――第12話 潜入捜査――
2026年2月14日 土曜日 20:00
上賀市 聖嶺高等学校 校門前
夜の校門は、異様なほど静まり返っていた。
街灯の白い光がアスファルトを照らし、風に揺れる木々の葉音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……本当に、聖嶺高校にアルカナ・リミナがあるんですか?」
腕を組み、不満を隠そうともしない声。
結乃だった。
その視線の先に立つのは、二メートル近い巨躯の男――カシウス。
彼の存在そのものが、校門よりもなお圧迫感を放っている。
「先生の話を聞いても、まだ信じきれません」
結乃は校舎の奥を睨みつける。
「この学校に、術式の気配なんて……何も感じない。
アルカナ・リミナがあるなんて、正直、信じられません」
苛立ちを抑えきれず、結乃は頭を抱えた。
「一年も通っていて、何も気づかなかったなんて……
……不覚です。こんなの」
「まあまあ」
間に入るように、悠斗が苦笑気味に言った。
「それは今から確かめるんだからさ。
それに――」
悠斗は周囲を見回し、声を少し落とす。
「この時間帯の潜入許可も、市長のほうから直談判してもらってる。
警備記録も、巡回も、今日は全部“なかったこと”になってるよ」
「占拠、って言ってたかしら。カシウス?」
結乃はゆっくりと振り返り、冷え切った声で問いかける。
その声には、明確な棘があった。
彼女は忘れていない。
悠斗から聞いた、あの話を。
――この男に、悠斗が殺されかけたことを。
許していない。
だからこそ、その感情は、隠そうともせず態度に滲み出る。
「……そうだ。占拠されている」
カシウスは短く答えた。
「でも」
結乃は校門を一瞥する。
「どう見ても、そんな雰囲気じゃないんですけど」
門は閉じられているが、壊された形跡もない。
結界の光も、術式陣も、視認できる異常は何一つない。
「生徒も、教師も、何も気づかずに過ごしてる」
結乃は言葉を続ける。
「これで“占拠”って言われても、納得できません」
結乃は、校舎をにらみつけた。
確かに――夜。
しかも土曜日の、二十時。
人の気配など、あるはずがない。
灯りの落ちた校舎は、ただ静かに、闇の中に佇んでいるだけに見える。
風が吹けば、木々が擦れ合う音がする。
遠くで車の走り去る音が、かすかに聞こえる。
(……やっぱり、何も感じない)
「礼拝堂に行くぞ」
唐突に、カシウスが言った。
結乃の軽口も、不満も、疑念も、
すべて最初から存在しなかったかのように。
彼は校門を抜け、敷地の奥へと勝手に歩を進める。
その背中には、一切の迷いがない。
「……ちょっと」
思わず声が漏れた。
説明もなく、断定だけを投げつけられる。
その態度が、結乃の神経を逆撫でした。
(何様のつもりよ……)
※※※
悠斗は歩きながら
カシウスから事前に聞かされていた“潜入作戦”の説明を思い出す。
――あのときの声は、いつも以上に低く、慎重だった。
「まず、占拠した連中じゃが……正体は不明じゃ」
そう前置きしてから、カシウスは続けた。
「だがな、霊脈の流れはTIMMAが常に把握しておる。
ゆえに、“門”の所有権が書き換えられれば、即座に察知できる」
つまり、今回の異変は――
誤認でも、偶然でもない。
「それに、昨日から監視役と一切連絡が取れん」
その一言で、場の空気が変わった。
「内部で何が起きているか、まったく見当もついておらん。
ゆえに――危険な調査になる」
カシウスは一拍置き、はっきりと言った。
「だから、わしが出ることになった」
執行官であるカシウス自身が動く。
それが何を意味するのか、説明は不要だった。
「悠斗」
唐突に名を呼ばれ、悠斗は顔を上げた。
「貴様と、久我家の娘を連れてこい」
そして、低く釘を刺す。
「エウラは、絶対に連れてくるな。
――町が、死ぬぞ」
冗談めいた響きは、一切なかった。
「次に、門の場所じゃが」
話題は即座に切り替わる。
「聖嶺高等学校の地下にある」
その言葉に、悠斗は眉をひそめた。
「もともと、あの学校は“門”を守護するための施設じゃ。
戦争で本殿は焼失したが……」
カシウスは淡々と語る。
「礼拝堂は、今も残っておる。
あれほど強固な守護術理が刻まれた建造物は、そう多くはない」
ただの学校ではない。
最初から、そのために存在していた場所。
「今回の任務は、その礼拝堂の地下へ侵入することじゃ」
カシウスは肩をすくめた。
「調査、と言われておるが……
わしは潜入捜査が苦手での」
一瞬、口角が動いた――気がした。
だが、おそらく、笑ってはいない。
「普通に探索し、必要とあらば戦闘に入る。
調査役は、久我家の娘に任せる」
当然のように言われ、悠斗は反論しなかった。
「……なるほど」
悠斗は一度、考え込むように間を置いてから言った。
「結乃に伝えるのは分かりました。
ですが、僕が行く理由は?」
率直な疑問だった。
「正直、役に立つとは思えませんが」
その言葉に、カシウスは悠斗を指さした。
「まず一つ。
貴様が、リネア使いであることじゃ」
容赦はない。
「未熟で、今は役に立たん。
だが――連れていく価値はあると、わしは判断した」
そして、言葉を切る。
「それと……」
珍しく、カシウスが言い淀んだ。
「今回の事件、おそらく――
リネア使いが関わっておる」
「なっ……」
悠斗は息を呑んだ。
「礼拝堂の守護術理を突破し、
熟練の術理士である監視役を、連絡する前に無効化する」
カシウスは断じる。
「そんな真似、並の術理士では不可能じゃ」
さらに続ける。
「では、今回の“門”を欲しがるのは誰か。
そこから利益を得るのは誰か」
答えは、限られてくる。
「考えられるリネア使いは――、一人じゃろう」
静かに、だが確信をもって告げられた名。
「“アーサー・ヴェルレイン”」
空気が、凍りついた。
「――【木】のリネア使い、じゃ」




