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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を救いたい  作者: れさ
第三章 信じる心と過去の罪

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――第22話 憎しみを向ける相手――

2026年2月16日 月曜日 19:00 


銀沢市 駅前

メタルプリンスホテル前


 駅から歩いて五分。

 銀沢市の夜景を背負うように、二十階建てのホテルがそびえ立っていた。


 ――メタルプリンスホテル。


 ガラス張りの外壁には、駅前のネオンが反射し、

 無数の光がゆっくりと流れていく。


 佐橋の話では、

 十二階・宴会フロア《五月雨》で、

 天啓和合会の集会が開かれるという。


 一度それぞれ帰宅し、

 私服に着替えたあと、

 結乃、美沙、佐橋の三人は、再び駅前に集合した。


 制服ではなく

 街に溶け込むための、ありふれた服装。


 佐橋の先導で、三人はホテル前へと移動する。


 エントランスには、

 出入りする客の姿が途切れない。

 宿泊客、宴会の参加者、

 そして――何も知らない通行人。


 結乃たちは、人目につかない位置で立ち止まった。


 視線は、

 ホテルの正面と、

 駅前の人の流れを同時に捉える。


 待っている人物は、一人。


 ――平田梨花。


 彼女が現れるのを、

 ただ、黙って待つ。


「……本当に、来るのかしら」


 結乃が、吐息混じりに言った。

 駅前の人波は途切れず、待っている時間だけが妙に長く感じられる。


「来るさ。間違いないよ」


 佐橋は即答した。


「さっき、ホテルの中で確認してきた。

 案内板にもちゃんと出てたよ。十二階、《五月雨》。天啓和合会の幹部集会」


 軽く言うが、結乃は眉をひそめる。


「……平田さんは?」


「家を出たのも確認してる」


「どうやって?」


 結乃が怪訝そうに尋ねると、佐橋は肩をすくめた。


「監視役を一人、つけてるんだよ」


「……え?」


「いつもは僕がやる役なんだけどね。

 今日はここにいるから、事務所の人に代わってもらった」


「……嫌な仕事ね」


 結乃が率直に言う。


「まあね」


 佐橋は否定しなかった。


 そのとき、美沙が小さく言った。


「佐橋くん……私、まだ信じられないんだけど。

 本当に、平田さんが……?」


「さあね」


 佐橋は曖昧に笑う。


「怪しい、ってだけだよ。

 それを確かめるのが、今回の仕事でしょ?」


 気楽な口調で続ける。


「何もなければ、白だったってことになる。

 それでいいじゃないか」


 一瞬、間を置いて。


「それに――

 天啓和合会の会合なんて、そうそう見られるものじゃない。

 正直、面白そうだし」


「……趣味、悪いわよ」


 美沙が呆れたように言う。


 その瞬間。


 ぶる、と佐橋のスマートフォンが震えた。


「……来たみたいだ」


 画面を確認し、短く告げる。


「連絡が入った」


 三人の視線が、自然と駅前の通路へ向かう。


 人の流れの中から、

 一人の女性が姿を現した。


 ――平田梨花。


 私服姿でも、ひと目で分かる存在感だった。

 すらりとした体躯。

 長い茶色の髪が、街灯の光を受けて静かに揺れる。


 派手さはない。

 だが、どこか上品で、

 人混みの中でも自然と視線を引きつける。


 梨花は立ち止まることなく、

 迷いのない足取りでホテルへ向かう。


 そして、そのまま――

 メタルプリンスホテルの中へと消えていった。


 結乃が、短く言う。


「……私たちも、行くわよ」


 誰も異論はなかった。


 夜のホテルが、

 ゆっくりと彼女たちを飲み込んでいった。


 平田梨花がホテルの中へ入っていくのを確認してから、

 結乃たちは、あえて五分の間を置いた。


 同時に入るのは、目立ちすぎる。

 追っていると悟られるには、まだ早い。


 やがて、三人は自然な足取りでエントランスを抜けた。


 ロビーは、夜のホテルらしく静かだった。

 フロントの照明は落ち着いた色合いで、

 宿泊客と宴会客が、互いに無関心を装って行き交っている。


 イベント案内の電光掲示板が、ゆっくりと文字を切り替えた。


 ――

 天啓和合会 幹部集会

 宴会場《五月雨》 12階

 ――


「……やっぱり、あるわね」


 結乃が小さく呟く。


 三人はそのままエレベーターへ向かい、

 無言のまま乗り込んだ。


 十二階。


 ボタンを押す指の音が、やけに大きく響いた。


 ……。


 エレベーターが上昇を始める。


 密閉された箱の中で、

 誰も喋らなかった。


 わずかな機械音と、

 自分たちの呼吸音だけが、

 不自然なほどはっきり聞こえる。


 緊張が、ゆっくりと染み込んでくる。


 ――ちん。


 軽い音とともに、扉が開いた。


 十二階。


 そこには、三つの宴会場が並んでいる。


 《五月雨》

 《三日月》

 《宇奈月》


 その中で、《五月雨》は最も小さく、

 中規模の集会に適した会場だった。


「……幹部会なら、間違いなくここね」


 結乃は、自然と《五月雨》の前に立っていた。


 扉は閉じられている。

 中から、人の気配は感じるが――


 結乃は、そっと扉に耳を当てた。


 ……何も、聞こえない。


(遮音が強い……)


 術理を使えば、内部の音を拾える。

 だが――


(この二人の前じゃ、無理ね)


 そう思った、そのときだった。


 すっと、佐橋がポケットから小さな小道具を取り出した。


「はい」


 差し出されたのは、

 耳に掛けるタイプの小型デバイス。


「……これは?」


「簡易盗聴用。指向性マイク付き」


 さらっと言う。


「これで、中の声が聞けるよ。

 三人分、ちゃんとある」


 結乃は一瞬、呆れたように息を吐いた。


「……準備、良すぎじゃない?」


「探偵だからね」


 佐橋は、にこっと笑った。


「使いなよ」


「……ありがたく、使わせてもらうわ」


 三人は、それぞれデバイスを耳に装着する。


 結乃が、小さく頷いた。


「……聞こえる?」


 次の瞬間。


 遮断されていたはずの静寂が、

 ゆっくりと――割れた。


 《五月雨》の中で交わされている、

 会話の気配が、

 はっきりと耳に流れ込んでくる。


 三人は、息を殺して聞き入った。


『――さて。各自、報告を開始してくれるかしら』


 最初に響いたのは、平田梨花の声だった。


 落ち着いていて、はきはきしている。

 感情の揺れは一切なく、よく通る声。


(……同じだ)


 結乃は思う。

 生徒会で聞いていた声と、まったく変わらないトーン。


『事業報告、お願いします』


 続いて、淡々とした報告が流れ始めた。


『――会員数の推移についてですが……』

『――会計報告に移ります』

『――監査の結果、問題点は特にありません』


 事業。

 会計。

 監査。


 宗教団体というより、

 どこかの企業の役員会のような口ぶりだった。


『……以上で、報告は終わりね』


 わずかな間。


『では、議題に入るわ』


 空気が、変わる。


『――おとといの土曜日』


 結乃の背筋が、すっと伸びた。


『“門”を取り戻そうとして、ちょっかいをかけてきた連中がいるわ』


(……!)


 思わず、結乃は目を見開く。


(門……?)


 横で、佐橋が小声で囁く。


(門って、何だい?久我さん)


(……後で説明するから、今は黙ってて)


 結乃は、口だけ動かして返した。


 イヤーピースの向こうで、梨花の声が続く。


『しかも――

 私たちの“敬虔なる信者”となってくださった方が』


 一拍。


『侵入者によって、惨殺されました』


 空気が、ひやりと冷える。


『犯人は――

 アールティ・カルパナ・ナグ』


 その名が出た瞬間。


『……!』


 がたっ、と。

 椅子を蹴るような音が、はっきりと聞こえた。


『アールティじゃと!?』


 怒気を含んだ、男の声。


『それでは……門の所有権は……!』


『――落ち着いて』


 梨花の声が、即座に被さる。


『大丈夫よ』


 断言。


『トマ様の加護により、

 門の所有権は、そう簡単に変えられないわ』


 その言葉に、ざわめきが一段落する。


『ただし……』


 声が、わずかに低くなる。


『“土”をどうにかするのは、急務ね』


『天使の能力だけでは……

 正直、かなり厳しい相手よ』


 沈黙。


『……トマ様に、お願いする必要があるかもしれないわ』


『そんな……』


 誰かが息を呑む音。


『トマ様のお力を借りることになろうとは……』


 悔しさを滲ませた声が続く。


『くそ……!』


 別の男の、憎悪に満ちた声。


『あの女……

 毎回毎回、邪魔をしおってからに……!』


会議は、淡々と続いていた。


(……平田は、アーサーの手先?)


 結乃は、耳元の音に集中しながら思考を巡らせる。


(天使を操っているのも、彼女なのかしら。

 それとも――もっと上がいる?)


 盗聴越しに聞こえる声は冷静で、整然としている。

 狂気の欠片も感じられない。


(……私たちの存在は、まだバレていない?)


 そう考えた、その時だった。


(ねえねえ)


 耳元で、囁くような声。


(……なに?)


 結乃は苛立ちを抑え、唇だけを動かす。


(佐橋くん、悪いけど今は構ってる余裕ないわ)


(いや、違うんだって)


 声が、妙に切迫している。


(……あれ、なんだと思う?)


「え?」


 思わず、結乃は振り返った。


 ――背後。


 空中、床からおよそ一メートル。


 何かが、浮かんでいた。


 赤子ほどの大きさ。

 人の形をしているが、人ではない。


 黒く濁った瞳。

 その奥で、渦がゆっくりと回っている。


 肌は黒く、艶やかで、

 まるで昆虫の外殻のように鈍く光っていた。


 そして――

 背中には、白い羽毛に包まれた翼。


 あまりにも、美しい。


 本体の醜悪さと、あまりにも釣り合わないほどに。


(……っ)


 理解するより早く、

 胸の奥に嫌な感覚が走る。


 ――しまった。


 そう思った瞬間だった。


『……あら』


 イヤーピース越しではない、

 生の声が響いた。


『あら、あら……』


 それは、聞き慣れた声。


『招かざるお客様が、いらっしゃるようね』


 平田梨花。


 次の瞬間。


 ――ばんっ!


 乾いた音とともに、

 《五月雨》の扉が自動で開いた。


 体重を預けていた三人は、

 抗うこともできず――


 そのまま、

 部屋の中へとなだれ込んだ。


 視界が反転し、

 光が溢れ、

 無数の視線が、一斉にこちらを向く。


「……貴様らは」


 低い声が、部屋に落ちた。


 視線の先にいたのは、平田梨花。

 そして、その背後――

 年配の男たちが、五人ほど。


 いずれも白髪混じりで、

 顔には年輪と、同時に鈍い警戒心が刻まれている。


「……最近、私をつけていた人たちね」


 梨花は一人ひとりを眺めるように見回し、

 最後に、佐橋へ視線を戻す。


「それにしても……佐橋先輩」


 声には、わずかな失望が滲んでいた。


「私は悲しいです。

 まさかあなたが、久我さんと斎藤さんと手を組んで、

 こんなことをするなんて」


 静かに、だが確実に刺す。


「……生徒会長の名が、泣きますよ」


「いやはや」


 佐橋は、苦笑いを浮かべたままだった。


「こんなことになるとは、正直思ってなかったよ。

 薄情と言われるかもしれないけどね」


 肩をすくめる。


「君が、ちょっと危ないことをしてる気がしてさ。

 調査したんだ」


 一瞬、視線を逸らして付け加える。


「……つけてたのは謝る。

 でも、生徒会のメンバーとして、放っておけなかったんだ」


 この状況でも、

 佐橋の調子は変わらない。


 そのことが、かえって場の異様さを際立たせていた。


「……斎藤さん」


 梨花が、今度は美沙に向き直る。


「あなたの父親は、立派ね。とても立派」


 一拍。


「――そして、愚か」


 美沙の肩が、びくりと跳ねた。


「自分の罪を、理解できないこと。

 それ自体が、罪なのよ」


「おい、平田!」


 年配の男の一人が、声を荒げた。


「そんな話をしている場合ではないだろう!

 この場を見られた以上、生かしてはおけん!」


「……!」


 美沙が、思わず息を呑む。


 だが。


「まあ」


 梨花は、あっさりと言った。


「殺すこと自体には、私も賛成ですが」


 空気が凍る。


「私は、この人たちと――

 少し、話してみたいと思っていたんですよ」


 冷ややかな視線で、老人たちを一瞥する。


「……黙ってなさい」


「……っ」


 老人たちは、反論できず口を閉ざした。


 その沈黙を確認してから、

 美沙は、梨花へと向き直った。


「平田さん」


 名前を呼ばれ、梨花は一歩も引かない。


「あなたは……本当に、私を狙っていたんですか?」

「私のことを、憎んでいるんですか?」


 問いは、まっすぐだった。


「……はは」


 梨花は、小さく笑った。


「憎む?」


 首を傾げる。


「何を言っているんですか、斎藤先輩」


 淡々と続ける。


「あなたの父親が悪いんですよ。

 信じることをやめ、

 あまつさえ――天啓和合会に、たてついた」


 そこで、ふっと表情が変わる。


「……それに」


 声が、低くなる。


「憎む、か」


 一拍。


「そうね。私は――憎んでいるわ」


 ゆっくりと、言い切る。


「世界で、たった一人。

 殺したいほどの人間が、確かに一人いる」


 梨花の視線が、結乃を越え、

 その背後を射抜いた。


「それは――久我結乃」


「……あなたと一緒にいる、真神悠斗」


 唇が、歪む。


「あの……

 くっそたれな弁護士よ」


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