――第11話 奪われたもの――
2026年2月13日金曜日 13:11
♪
悠斗のスマホが鳴った。
画面には、
《TIMMA日本支部調査委員会 伊藤委員長》
と表示されている。
昼食を終え、これからエウラに連れられて庭を散歩する――
いつもの日課の、直前だった。
(なんだろう)
「もしもし」
『お世話になってます。伊藤です。今、お時間ありますか?』
「はい。何かありましたか」
『ええ。黒涙の件と……それから、少々厄介な案件が』
声が、重い。
「わかりました。今から伺います」
それだけ告げて、電話を切った。
「悠斗ー。今からどっか行くの?」
すぐさま、エウラが聞いてくる。
「ああ。急ぎらしい。ちょっと行ってくるよ」
「じゃあ、私も行こっと」
即答だった。
(まあ、いいか)
悠斗はそう思い、エウラも連れていくことにした。
ふと視線を向けると、祈が何か言いたげな顔をしている。
――が、そのまま見なかったことにする。
※※※
2026年2月13日金曜日 14:20
銀沢市、TIMMA日本支部。
駐車場に車を止め、受付を済ませると、そのまま会議室へ通された。
案内役の女性に先導され、向かうのは一階。
扉の前で立ち止まり、ノックもそこそこにドアが開く。
中にいたのは――
伊藤と、カシウスだった。
(……でかい)
広いはずの会議室が、この巨体ひとつで妙に窮屈に感じられる。
「カシウスさん。この前はお会いできなかったので……お会いできて、うれしいです……」
社交辞令のつもりだった。
だが途中で、言葉が詰まる。
――この人に、肋骨を折られ、殺されかけた。
そんな事実が、脳裏をよぎったからだ。
「ふん」
カシウスは、それだけ言った。
場の空気を取り繕うように、伊藤が続ける。
「いやあ、よく来てくださいました。真神さん」
「それで? 黒涙の件で、何かわかったんですか?」
悠斗は前置きを捨て、いきなり本題に入った。
「ええっと……」
伊藤が一瞬言葉に詰まり、視線を横に流す。
「その件は、カシウスさんのほうからお願いします」
そう言って、巨体の男を見る。
「……」
カシウスは、低く鼻を鳴らした。
「悠斗、貴様。その前に、なぜそこの魔女に黒涙のことを聞かん」
そう言って、鋭くエウラを睨む。
「当の本人じゃろうが」
「それができたら苦労しませんよ」
悠斗は肩をすくめる。
「こいつ、何にも覚えてないみたいなんです」
「えへへ」
当人は、悪びれもせず笑った。
「資料を見せても、さっぱりでしてね。ただ……その資料自体も曖昧なものばかりです。
エウラの記憶と齟齬がある可能性もありますし、何かきっかけがあれば思い出すかもしれませんが」
「……」
カシウスは、しばし沈黙した。
やがて、はあと深く息を吐き、口を開く。
「では聞こう。貴様は、黒涙についてどこまで知っておる」
問われ、悠斗は一瞬考える。
「確か……理樹へと至る“門”があって、その門を開く鍵。
久我家が、ルーゼンヴァルト家――でしたっけ。
エウラのリネアが暴走した跡地で見つかった、と聞いています」
「そうじゃ」
カシウスは、短く肯定した。
「門の名は《アルカナ・リミナ》。だが、今は“門”でよい」
一拍置く。
「そこまで知っておるなら、話は早い」
そして、はっきりと言った。
「――その門は、日本にある」
「……!」
悠斗の表情が、強張る。
「もっと言えば――上賀市に、じゃ」
「え……?」
悠斗は、思わず声を漏らした。
――この、上賀市に?
「そこまで驚くことか?」
カシウスが低く言う。
「TIMMA日本支部が、この街に置かれている理由を考えてみろ」
(……なるほど)
腑に落ちかけて、だが、別の疑問が浮かぶ。
「……結乃は、それを知らないのか?」
「知らないと思いますよ」
答えたのは伊藤だった。
「黒涙の件は、久我家の皆様にも伏せていました。
知っているのは、日本支部では東条所長と私、それから調査委員会と執行官くらいです」
カシウスが続ける。
「黒涙は、使い方を誤れば何が起きるかわからん。
理樹へ至る道など、無いほうがよいのじゃがな」
低い声が、会議室に沈む。
「久我家は代々、“子を一人しかもうけられない”呪いの術式を自らに課しておる。
それを代償に、黒涙の守護術式の性能を引き上げている一族じゃ」
「……!」
悠斗は、思わず身を乗り出した。
「ちょっと待ってください。
子を……一人しか、もうけられない?」
「そうじゃ」
カシウスは、ためらいなく頷く。
「聞いておらんのか、あるいは後継者に伝えておらんのかは知らん。
だが、久我家の相続人が常に一人なのは偶然ではない。“必然”じゃ」
一拍。
「最後のルーゼンヴァルトが、久我家と名を変える際に選択した呪いだからな」
(相続人が一人しかいない理由は、そういうことか……)
胸の奥が重くなる。
(それにしても……結乃が背負わされているものは、あまりにも重い)
――いや。
そこで、悠斗は気づいた。
「……なぜ、その話を僕に?」
視線を上げる。
「久我家ですら知らない真実を、なぜ部外者で、管理者に過ぎない僕に話すんですか?」
当然の疑問だった。
悠斗に話すということは、いずれ結乃にも伝わる。
そのリスクを承知で、なぜ今――。
伊藤が、静かに口を開く。
「それはね……“厄介な事件”に関わるからだよ」
電話口で聞いた、その言葉。
「門――《アルカナ・リミナ》が、奪われました」
沈黙が、会議室に重く落ちた。
「――門が、奪われた?」
沈黙を破ったのは悠斗だった。
だが、その言葉の意味を、彼自身がまだ掴みきれていない。
門を奪う。
それは比喩なのか、それとも――物理的に“奪える”ものなのか。
想像しようとしても、うまく形にならない。
「はい。正確には、“占拠された”という表現が適切です」
占拠。
つまり、場所そのものが奪われた、ということか。
「……それで、その門は、具体的にどこにあるんですか?」
悠斗は、確認するように問い返した。
一瞬の間のあと、相手は答える。
「上賀市にある高校です。
――聖嶺高等学校」
「結乃さんと美沙さんが通われている学校です…」




