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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を、自己犠牲も問わず、救いたい  作者: れさ
第三章 信じる心と過去の罪

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――第16話 音速の氷結インパクト――

しゅん――

空気が裂けた。


巨大な獣は、瞬き一つの間に悠斗の背後へ回り込んでいた。


「――なっ」


声になる前に、反射が遅れる。

距離は、もうない。


振り上げられた獣の爪。

死のためだけに研ぎ澄まされた一撃が、まっすぐ悠斗の首筋へ――


(……これ、死ぬ)


理屈ではなかった。

生き物としての直感が、はっきりと告げていた。


{先生!}


結乃の叫びが、やけに遠く聞こえる。


次の瞬間。


がっと、背中を掴まれた。

カシウスの岩のように硬い大きな手が、問答無用で引きずり倒す。


「――っ!?」


視界が反転する。

ぶん、と投げ捨てられるように放り出され、悠斗は地面に叩きつけられた。


しりもちをついたまま、息を詰まらせる。


(……っ、助かった)


胸に広がる安堵は、一瞬だけだった。


顔を上げた瞬間、

そこには――人の領域を逸脱した戦いがあった。


カシウスが、宙に六つの術式陣を顕現させている。

円環は重なり、回転し、互いに干渉しながらも破綻しない。


獣の爪が振るわれる。

だが、届かない。


――ガァンッ!


剣と爪がぶつかった瞬間、

衝撃が空気を殴りつけた。


ズギンッ!!


鈍く、内側に食い込むような音。

骨か、殻か。

硬質な何かが耐えきれず、ひび割れる。


ゴァン……!!!


一拍遅れて、空間そのものが悲鳴を上げた。


カシウスは退かない。

紙一重でかわし、踏み込み、剣戟を叩き込む。

踏み込み、斬り上げ、回避と同時に術を放つ。


――同時進行。


頭の中では、

術式陣の構築、展開、維持。

それを、六つ同時に。


しかも――

並列思考も、思考加速も使っていない。


すべてを、

攻撃、補助、防御に回している。


(……ありえない)


悠斗の理解が、追いつかない。


「――デュオ・ブレイク・エンバーアンカー」


低く、しかし明確な詠唱。


続けざまに――


「デュオ・エンハンス・グロウアップ」

「デュオ・エンハンス・アクセラレイト」


三つのデュオ術理。

並行起動。重ね掛け。


それ自体が、すでに神業。


いや。

それを“戦闘の流れの中で当然のように行う”ことこそが、異常だった。


積み上げられた戦闘技術。

研ぎ澄まされた知識と経験。


それらすべてを叩きつけるように、

カシウスはただ、前に出る。


「……これは」


悠斗は、呆然と呟いた。


「俺の時には当たり前だったけど――

 全然、本気じゃなかったんだな…」


炎が、槍の形をとる。

否。

槍という概念に、炎が従わされている。


カシウスが補助術理を唱えるたび、

炎の槍は肥大し、圧縮され、加速する。


空気が焼け、引き裂かれ、

逃げ場という概念そのものが消える。


――ガァァァンッ!!


衝撃が、空気を殴った。

獣の巨体が、耐えきれずに弾かれる。


回避不能の速度。

炎の槍は、一直線に獣の胴を――


……貫かなかった。


ぶるん。

ぶるん、と。


獣は、まるで鬱陶しい雨を払うように首を振る。

毛皮の表面で、炎が霧散した。


「耐術理の毛皮さ!」


アールティは、愉快そうに笑った。

まるで自慢の我が子を褒める母親のように。


「半端な術理じゃ、この子には効かないよ!」


「……ふん」


カシウスは、眉一つ動かさない。

予想通り――そう言いたげな顔だった。


―――そのとき。


――バリ。


――バリ、バリッ。


空気が、悠斗のすぐ横で帯電する。

皮膚が、ちり、と痛む。


「起動、セット――!…アクティベート…!」


結乃の声が、鋭く走る。


瞬間。


六つの術式陣が、同時に展開された。


――バリバリバリッ!!


雷鳴にも似た異音。

結乃の髪が、根元から深紅に染まっていく。


血の色のような、

太陽の色のような、まぶしい赤。


「……っ、この……!」


歯を食いしばり、結乃は叫ぶ。


「出し惜しみは、なしね……

 全力で行く!」


その宣言と同時に、

人の限界を越えた“魔法”が解き放たれる。


『――我が前に折り重なれ』


空気が、沈む。


『断て。拒め』


世界が、躍動を始める。


『ここは我が領域。

 侵すことかなわぬ、絶対の守護域――』


結乃は、まっすぐ前を見据え、


《ーー守律アイオーンーー》


言い放った。


――ズゥン……。


重圧が、結乃を中心に広がる。


髪は完全に赤く染まり、

揺れることなく、力の奔流に逆らって靡く。


悠斗は、息をするのを忘れていた。


――久我家の守護魔法。


それは単なる防御ではない。


「絶対の守護」

何人たりとも、彼女を害することはできない。


まるで、

見えざる守り神そのものが、

結乃の周囲に降り立ったかのようだった。


『――セクステット・ブレイク

 シヴァ・アイスバースト!』


次の瞬間。


世界が、

砕ける前触れの音を立てた。


六つの術式陣から放たれるそれは、

本来、人外の存在のみが扱うとされる――最強位階の術理。


歴史に刻まれ、

伝説として語られるべき偉業。


その再現が、

今この場で――結乃の手によって為されていた。


きぃぃぃん――。


澄み切った術理核の回転する高音が、洞窟全体に満ちる。

音というより、温度が奪われる感覚だった。


壁も、床も、天井も。

一斉に白く染まり、空間そのものが凍結する。


そこから。


きらきらと舞い上がる氷晶が集束し、

五本の氷の槍を形作った。


一本一本が、人の体を遥かに超える巨刃。

刃の内部では、凍死そのものが圧縮されている。


あれに触れたものは、

刺さる前に――終わる。


結乃は、その死の槍を獣へ向けて静かに構えた。


「……デプロイ」


声は低く、短い。


次の瞬間。


氷の槍が、放射状に解き放たれた。


音は、遅れて来た。


――バァンッ!!


衝撃波が空間を殴り、

洞窟全体が震え上がる。


音速を越えた一撃。

槍は“飛ぶ”のではない。

そこに、既に“到達”している。


獣の巨体に、

同時に、深く――突き刺さった。


「ぎゃああああああああ――ッ!!」


この世のものとは思えぬ絶叫。


だが、叫びは途中で途切れた。


瞬間。


獣は、完全に凍り付いた。


動きも、熱も、命も。

すべてが、静止する。


――ドン……ッ!!


遅れて発生したソニックブームが、

洞窟の中を暴力的に駆け巡る。


凍結した肉体は、その衝撃に耐えられない。


パキ、パキ……


ひび割れ。


次の刹那。


――ガシャァンッ!!


獣の体は、粉雪のように砕け散った。


一瞬。

本当に、一瞬の決着だった。


「……ふう」


結乃は、静かに息を吐く。


白い吐息が、ゆっくりと宙に溶ける。

まるで、魂を外へ逃がすかのように。


何事もなかったような素振り。

だが、その手は――白い。


術理の反動が、はっきりと残っている。


「結乃……大丈夫なのか?」


悠斗が、恐る恐る声をかける。


「ええ。大丈夫です、先生」


結乃は微笑むが、その声はわずかに硬い。


「……少し、制御が甘かったみたいですね。

 まだ、術理の反動を完全には無効化できていませんでした」


「……そうか」


悠斗は、言葉を探し、

最後に、正直な感想を口にした。


「……すごいな。結乃は」


それは、称賛であり、

畏怖だった。



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