――第7話 恋文――
「一つ、いいですか」
悠斗が静かに切り出した。
「……ラブレターの件についてです」
美沙は一瞬、言葉に詰まったような表情を浮かべる。
「言いにくければ、無理に答えなくても構いません」
そう前置きしてから、悠斗は自分の胸元を軽く指さした。
「ただ、安心してほしい。
僕は一応、弁護士です」
バッジが小さく光る。
「顧客のプライバシーには十分配慮しますし、
世の中は離婚や婚姻の揉め事で溢れています」
「人が人を好きになる気持ちを、
僕は馬鹿にしません」
思春期の少女に向けて、
できる限り角の立たない言葉を選んだ。
「そのラブレターの相手は、どなたですか?」
関係があるかもしれない。
悠斗は、そう直感していた。
「えっと……その……」
美沙は視線を泳がせ、言葉を探す。
「……お父さん、お茶を取ってこようかな……」
気まずそうに、宗利が席を立とうとする。
「いいの、お父さん。
いていいの」
「……大丈夫か?」
心配そうに問いかける宗利に、
美沙は小さくうなずいた。
「うん」
そして、意を決したように口を開く。
「……私の、好きな相手は
佐橋裕也くんです」
「結乃。分かるか?」
悠斗が尋ねる。
「ええっと……」
結乃は少し考えてから答えた。
「聖嶺高校三年生。
生徒会長で、成績は常にトップ。
バスケ部のエース」
「それに、探偵事務所でアルバイトをしているって聞いてるわ」
「佐橋くんの家業が、探偵事務所なんです」
美沙が補足する。
「なので、アルバイトというより……
家業の手伝い、みたいな感じです」
そう話す美沙の表情は、
さっきまでとは違い、どこか楽しそうだった。
「背も高くて、イケメンで、
女子からの人気は圧倒的よ」
結乃が、容赦なく付け加える。
「……無理ね。高嶺の花よ。
諦めたほうがいいんじゃないかしら」
(おい、結乃)
悠斗が小声で突っ込む。
(だって無理でしょう。
こういうのは、今のうちに諦めさせたほうが身のためよ)
(言い方ってものがあるだろ……!)
悠斗が美沙をちらりと見やる。
「……いいんです」
美沙が、静かに言った。
「佐橋くんは……
遠くから眺めているだけでいいんです」
「かっこよくて、頭もよくて……
私なんかが、ラブレターを渡したところで、
振り向いてもくれないと思うんです」
そう言って、
美沙は小さく、はにかむように笑った。
エウラが、ぽつりと言った。
「……言いなさいよ。その気持ち」
「え……?」
美沙は、思わず聞き返す。
「あなたは、私のことを知らないから分からないかもしれないけど」
エウラは、淡々と続けた。
「私はね、相手が生きているうちに気持ちを伝えておかないと、
その相手がすぐ死んじゃう関係なのよ」
場の空気が、一瞬だけ張りつめる。
「だから――」
エウラは、きっぱりと言った。
「気持ちがあるなら、まっすぐ伝える。
今すぐ伝える」
「伝えるかどうかで悩むなんて、ばかばかしいわ」
「うんうん」
結乃が、大きくうなずく。
「……なんでこういうときだけ、意気投合するんだ」
悠斗は、半ば呆れたようにつぶやいた。
「……そうね」
美沙が、小さく息を吸う。
「そう、よね……
今しか、ないもんね」
「もう……今年で卒業だし」
はあっと、
結乃が頭をかきながら言った。
「じゃあさ。
私が、接点作ってあげますよ」
「……ええっ!?」
美沙は、思わず声を上げる。
「私に任せてください」
結乃は、胸を張る。
「しばらくは、先輩と一緒に行動します。
もしかしたら、例のストーカー野郎も
一緒にぶっ飛ばせるかもしれないし」
「ボディーガードみたいなものよ。
一石二鳥じゃない!」
自信満々な結乃に、
宗利の顔がぱっと明るくなる。
「本当ですか……!?
どうか、どうかお願いします!」
そう言って、
宗利は深々と頭を下げた。
「美沙を……
どうか、守ってやってください!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて、悠斗が立ち上がる。
「いえいえいえいえ!
頭を上げてください!」
「お約束できることばかりではありませんが、
全力で取り組ませていただきますから!」
その一連のやり取りを眺めながら、
エウラは小さく息を吐いた。
(……今回の事件)
視線を伏せ、心の中でつぶやく。
(あなたが絡んでいるのかしら……トマ)
静かな疑念だけが、
胸の奥に残った。




