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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第3章 信じる心と過去の罪

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――第30話 被害者と加害者――

「「そこまでにしてくれないか」」

「「――そこまでよ」」


 二つの声が、ほぼ同時に重なった。


 自信に満ちた、迷いのない声。

 空気を切り裂くように、その場を制圧する。


「……え?」


 次の瞬間、結乃の声が裏返った。


「せ、先生?

 それに……エウラ!?」


 視線の先に立っていたのは、言うまでもない二人だった。


「また、あんたは!」


 結乃がすぐさまエウラを睨みつける。


「今度は先生まで丸め込んだってわけ?

 いい加減にしなさいよ!」


「はぁ?」


 エウラは眉一つ動かさず、むしろ呆れたように鼻を鳴らした。


「また結乃はいっつもカリカリして」


 くるりと悠斗の方を振り返り、にやりと笑う。


「ねえ、悠斗?

 今度は悠斗が、結乃に言ってやりなさい」


 胸を張り、完全に勝ち誇った態度だ。


 突然、視線が集まる。


「はあ……エウラ。

 本当に君はねえ」


 悠斗は小さく息を吐き、呆れをそのまま声に乗せた。


「まあ、エウラに代わって――

 事情を説明しようかね」


 そう言って、悠斗は佐橋へと視線を向ける。


 金髪。

 褐色の肌。

 室内の照明を受けて、髪はまるで黄金のようにきらめいていた。


(佐橋、いや――アザールか)


 名を、心の中だけで呼ぶ。


(リネアを発動させると、

 “見ているだけで息を止められる”……)


(……言葉を選ぶ必要があるな)


「……あなたは?」


 佐橋が、穏やかな声で問いかけてくる。


 悠斗は一拍だけ置き、静かに名乗った。


「僕は、真神悠斗。

 そこの結乃の――保護者だよ」


 わざと柔らかく言葉を選ぶ。


「君は、佐橋くんだね。

 いつも結乃がお世話になっている」


「……保護者?」


 結乃が、あからさまに不服そうな顔をする。


「真神さん、か」


 佐橋が、ゆっくりと笑う。


「なるほど。

 あなたが……久我さんの“心の枷”になっている元凶ですか」


「あなたに言いたいことは、正直たくさんあります」


 だが、彼はすぐに話題を切り替える。


「――それより。

 あなたは、なぜここに来たんです?」


 視線が、一斉に悠斗へと集まる。


 悠斗は一度、ゆっくりと息を吐いた。


「そうだね」


 視線を逸らさず、淡々と告げる。


「そこの平野さんに、用がある」


 佐橋の眉が、わずかに動く。


「佐橋くん。

 君は――平野さんを、殺そうとしていたね?」


「悪いんだけど」


 悠斗は、最後まで声の調子を変えない。


「その人、僕に預けてくれないか?」


「……あなたは……まさか……」


 佐橋が、初めて眉を顰めた。


「しーっ」


 悠斗は人差し指を立て、静かに制する。

 そのまま一歩、前に出た。


 視線の先で、梨花が震えている。

 唇が小刻みに揺れ、歯がかちかちと鳴っていた。


「……お前は……」


 掠れた声。


「真神……悠斗……」


「そうだ」


 即答だった。

 一切のためらいも、間もない。


「……私のお父さんの仇」


「そうだ」


 悠斗は、目を逸らさない。

 逃げない。

 背けない。


「先生……」


 結乃が、何か言いたげに口を開きかける。

 だが、悠斗はそれを制するように、わずかに首を振った。


「僕は――」


 静かに、しかしはっきりと告げる。


「君のお父さんを犠牲にして、

 勝訴を無理やりもぎ取った大罪人だ」


「当時の僕は、金に目がくらんでいた。

 人を蹴落とすことでしか、快楽を得られない人間だった」


「どうしようもない人間だったよ。

 許されるとは、思っていない」


「――恨むといい」


 次の瞬間。


「……じゃあ……じゃあ……」


 梨花の声が震え、裏返る。


「死ねよ……!」


 一歩、踏み出す。


「死ね!!

 許されないと分かっていながら、

 普通の人間みたいに生きてるんじゃねえ!!」


 感情が、堰を切ったように溢れ出す。


「なに、澄ました顔してんだよ!

 達観した顔して!

 まるで禊が終わったみたいに、悟った顔して!」


「ふざけるな!!」


 叫びが、空気を裂く。


「貴様のせいで!

 貴様のせいで、私は――!」


 声が嗄れる。


「私は……絶望の中から、

 いつまで経っても、出てこれないんだ……!」


 涙と怒りが混ざった視線が、悠斗を射抜く。


「すべては……すべては、貴様のせいだ!!

 真神悠斗!!」


 しばしの沈黙。


 悠斗は、深く息を吸い――吐いた。


「……そうだね」


 低く、穏やかな声。


「許されないことをした。

 だから、許されるとは思っていない」


 一拍。


「正直に言えば――」


 目を伏せずに、言う。


「死刑判決が出たとき、

 あのまま絞首台で死んでおくべきだったんだと、今でも思っている」


「先生!」


 結乃が、思わず声を上げる。


 だが、悠斗は片手を上げて、それを制した。

 視線は梨花から逸らさない。


「……悪いけど」


 低く、静かな声。


「僕は、君に断罪されるわけにはいかない」


「僕は――

 僕にできる手段で、罪を贖っていくしかない。

 そう、決めている」


「だからなんだって言うのよ!」


 梨花の声が、怒りに裏返る。


「貴様がどんな誓いを立てようと、

 お父さんは社会的に殺されたのよ!」


「私の家族は、もう戻らない!

 それで……それで、何を分かったようなことを言ってるの!」


 その叫びを、悠斗は正面から受け止め――


 唐突に。


「……大変、申し訳ございませんでした」


 そう言って、深く頭を下げた。


「な……」


 梨花が息を詰まらせる。


「なにを……何をしている……!」


 その時。


 悠斗の右肩から、黒いイバラが噴き出す。

 生き物のように蠢き、彼の身体を包み込んでいく。


 頭を下げたまま、悠斗は言葉を続けた。


「僕は――

 あの当時、この力の使い方を知らなかった」


「制御する術も、知らなかった。

 正直に言えば……今でも、よく分かっていない」


 ゆっくりと顔を上げる。


「でも、今なら分かる」


 視線が、梨花を捉える。


「あの頃、僕は――

 この力のおかげで、訴訟に勝てていた」


「その“結果”の被害者になったのが……平田さん…君だ」


 一拍。


「そして、君だけじゃない」


「力のことは知らなかった。

 でも……その異常さには、気づいていた」


「それでも僕は、その力を利用した」


「……だから?」


 梨花の声は、冷え切っていた。


「故意じゃなければ、何をしてもいいって言うの?」


「故意じゃない」


 悠斗は即座に答える。


「でも――黙認して、利用していた。

 不作為、ってやつだ」


 視線を逸らさず、続ける。


「だから償う。

 自分にできることを、やるしかない。

 それしか、残されていないと思っている」


「――死ね」


 低く、噛み殺した声。


「死ね。死ね。死ね――!」


 梨花の感情が、ついに堰を切った。


「もういい!

 貴様の綺麗ごとには、反吐が出る!」


 一歩、踏み出す。


「この“天使の力”で……

 正義の力で!

 神の御業で、貴様を断罪する!」


 その言葉と同時に、梨花の身体から、異質な気配が立ち上がる。

 光にも似た、しかしどこか歪んだ力。


「――だそうだよ?」


 佐橋――アザールが、楽しそうに口を挟む。


「真神先生?」


「……っ」


 悠斗は、唇を噛みしめた。


(分かってもらえるとは、思っていなかった)


 それでも。


(……やっぱり、だめか)


 胸の奥が痛む。


 今まで出会ってきた被害者の中で――

 一番、重い。


 それほどまでに、彼女の負った傷は深いのだろう。


(分かっていたはずなのに)


(やっぱり……僕には、償いなんて、できないのか)


 それでも。


 それでも――。


(やり続けるしかない)


 死ぬという選択肢が、すでに存在しない以上。

 罪人が罪を贖う方法は、ひとつしかない。


 被害者と向き合うこと。

 罪と向き合うこと。


 逃げない。

 開き直らない。


 心を砕き、

 身を捧げ、

 尽くす。


 それを――

 自分の人生が終わるまで。

 あるいは、相手の人生が終わるまで。


(……自分の人生は、もう終わっている)


 その覚悟は、とうにできている。


(人に尽くすと決めた瞬間に、

 僕は“自分の人生”を終わらせた)


 歩き続けるしかない。


 時には、諦めたくなることもあった。

 死に逃げしたくなる夜も、確かにあった。


 それでも――


(諦めない)


(ひたすら、尽くし続けるしかない)


 それが、

 自分に課された、唯一の生き方なのだから。


「先生!!」


「悠斗!!」


 結乃とエウラの声が、重なって響いた。


 はっとして、悠斗は我に返る。


 目を開けた瞬間――

 視界が、異様な光景に塗り替えられていた。


 天使が、膨張している。


 人の形を保ったまま、歪むように巨大化し、

 その背丈はすでに二メートル近い。

 光の輪郭が揺らぎ、翼のようなものが空間を押し広げている。


(……もう、始まってる)


 既に、何かしらの術を発動する直前だ。

 詠唱の兆候も、溜めもない。

 感情そのものが、直接“力”に変換されている。


「――もう、これ以上言葉を重ねるのは危険よ!」


 結乃が叫び、迷いなく前に出た。


 足運びが変わる。

 姿勢が低くなり、視線が研ぎ澄まされる。


 完全な――戦闘態勢。


「……っ」


 悠斗は歯を食いしばる。


(無理か……)


(無理なのか……)


 彼女の心を、

 言葉で救うことは――できない。


(分かっていたはずだ)


(でも、暴力では、何も解決しない)


 しかし


(……今は、集中しろ)


 現実が、容赦なく突きつけてくる。


(このままだと、やられる)


(ただで……殺されるわけにはいかない)


 悠斗の中で、何かが切り替わる。


 生き残るための覚悟。


「……くそっ」


 吐き捨てるように叫ぶ。


「エウラ!

 ――やるぞ!!」


「ええ!」


 エウラは即答だった。


「待ってたわ、悠斗!」



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