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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第3章 信じる心と過去の罪

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――第28話 色欲の波動――

「……醜いね」


 低く、乾いた声だった。

 それが佐橋のものだと気づいたとき、結乃は一瞬、反応が遅れた。


 佐橋は、ゆっくりと――結乃よりも前に出る。


「醜い。……本当に、醜いよ」


 視線は、まっすぐに平田梨花へ向けられていた。


「平田さん。

 僕はね、君に期待していたんだけど」


 どこか残念そうに、それでいて冷えきった声音。


「……どうして、こうなったんだろうね」


「……佐橋……さん?」

「佐橋……先輩?」


 美沙の声と結乃の声が重なった。

 だが佐橋は、振り返らない。


「生徒会長として」


 はっきりと、名乗るように言った。


「生徒会書記の不始末は――

 僕が、つけるよ」


 その言葉と同時に、佐橋は一歩、踏み込む。

 無駄のない動きで、空手の構えを取った。


「無理よ!」


 結乃の声が、思わず鋭くなる。


「あなた……!

 相手が、誰か分かっているの!?」


 頭では、もう答えが出ている。


 相手は――リネア使いでも、術理士でもない。

 それでも、リネアの力の一部を行使できる存在。


 信者から集めた魂を媒介にした、その膨大なエネルギー。

 並の術理士では耐えられない。


 ましてや。


(……佐橋みたいな、一般人が……)


 何も、できるはずがない。


 それなのに。


 こいつは――死地に、踏み込もうとしている。


「……大丈夫、大丈夫」


 佐橋は、いつも通りの軽い調子で言った。

 緊張も、恐怖も、どこにもない。


「心配しすぎだって」


 そして、肩越しに振り返り、にっと笑う。


「僕さ――」


 一拍。


「空手、三段なんだ」


「……なにを言って……」


 結乃は、思わず呆れたように息を吐いた。


「佐橋さん……

 絶対に危ないです!」


 美沙も、堪えきれずに声を上げる。


「大丈夫だって」


 佐橋は、いつもの調子で肩をすくめた。


「守るって言ったろ、斎藤さん」


 そう言って、にこっと笑う。


「……!」


 思わず、美沙の頬が赤く染まった。


「……佐橋、さん……」


 その空気を、冷たく切り裂く声が落ちる。


「佐橋先輩」


 梨花だった。


「私は……

 あなただけは、殺したくありません」


 一瞬だけ、本心のようにも聞こえる声。

 だが、次の言葉がすべてを否定する。


「……でも」


 目が、細められる。


「邪魔をするなら――

 殺しますよ?」


 殺意を、何の装飾もなく突きつける。


 その瞬間。

 佐橋は、にっと口角を上げた。

 恐れも、迷いもない。


「……やってみなよ」


 一歩、前に出る。


「やれるものならね」


「……っつ!」


 梨花の顔が、怒りに歪む。


「どうなっても、知りませんよ!

 お前たち――邪魔者を殺して!」


 その命令と同時に、

 年老いた男たちが一斉に動いた。


 一つ、二つ。

 空中に術式陣が展開され、詠唱が重なり始める。

 術理を――発動させる、その瞬間。


 ――ばんっ!


 乾いた衝撃音。

 佐橋が、地面を蹴った。

 一瞬だった。


 踏み抜かれた床が砕け、亀裂が走るよりも早く、佐橋の身体は――

 一人の老人の眼前にいた。


「っく……

 シングル・プロテクト――

 アイアンウォール!」


 老人が、反射的に術理を発動する。


 鉄の盾。

 ライフル弾すら止める、物理防御。


 だが。


 佐橋は、一切、構わない。

 盾ごと――殴りつけた。


 ――ばりいん。


 金属が砕ける音。


 次の瞬間。


 ――ぐしゃっ。


 人体が、耐えきれずに折れる音。


 老人の身体は、交通事故に遭ったかのように、不自然な角度で、二つに”折れた”。


「……なに……?」


 誰かの声にならない声。


 梨花も、他の老人たちも、その場にいた全員が――理解できずに、固まった。

 だが、止まらない。

 佐橋の拳が、次の一人を捉える。


 ――ばきいい!


 身体が、宙を舞う。


「……ひっ……!」


 残る老人の一人が、恐怖に顔を引きつらせる。

 だが、その声が終わる前に。


 ――ぼきい。


 骨が、折れる音。

 次の瞬間、その身体は床に崩れ落ちた。


 残り――二人。


 二人は並び、必死に術理を発動させようとしていた。


 だが。


 佐橋は、両手を広げる。


 ――発勁。


 衝撃が、爆発する。

 二人まとめて、空気ごと叩き飛ばされた。


 内臓は破壊され、頸椎は折れ、即死。


 五人。


 倒れるまでに、数秒も、かかっていない。


 静寂。


 その場に残ったのは――血と、壊れた床と、常識が崩れ落ちた沈黙だけだった。


「な……な、な……なによ……」


 梨花の声が、喉で引きつった。


「……佐橋……先輩……

 あなた……いったい……」


 言葉が、続かない。


 足が、わずかに後ずさる。


 その背後で、天使と呼ばれていた異形も――わずかに、身をすくめたように見えた。


 恐怖。


 それが、はっきりと伝染している。


「……ま、こういうことさ」


 佐橋は、まるで掃除を終えた後のように、手をぱん、ぱんと軽く叩いた。


 血も、死体も、まるで気にも留めていない。


「じゃあ――」


 一歩、踏み出す。


「次は、君の番かな?

 書記くん?」


「――っひ!」


 短く、潰れた悲鳴。


 梨花の怯えきった声が、だだっ広い会場に、虚しく反響した。


 その瞬間――


「「そこまでにしてくれないか」」

「「――そこまでよ」」


 二人の言葉が、同時に、空間を切り裂いた。



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