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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を、自己犠牲も問わず、救いたい  作者: れさ
第三章 信じる心と過去の罪

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――第10話 新興宗教――

2026年2月10日火曜日 19:21


「むかつく、むかつく! あの男!」


結乃は事務室の中をぐるぐると歩き回っていた。

苛立ちをそのまま足音に変えたような動きだ。


「なんで私が、依頼の代価としてあんな男と食事に行かなきゃいけないのよ。ちょっと顔がいいからって、どうせ“この女は自分のこと好きになる”って思ってる顔でしょ。ああ、むかつく」


ふう、と。

悠斗は頬杖をついたまま、気の抜けた声で言った。


「じゃあ、なんでOKしたのさ。断ればよかったじゃん」


「……」


言葉は返らない。

その代わり、「あんたはいつも私の誘いを断るくせに」とでも言いたげな視線が突き刺さる。


結乃は小さく息を吐き、歩みを止めた。


「佐橋に“違和感”を感じました」


悠斗は姿勢を変えずに聞き返す。


「違和感?」


「ええ。見透かされているというか……未来を見られているような、そんな感じです」


「根拠はあるの? ただの勘なら、ちょっとかわいそうだよ」


「勘です」


即答だった。


「でも、私の勘が彼を警戒しています」


さらに付け加える。


「ストーカーを捕まえると、やけに自信満々でした。何か策がある。そんなニュアンスでした」


「ふーん……」


悠斗は短く相槌を打つ。


「術理士じゃないの?」


「おそらくは。私の通っている学校に術理士はいません。入学して、真っ先に確認しましたから」


「なるほど」


悠斗は小さく頷く。


「でも、何事にも例外はあるものだよ」


「ええ。わかっています」


結乃は一拍置いて、続けた。


「私は、あの学校の生徒の誰かが犯人だと考えています」


悠斗は何も言わず、先を促す。


「美沙先輩の周囲には、学校以外での接点がありません。術理をかけるなら、学校の中しかありえない」


「でも、術理士はいないんでしょ?」


「はい。でも、術理士の“手下”ならありえます」


結乃の声がわずかに低くなる。


「ネザーヴェイルのように、構成員に術理士ではない人間が混じっている組織もあります。……私がお渡しした転移の宝石、覚えていますか」


「ああ」


悠斗はポケットから、青い宝石を取り出した。

藍から逃げるために結乃から渡されたものだ。

今はエネルギーを使い切り、ただの石になっている。


「その宝石のように、術式が刻まれた道具を使えば、私に感知されずに術をかけることができます」


それができる人物は――

結乃は、言葉を濁した。


「残念ながら、まだわかりません。ただ……」


少し言いにくそうに、視線を逸らす。


「あの生き好かない優男、佐橋から、さっきメールが来ました。美沙さんのここ数か月の行動範囲と交友関係を、すべて洗っているそうです」


悔しそうに、息を吐く。


「……ちゃんと仕事は、しているみたいですね」


「そうか」


悠斗はそれだけ答えた。


「それでさ、僕もいくつか調べてみたんだけど」


結乃は悠斗を見る。


「斎藤市長のことだよ。地方創生のために身を粉にして働いている。

京東大学経済学部経営法学科卒、元・財務官僚。地元に戻って市長になったエリートだ」


少し肩をすくめる。


「正直、なんでこんな地方都市――銀沢市に戻ってきたのかは、いまだによくわからないけどね」


それで、と悠斗は続けた。


「最近、市長は宗教関係の改革に乗り出している」


「宗教?」


結乃が眉をひそめる。


「《天啓和合会てんけいわごうかい》っていう、1930年代にできた新興宗教だ。

教祖はトマ・ジラール。フランスの農村出身らしい。

“神は代々、人に宿るもの”という教えで、教祖本人に神が宿っている……らしい」


「ふん。うさんくさいですね」


結乃は鼻で笑った。


「だよね。でも最近、銀沢市で爆発的に信者が増えている。

去年から、数千人単位で」


「それは……すごいですね」


「企業、政治家、いろんなところにその宗教から金が流れているらしい。

斎藤市長はそれに猛反発して、宗教分離の原則を盾に、関係を強制的に切っている」


「……強引ですね」


「相当だよ」


少し間を置いて、悠斗は言った。


「だから、市長を恨んでいる連中の仕業、って線も考えられる」


「なるほど」


結乃は頷く。


「ですが、私の見立てでは、美沙先輩に術理をかけるなら、学校の中か通学路しかありません。

しかも、上賀市――私のテリトリーで、関知されずに、です」


「一流ってことだね」


「ちょ、ちょっと……」


照れつつも、結乃は続ける。


「学校に、その宗教団体とつながりのある生徒がいても不思議ではありません」


「可能性の一つ、ってところかな」


悠斗は頷いた。


「正直、この線で本格的に追うかは迷う。でも……」


「いいと思います」


結乃は即答した。


「今は情報が少なすぎます。調べていくうちに別の可能性が見えたら、その時に軌道修正すればいい」


「だね」


悠斗は微笑む。


「一つずつ、可能性を潰す。基本だ」


「今の先生、ちょっと弁護士っぽいですよ」


結乃は、デスクに積まれた資料を指さした。


「これ、どこから集めたんですか?」


「市長に頼んで、市政だよりと内部資料を少し借りた。

本当は外に出しちゃいけないものだけど……恨みを持つ人間を調べるには必要でね。オフレコで」


「へえ……」


結乃は目を細める。


「先生も、案外ワルですね」


「まあね」


悠斗は軽く流す。


「それより、結乃。エウラは?」


いつもなら、ソファで静かに本を読んでいるはずだ。


「祈と一緒に、ご飯を作っているそうです」


「料理?」


「ドイツ料理に興味があるとか」


「ああ……」


悠斗は納得したように頷く。


「昔、調理師もやってたって言ってたな。料理人の血が騒いだか」


「……」


結乃はじっと睨む。


「私だって、料理くらいできます」


「ええ……」


悠斗は少し間を置いてから言った。


「祈さんの十分の一くらいの実力になってから言ってくれ」


「……っ」


結乃はぷいっと目を逸らした。


部屋の奥から、いい匂いが漂ってくる。

どうやら、もうすぐ夕食の時間らしい。


(《天啓和合会》か)

悠斗は、胸の奥に小さな引っかかりを覚えながら、その名を心の中で繰り返した。


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