――第6話 足音――
結乃の言葉で、場の空気がわずかに和らいだのを見て、
悠斗はゆっくりと口を開いた。
「美沙さん。
今日は、起きていることを教えてもらえれば、それで十分です」
声の調子は低く、穏やかだった。
「頭の中で整理できていなくても構いません。
順番も、気にしなくていい」
悠斗は、美沙から視線を逸らさずに続ける。
「思い出したことからで大丈夫です。
無理に信じさせようともしませんし、
おかしいと言うつもりもありません」
一拍置いて、静かに言った。
「――起きていることを、
そのまま話してください」
そう告げると、
悠斗はそれ以上何も言わず、
ただ待つ姿勢を取った。
「……はい」
美沙は小さくうなずき、語り始めた。
「最初におかしいと思ったのは……
今年に入って、冬休みが終わって、
学校が始まってから……2日くらい経った頃です」
「学校は何日からだ?」
悠斗が確認する。
「今年は1月6日からです、先生」
結乃が即答した。
(じゃあ……8日頃か)
悠斗は、頭の中で日付を整理する。
美沙は続けた。
「学校の帰り道の途中でした。
最初は、故障かなって思ったんです。
突然、スマホが使えなくなって……」
そこで、美沙は一度言葉を詰まらせた。
「気づいたら……
周りから、人がいなくなっていたんです」
(……人が、いなくなった?)
悠斗は眉をひそめる。
「それで……
後ろから、誰かがついてくる気配がして……」
美沙の声が、少し震える。
「怖くなって、走り出しました。
市長の娘ですし……
もしかしたら、誘拐されるかもしれないって……」
「しばらく走ると、
周りの人は、普通にいて……
スマホも、また使えるようになっていました」
一瞬、落ち着いたかのように聞こえる。
だが、美沙は首を振った。
「でも……」
涙をこらえるように、言葉を続ける。
「……音がしたんです」
「ぺたっ……ぺたっ……って」
「子どもが、裸足で歩くみたいな……
そんな足音が……」
(――ん?)
悠斗は、その表現を聞き逃さなかった。
(……その足音、どこかで聞いた)
脳裏に浮かぶのは、
藍と初めて遭遇した、あの夜。
背後から追いかけてきた、
正体の分からない足音。
結局、あれが何だったのかは、
分からないままだった。
(……関係、あるのか?)
考え込む悠斗をよそに、美沙は続ける。
「でも……周りに、そんな子はいないんです。
振り向いても、誰もいなくて……」
「それなのに、
ずっと……ついてくるんです!」
「ぺたっ、ぺたっ、って……!」
美沙の声は、ほとんど悲鳴に近い。
「後ろを見ても、誰もいないのに!
それでも、聞こえて……!」
「……怖いんです……」
涙が、ぽろりと畳に落ちた。
そして、美沙はさらに続ける。
「それから……一週間くらいしてからです……」
「その……
私が、ずっと隠していた……
ある、好きだった人への……ラブレターの……」
言いにくそうに、息を吸う。
「……その中身が、
写真で送られてきたんです」
「まだ、どこにも出していません。
机の引き出しに、しまったままで……
誰にも、相談していませんでした」
「それなのに……
どうして……」
声が、完全に震えきる。
「もう、怖くて……
部屋にも、あの足音の正体がいるんじゃないかとか……」
「何かが……
ずっと、私の後ろを追いかけてきているんじゃないかとか……」
「……夜も、眠れないんです……」
美沙は、俯いたまま泣いていた。
「……」
「……」
誰も、すぐには言葉を発しなかった。
沈黙の中で、
エウラだけが、美沙をじっと見つめている。
その視線に気づき、
悠斗は低い声で尋ねた。
「……エウラ?
何か、気づいたことがあるのか?」
「いいえ」
エウラは短く答える。
「まだ、確定じゃないわ。
でも……心当たりがないとは、言わない」
一拍置いて、
低い声で続けた。
「もし、私の推測が正しければ……」
その先を、言い切らずに。
「……最悪ね」
部屋の空気が、
さらに一段、重く沈んだ。




