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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第3章 信じる心と過去の罪

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――第23話 天使と共鳴――

「……あなたが、先生を憎んでいるですって?」


 思わず、声が出た。


 ありえない。

 そんなはずがない。


 先生は、誰かに憎まれるような人じゃない。


 それは――

 三か月。

 ほぼ毎日、同じ屋敷で暮らし、

 同じ時間を過ごしてきたからこそ、分かることだった。


 朝の挨拶。

 食事のときの、何気ない気遣い。

 疲れている人に向ける、柔らかな声。


 そんな人が、

 誰かに「殺したいほど憎まれる」だなんて。


 ……そんなこと、ない。


 そう、思いたい。


 けれど。


 先生は、ときどき口にする。


 ――「僕は、たくさんの人を不幸にした」


 自嘲するように。

 まるで、逃げ場のない事実のように。


 きっと、あれに起因しているのだろう。

 今、目の前にいる彼女――

 平田梨花という存在に。


 先生は、過去を多く語らない。

 聞かれても、深くは踏み込まない。


 でも。


 それでいい、と結乃は思っている。


 過去の先生が、どんな人だったか。

 どんな過ちを犯したのか。


 それは――

 結乃が知っている先生とは、別の時間の話だ。


 結乃にとって大切なのは、今。


 今、目の前にいる先生。


 やさしい声。

 やさしい目。

 誰かを不幸にしたことを、

 今も悔やみ続けている、その在り方。


 そのすべてに――

 結乃は、惹かれた。


 だから。


 過去は、関係ない。


 関係なくていい。


 先生がどんな罪を背負っていようと、

 どんな名前で誰かに憎まれていようと。


 結乃が信じているのは、

 今の先生だけなのだから。


 その想いだけは、

 ――誰にも、否定させない。


「……あなたは、かわいそうね」


 平田梨花は、静かに――だが確実に、そう言った。


 憐れむようでいて、

 その実、突き放すための言葉。


「何も、知らないんでしょう?」


 結乃を見つめるその目には、

 優しさなど一欠片もなかった。


「そうよね。

 あの男のことを――真神悠斗のことを」


 一歩、踏み込む。


「あの人はね。

 おそらく、自分に関わる“事件”について、

 一切、記録を残さない人間よ」


 淡々と、断言する。


「自分が起こした事件も。

 自分が担当した事件も」


 一拍。


「――どこにも」


 空気が、ひやりと冷えた。


「書類にも。

 記録にも。

 そして――」


 唇が歪む。


「他人の記憶にも、残らない」


 吐き捨てるように。


「……悪魔よ」


 低く、確信を込めて。


「あいつは、悪魔」


 結乃の反応を確かめるように、

 梨花はじっと見つめる。


「そんな彼の“本当の顔”を知ったとき」


 愉悦を滲ませて、続けた。


「あなたが、どんな顔をするのか……

 私は、それがとても楽しみなの」


 そして。


 平田梨花は――

 笑った。


 静かで、冷たく、

 救いのない笑みだった。


「……変わらないわ」


 結乃は、一歩前に出た。

 その声には、迷いがなかった。


「私が先生のことを好きな気持ちは、変わらない」


 静かに、だが確かに言い切る。


「あきらめなさい。

 過去なんて、関係ない」


 視線は、まっすぐに梨花を射抜いていた。


「私は――

 今の先生が好きなのだから」


 一拍。


「先生を傷つけようとするなら……」


 結乃の声が、冷たく研ぎ澄まされる。


「容赦は、しないわ」


 次の瞬間。


 ――空気が、震えた。


 結乃の空中に、淡く輝く術式陣が展開される。

 複雑な幾何学模様が床に浮かび上がり、

 力の流れが、はっきりと視認できるほど濃くなる。


 照準は、一つ。


 梨花の心臓。


 術式は、無駄なく、正確に収束していく。


「……投降しなさい」


 命令ではない。

 宣告だった。


「あなたたちは、術理士の掟に背いている」


 結乃は、会場にいる全員を見渡す。


「術理を用いて、信者から魂を奪っているのなら――

 見過ごすわけには、いかないわ」


 その言葉に、年寄りたちがざわめいた。


 だが、結乃は構わず続ける。


「……私のことは、知っているわよね?」


 久我の名。

 その重みが、空気を圧する。


「それでも――

 勝てると、思って?」


 術式陣が、さらに輝きを増す。


 今にも、引き金が引かれる。

 その緊張が、室内を支配した。


「……っく」


 年配の男たちが、思わず一歩、後ずさった。

 結乃の術式陣が放つ圧は、それほどまでに明確だった。


「そうね」


 梨花は、その様子を一瞥してから言った。


「私たちじゃ……

 あなた一人にすら、勝てないわ」


 それを、あっさりと認める。


 だが――

 次の言葉が、空気を変えた。


「でもね」


 梨花は、ゆっくりと笑った。


「術理士として勝てなくても……

 私は、あなたに勝てるのよ?」


「……なんですって?」


 結乃の眉が、わずかに動く。


「私には――」


「天使が、ついている」


「トマ様が、私にかけてくださった加護」


 梨花は、胸に手を当てる。


「この加護がある限り……

 私は、あなたに勝てるのよ」


 老人たちが、再び息を呑む。


 理屈ではない。

 技でも、経験でもない。


 信仰そのものを武器にした確信。


 結乃は、術式陣を解かなかった。


「……さっきの、不気味な赤子ね」


「あんなものが“天使”だなんて。

 あんたたちの神様、ずいぶん趣味が悪いわ」


 その一言が――

 引き金だった。


「――っ!」


 梨花の表情が、一瞬で歪む。


「トマ様を……馬鹿にするな!」


 声が、裏返る。


「ありえない発言よ、久我結乃!

 今の言葉は……許せない……許せないいいいいいい!」


 感情が制御を失い、叫びとなって噴き出す。


「……癇癪持ちね」


 結乃は、冷たく言い放った。


「狂人よ、あなたは。

 もう――手遅れね」


 一歩も引かず、続ける。


「あなたが、なぜそこまでトマに依存しているのかは知らないけど」


 はっきりと、告げる。


「あんたたちの教祖様の正体は――

 アーサー・ヴェルレイン」


 空気が、張りつめる。


「“木”のリネア使いよ。

 神様なんかじゃない」


 断罪する声。


「私利私欲で力を振るう、

 この世の“厄災”に分類される存在」


 そして、突きつける。


「人類にとって、害にしかならない」


 結乃は、睨み据えた。


「……いい加減、目を覚ましなさい!」


「なにを……!」


 梨花の声が、憎悪に染まる。


「馬鹿なことを言うな、この不信心者が!」


 叫び。


「殺す!

 四肢をもいで、後悔に溺れさせてから殺してやる!」


「……物騒ね」


 結乃は、吐き捨てるように言った。


「信じないだけで、そこまでされるなんて。

 ずいぶん狭量じゃない」


 小さく、嘲る。


「……邪神みたい」


「不信心者に、何を言っても無駄なのは分かっているわ」


 梨花は、深く息を吸った。


 そして――

 声のトーンが、変わる。


「でもね……」


 一点を射抜くように、結乃を見る。


「あなたには。

 あなたにだけは」


 唇が、歪む。


「あの、くそ弁護士の“罪”を知るべきよ」


 結乃の胸が、わずかにざわつく。


「私に対して、あの男が行った非道」

「そして――

 それが、どれほどの罰を受けるべきものか」


 その瞬間。


 天使と呼ばれた異形が、

 いつの間にか梨花のすぐ隣に浮かんでいた。


 ――かっ。


 黒い瞳が、見開かれる。


 空間が、軋む。

 光と闇の境目が、曖昧になる。


「トマ様から、借り受けたお力により……」


 梨花の声が、重なるように響く。


「あなたに、今から“真実”を見せてあげる」


 異形の存在が、低く震えた。


「――魂の同調」


 言葉が、呪文になる。


「そして……

 かの者に、私の記憶の闇を見せろ」


 最後の言葉が、吐き出される。


「……テオス……エイミ……」


 その瞬間。


 結乃の視界が、

 梨花へと吸い込まれるように、暗転した。


 床も、壁も、音も、

 すべてが遠ざかる。


 残ったのは――

 他人の“記憶”へ落ちていく感覚だけ。


 そして、

 閉ざされていた真実が、

 今まさに、扉を開いた。



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