは神話に描かれる“裁き”――その概念そのものが、現実へと溢れ出した姿だった。
「死ね……」
声は低く、感情を削ぎ落とした命令に近い。
「――テオス・エイミ」
次の瞬間、世界が白く染まった。
“光”だった。
だが、温もりも救いもない。
――死の光。
術式としては、あまりにも単純。
膨大なエネルギーを、一直線に叩きつけるだけ。
しかし、その単純さこそが、最大の暴力だった。
技巧も、理屈も介在しない。
質ではなく、量。
量の暴力が、すべてを押し潰す。
リネアの力の、ほんの一部。
それだけで、世界は悲鳴を上げていた。
その光が――悠斗へと迫る。
「先生!!」
結乃が叫び、即座に魔法を展開しようと身構える。
だが――
「結乃!!」
悠斗の声が、鋭く空気を裂いた。
「黙って、僕とエウラに任せてほしい!!」
「……え?」
一瞬、結乃の思考が止まる。
「……エウラ?」
理解が、追いつかない。
次の瞬間――
がああああああああああああああん!!
轟音とともに、光が正面から衝突した。
術理士では、防げない。
――“格”が違う。
爆風が吹き荒れ、視界は完全に白へと塗り潰された。
音も、距離感も、上下の感覚さえ失われる。
粉塵の奥。
白い闇の、その向こうに――
立ちふさがる、人影があった。
悠斗だ。
その身体を、黒いイバラが覆っている。
一本一本が生えたのではない。
最初からそこにあったかのように、皮膚の内側から滲み出るように現れている。
自分に降りかかるすべての“結果”。
痛み。
破壊。
死に至る未来。
それらを、悠斗は拒まない。
消しもしない。
ただ――
今この瞬間から、未来へと送り続ける。
今日ではない。
いつか、その先へ。
(守りに徹すれば……)
イバラが、わずかに軋む。
(……負けることはない)
死は、未来へ。
世界が壊れるまで。
――あるいは、自分が壊れる、その時まで。
“守る者”として、悠斗は立っていた。
誰かを裁くためではない。
誰かを倒すためでもない。
ただ、ここを越えさせないために。
その静寂の中で――
声が、聞こえた。
落ち着き払った、声。
エウラだ。
爆風の中心にいたはずなのに、衣服の裾一つ乱れていない。
エウラは、ゆっくりと息を吸った。
周囲の喧騒が、そこで一度、途切れる。
そして――
世界そのものに向けて、静かに告げた。
「我は命じる」
「一つの術を」
「千に分けよ」
足元の空気が、わずかに震えた。
淡く光る円が浮かび上がる。
一つ、二つではない。
瞬きの間に、数十、数百の術式陣が次々と生成されていく。
「千の守りを」
円は重なり、ずれ、回転しながら増殖する。
幾何学模様が空中に描かれ、それは平面を超え、立体へと変わっていった。
「万に連ねよ」
視界が、完全に“術式陣”に覆われる。
数を数えるという行為そのものが、意味を失っていた。
「ただ在れ」
「ただ重なれ」
「世界が壊れる、その時まで」
エウラの瞳が、静かに光を帯びる。
「―ー《賦律ーー》」
その言葉が落ちた瞬間。
巨大なドームが形成された。
半球状の防壁。
だが、それは単なる壁ではない。
内も外も区別なく、
全方向に、数え切れないほどの術式陣が刻まれている。
何層あるのか。
――誰にも、分からない。
「……な……」
結乃は、言葉を失っていた。
術理士として積み上げてきた常識が、
耳元で、ばらばらと音を立てて崩れていく。
一人で展開できる術式陣の限界。
同時詠唱の数。
維持できる演算量。
そのすべてを、
この光景は、前提から否定していた。
「……これは……」
佐橋も、目を細める。
「これはこれは……」
感嘆とも、嘲笑ともつかない声音。
その口元が、わずかに歪んだ。
「エウラの……術理…か?」
だが、すぐに首を振る。
「いや……違う…」
小さく、息を吐く。
「魔女の“もう一つの力”……か!」
その顔は、笑っていた。
楽しげに。
だが、その奥には、初めて見る異常への警戒がかすかに滲んでいる。
そして。
その守りの中心で――
エウラは、静かに立っていた。
↓感想、レビュー、ブクマ、評価よろしくお願いします!↓




