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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第3章 信じる心と過去の罪

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――第29話 佐橋裕也の正体――

2026年2月16日(月)17時45分


久我家屋敷・事務室内


 夕方の薄暗さが、事務室の窓ガラスに滲んでいた。

 デスクライトだけが点けられた室内で、悠斗は机に向かい、書類に目を落としていた。


 そのデスクの正面、応接用のソファに腰掛けたエウラが、身を乗り出すようにして声をかけてくる。


「ねえねえ」


「なに?」


 悠斗はペンを置き、顔を上げた。


「結乃、どこに行ったの?

 さっき帰ってきたと思ったら、すぐ出ていったけど」


「ああ……確か、佐橋くんとメタルプリンスホテルに行くって言ってたよ」


 その瞬間、エウラの表情がわずかに硬くなる。


「ええ?」


 眉をひそめ、はっきりと不満を滲ませる。


「それ、止めなかったの? あなた」


「なんで?」


 悠斗は不思議そうに首を傾げる。


「天啓和合会の調査だって言ってたし。

 止める理由、ないでしょ?」


「……そういう意味じゃないわ」


 エウラはソファの背にもたれ、こめかみを押さえた。


「女の子が男の人とホテルに行くのよ?

 保護者としてどうなのよって話」


「美沙さんも一緒だし、大丈夫だと思うけど」


 悠斗は軽く肩をすくめる。


「それに、若いんだからさ。

 何事も経験だよ」


「はぁ……」


 エウラは天井を仰ぎ、長いため息を吐いた。


「頭が痛くなるわ」


 そして、視線だけを悠斗に戻す。


「ねえ、佐橋って男……信用できるのかしら?」


「ああ、聖嶺高校の三年生だって」


 悠斗は、引き出しから取り出した資料を指先で揃えながら続ける。


「生徒会長。バスケ部のエースで、インターハイにも出場経験あり。

 全国模試でも上位常連の秀才らしい。

 それに……なにか格闘技も習ってるみたいだね」


 淡々と並べられる経歴は、どれも出来すぎている。


「……すごいわね」


 エウラはソファに深く腰掛けたまま、腕を組んだ。


「将来有望じゃない?」


「すごいよね」


 悠斗は苦笑しつつ、さらに一枚、写真を差し出す。


「ほら、これも見てよ。

 学外活動として、探偵として警察に協力したときの表彰式の写真。

 若いのに、大したもんだ」


 写真には、壇上で表彰状を受け取る少年の姿が写っていた。

 背筋はまっすぐで、表情は落ち着き払っている。

 年相応の緊張や照れは、ほとんど見えない。


 悠斗は、写真と一緒に当時の記事の切り抜きも差し出した。


「どれどれ……」


 エウラは写真に目を落とし、次に記事へと視線を移す。

 数秒――いや、ほんの一瞬だったはずなのに。


 彼女の顔が、わずかに歪んだ。


「悠斗」


 低く、静かな声。


「あなた。この記事……おかしいと思わないの?」


「え?」


 悠斗は思わず聞き返す。


 エウラの視線は、記事の一行から微動だにしない。

 その表情には、さっきまでの呆れや軽口は消え、

 違和感を見つけた者の顔が浮かんでいた。


「この記事の年号は?」


 エウラは、記事の上部を指で押さえたまま言った。


「え? ……2022年だよ」


 悠斗は一瞬だけ紙面を見直し、首を傾げる。


「見れば分かるでしょ?」


「じゃあ、記事の内容は?」


「……は?」


 唐突な問いに、悠斗は言葉を詰まらせた。


(なんでだ?)

(なぜ、この記事の内容を音読させようとする?)


 エウラが何をそんなに気にしているのか、悠斗には分からない。

 ただ、彼女の視線が異様なほど真剣で、誤魔化すことを許さないのだけは伝わってくる。


「えっと……」


 仕方なく、悠斗は記事を目で追い、口に出した。


「聖嶺高等学校三年生。

 家業が探偵事務所の――佐橋裕也くん。お手柄。

 またしても高校探偵が大活躍。期待の星……かな」


 読み終えた瞬間、エウラの眉がぴくりと動いた。


「……ねえ」


 声が、少しだけ低くなる。


「あなた、自分でもおかしいと思わないの?」


「なにが?」


 悠斗は即座に聞き返す。


 本気で分かっていない。

 だからこそ、エウラは小さく息を吐いた。


「悠斗……あなた」


 エウラはそう言うなり、デスクに身を乗り出した。

 書類の山を越え、顔がぶつかりそうなほどの至近距離で、じっと悠斗を覗き込む。


「え、エウラ?」


 思わず椅子の背にもたれる。


「……近い」


 逃げ場のない距離。

 真正面から、蒼く澄んだ瞳がこちらを射抜いていた。冗談も軽口も一切ない、観察する者の目だ。


「はぁ……そういうことね」


 エウラは小さく息を吐く。


「あなた、リネアの認識阻害を受けてるわ」


「……は?」


「私はリネア使いだから、認識阻害程度のリネアの干渉なら弾ける。

 でもあなたは――未熟。だから、簡単に引っかかったのね」


 呆れと納得が入り混じった声。


「まったく……世話が焼けるわ」


「な、何を言ってるんだよ、エウラ」


 悠斗は戸惑いを隠せない。


「リネア? 認識阻害?

 この記事に、なにかおかしなところがあるっていうのか?」


「あるから、こうしてるの」


 即答だった。


 エウラはゆっくりと距離を離し、今度は指先でデスクを叩く。


「悠斗。

 あのイバラ、出しなさい」


「あ、ああ……」


 言われるがまま、悠斗は意識を集中させる。


 次の瞬間、右肩から黒いイバラが伸び出し、軋むような気配とともに身体を包み込んだ。


「いい?」


 エウラの声が、いつになく強い。


「リネアに集中して。

 ――私の話を、ちゃんと聞きなさい」


 黒いイバラに包まれたまま、悠斗は無言で頷く。


「この記事は"2022年"。

 それなのに、佐橋が三年生……あり得ないでしょう?」


 言葉が、頭の奥に叩き込まれる。


「佐橋は、いつから聖嶺高校にいるのよ?」


「……え?」


 その瞬間だった。


 ――霧が、晴れる。


 視界が一段、くっきりとした輪郭を取り戻す。

 同時に、胸の奥に遅れて違和感が込み上げてきた。


(そうだ……)

(なんで、今まで疑問に思わなかった?)


「じゃあ……これは……」


 悠斗は慌てて資料を掴み、生徒名簿をめくる。

 ページが指の下で、ばらばらと音を立てて流れていく。


 ――佐橋裕也。


 ――佐橋裕也。


 ――佐橋裕也。


 そこに記されている学年は、すべて「三年」。


「……なに、これ……」


 息が詰まる。


 三年生。

 次の年も、また三年生。

 さらにその次も――。


 およそ四年間、ずっと三年生。


 どくん、と心臓が嫌な音を立てた。


 予感。

 否定したいのに、確信に近い感覚。


 違和感が、爆発的に増えていく。


「……写真も」


 悠斗は、表彰式の写真を掴み上げる。


「この写真も……こっちも……」


 どれも同じだ。


 髪型。

 制服。

 立ち姿。


 時間が流れていない。


 そして、何より――。


 金髪。

 黄金のように美しく、光を宿したその髪。

 グレーの瞳は、見る者の性別を問わず引き込むような、妖艶な輝きを放っている。


 年号が違うはずの写真すべてで、

 彼は一切、変わっていなかった。

 日本人ですらない。


「……なんで……」


 声が、かすれる。


「なんで、今まで……気づかなかったんだ……」


「……分かったかしら?」


 エウラは低く言い切った。


「こいつは、生徒じゃないわ」


 黒いイバラに包まれた悠斗を一瞥し、さらに続ける。


「結乃が気づけなかったことを考えれば、術理士でもない。

 ――リネア使いよ」


 その一言が、事務室の空気を切り裂いた。


「結乃が……危ないわ」


 そう言い残すと、エウラはデスクの上に軽く手をつき、そのまま床へと飛び降りる。

 着地の音は驚くほど軽い。だが、そこに迷いはなかった。


(結乃が、危ない)


 悠斗の胸に、その言葉だけが強く残る。

 同時に、別の思考が割り込んできた。


(だが――リネア使いだとしたら、誰だ?)


 頭の中で、知っている名が次々に浮かび、消えていく。


「悠斗?」


 エウラが振り返る。


「結乃のところに行かないの?」


「待て、エウラ」


 悠斗は椅子から立ち上がり、彼女を呼び止めた。


「今回のリネア使い……

 誰か、心当たりはあるのか?」


「さあね」


 エウラは肩をすくめる。


「でも、消去法なら――当てられそうではあるわ」


 その言葉に、悠斗の思考が一気に一点へ収束する。


「……そうだな」


 喉が、無意識に鳴った。


「考えられるのは……

 ヴォルクハルト。

 または――」


「ええ」


「アザール・サンカラね」


 エウラは即答だった。


オーラムのリネア使い。

 なぜ四年前から聖嶺高校にいるのかは分からないけど……ろくでもない理由でしょうね」


「だろうね」


 悠斗は短く応じる。


 二人は事務室を後にし、屋敷奥の書斎へと移動していた。

 壁一面の書棚と、年代物の机。

 悠斗は歩きながら資料を引き抜き、机に広げる。


「アザールは――1757年、インド。

 ムガル帝国時代、プラッシーの戦いで名を上げた英雄だ」


 紙面をなぞりながら、淡々と読み上げる。


「カラリパヤットとシラットの達人。

 当時、術理を使わずに英国側の術理士を50人ほど殺害している」


「相変わらず、頭のおかしい経歴ね」


「その後、ヴォルクハルトと一対一で戦って敗北。

 ――そこで、リネアに目覚めた」


 資料を閉じ、悠斗は一拍置く。


「アザールのリネアは……

 “見る者を魅了する”」


 ページをめくり、該当箇所を指で叩く。


「身体のどこかを見た相手の呼吸を止める。

 そして、“相手が見ている自分”に対して違和感を抱かせなくなる」


「……厄介ね」


「さらに、好意を持たせることも可能、と」


 悠斗は小さく息を吐いた。


「大した色男だ」


 そして、ふと思い出したように付け加える。


「……でも、結乃はアザールの事を嫌ってたみたいだけど」


 エウラが鼻で笑う。


「アザールのリネアも、結乃の恋心には、通用しなかったみたいね」


 悠斗は時計に目をやる。


「結乃たちは……メタルプリンスホテルか」


 距離を頭の中で計算する。


「車で二十分ってところだな」


 悠斗はエウラを見る。


「エウラ。

 なにか対策はあるかい?」


「ふふん。任せなさい」


 エウラは自信満々に胸を張った。


「悠斗に対して、とっておきの“応援術”があるわ」


 そして、悠斗に視線を向ける。


「それと、悠斗。

 あんたのリネア……いい加減、覚醒してる頃じゃない?」


「覚醒?」


 意味が分からず、悠斗は眉をひそめる。


(なんのこっちゃ……)


「カシウスとの戦いで、“結果”を書き換えまくったでしょ?」


 エウラは指を一本立てる。


「自分の”結果”を書き換えるなんておかしいわ。

 自分の”結果”を、なにかに使えないの?」


「……?」


 エウラは楽しそうに続ける。


「相手が攻撃を”当たる”という結果のエネルギーってどこに行くのよ。

 そのエネルギーが悠斗の中に蓄積されているなら、なにかに使えないかなって」


 悠斗は言葉を失う。


「うーん、でもやり方がわからないしね。」


「……まあ、手伝えることがあるならやるけどさ。

 で、エウラは何をするんだ?」


 問いかけに、エウラはゆっくりと背を伸ばした。


「私は――」


 その声が、少しだけ低くなる。


「最古の魔女よ」


 蒼色の瞳に、自信の光が宿る。


「人智を超えた術理ってものを、

 見せてあげるわ」


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