――第21話 被害者――
「……そうか。よく覚えていたね、エウラ」
感心したように言った悠斗に、即座に刺が返ってくる。
「馬鹿にしてる?」
「数十年前の話よ? おばあちゃんだって、戦時中のことを鮮明に覚えてる人はいるでしょ」
ぴしり、と言い切る。
「……悠斗のバカ」
「ごめん、ごめん」
悠斗は両手を軽く上げた。
「話の腰を折って悪かったよ。それで――」
表情を少し引き締める。
「今回の件、アーサーはどう動くと思う?」
エウラは即答しなかった。
一瞬、考えを巡らせるように視線を落とし、やがて静かに言う。
「……必ず、私を奪いに来るでしょうね」
断言だった。
「でも、そのためには――結乃が、あまりにも邪魔」
悠斗が眉をひそめる。
「リネア使いであっても、久我家の魔法は別格よ」
エウラは小さく息を吐く。
「だから……直接私に来る前に、結乃を狙うんじゃないかしら」
「そうか……」
悠斗は少し考え込み、それから肩をすくめた。
「でも結乃は強いしね。簡単に手を出せる相手じゃない」
「向こうも、それは分かってるだろう?」
「……そうだといいんだけど」
エウラは曖昧に言い、ふと思い出したように尋ねる。
「ところで。結乃、今は何を調べているんだっけ?」
「美沙さんの身辺調査だよ」
悠斗は指折り数える。
「たしか……佐橋くん、だったかな。彼に依頼してたはず」
「佐橋?」
エウラが首を傾げる。
「ああ。家業が探偵事務所なんだってさ」
「イケメンで、背も高くて、運動神経も勉強もできる」
わざとらしく付け加える。
「しかも、結乃とお近づきになりたいみたいでね。
必死にアピールしてくるらしいよ」
「へえ」
エウラは、どこか楽しそうに目を細めた。
「いいじゃない。付き合っちゃえば?」
「……僕も、そう思うよ」
悠斗は、少しだけ間を置いて答えた。
「いい相手だと思う。
僕なんかより、ずっとね」
軽く言ったその言葉は、
冗談の形をしていながら――どこか、本心を含んでいた。
「……悠斗はさ」
不意に、エウラが切り出した。
「ん?」
「結乃の気持ちに、気づいているのかしら?」
一瞬の間。
悠斗は否定も誤魔化しもしなかった。
「……まあ、そうだね。気づいているよ」
静かに続ける。
「彼女はまっすぐで、分かりやすい。
でも同時に、その心はとても危うい」
理屈を積み上げるような口調だった。
「あれくらいの年頃の子は、年上の人がすごく魅力的に見える。
女の子のほうが精神の成長は早いからね」
淡々と分析する。
「だから、精神的に熟成してきた男性に惹かれる傾向があるんだ」
「……それで?」
エウラが、少し苛立ちを含んだ声で促す。
「結乃が僕に抱いている感情は、憧れから来るものだよ」
即答だった。
「いずれ冷静になって、別の誰かを好きになる。
それが普通だ」
そして、結論を口にする。
「だから僕は、その時まで保護者として見守るだけだ」
その瞬間。
「はぁ……」
エウラは大げさにため息をついた。
「全然、分かってない」
ばっさりと切り捨てる。
「悠斗はダメダメね」
肩をすくめる。
「恋愛経験が豊富だと、そうやって達観した人間になっちゃうのかしら。
安全な理屈の中に逃げ込んで」
そして、ぽつりと。
「……結乃が、可哀そうよ」
「分かってるさ」
悠斗は視線を逸らし、静かに言った。
「でもね。こういうことは、時間が解決してくれる」
自分に言い聞かせるように。
「僕には、どうしようもないことなんだ」
その言葉は理性的だった。
だが同時に――
一番大事なものから、目を背けているようにも聞こえた。
「……悠斗は?」
不意に、エウラが名を呼んだ。
「ん?」
「悠斗は、どう思っているの?」
逃がさない、と言わんばかりの視線。
「結乃が、とか。
年頃の女の子が、とか。
そうやって理由を並べて」
一歩、踏み込む。
「……あなた自身の気持ちは、どうなのよ?」
「僕の気持ちかあ」
悠斗は少し考える素振りを見せて、曖昧に笑った。
「そうだね。さあ、どうだろう。
結乃はきれいだと思うし、魅力的な女性だと思うよ」
「それで!」
即座に声が跳ねる。
「好きなの!?どうなの!?」
「今日は、ずいぶんしつこいね。エウラ」
肩をすくめる。
「どうしたんだい?」
「その煮え切らない態度が、気に入らないのよ!」
ぴしゃり、と言い切る。
一瞬の沈黙。
悠斗は、ふっと息を吐いて――
「……僕は」
視線をエウラに向ける。
「エウラのことが、好きだよ」
「……」
言葉が落ちる音が、妙に大きく感じられた。
「……ダメかな?」
「……だはあ」
エウラは大きく頭を仰いだ。
「もう……」
呆れたように、けれどどこか楽しそうに笑う。
「まあ、いいわ。
今日のところは――それで勘弁してあげる」
そう言って、話を切り上げた。
だが、その横顔には、
まだ言い足りない何かが残っているようにも見えた。
「……で?」
エウラが腕を組み、ちらりと悠斗を見る。
「あなた、今は何を調べているの?」
「生徒名簿だよ」
あまりにも平然とした返答だった。
「……生徒名簿?」
眉をひそめる。
「それ、どこからどうやって取り寄せたのよ」
「TIMMAの調査委員会に依頼した」
悠斗は指先で資料を整えながら言う。
「緊急案件として扱ってもらってね。
裁判所にも掛け合ってもらった。許可が下りれば、学校側に拒否権はない」
一瞬の沈黙。
「……あなた」
エウラは半ば呆れたように言った。
「やってること、えぐくない?」
「まあまあ」
悠斗は肩をすくめる。
「手段はいいじゃないか。問題は結果だよ」
そう言って、名簿の一箇所を指で示す。
「それでね。生徒名簿を見ていたら……一人、気になる子がいてね」
「誰よ?」
エウラが身を乗り出す。
「――二年C組。平田 梨花」
名を口にした瞬間、悠斗の声から軽さが消えた。
「この子はね……」
一拍。
「僕が――人生を壊してしまった“被害者”の一人だ」




