――第3話 TIMMA日本支部――
2026年2月8日 日曜日 10:10
悠斗は車を走らせていた。
同乗者は結乃、祈、そしてエウラ。
目的地は、上賀市の隣に位置する銀沢市だ。
銀沢市は、上賀市よりもさらに山側に位置する、人口六万人ほどの小さな市である。
久我家の屋敷からは車でおよそ四十分。
標高百五十メートルほどの山中に、その建物はあった。
――TIMMA日本支部。
結乃は、どうやらここには何度も訪れたことがあるらしい。
フロントガラス越しに、敷地全体がゆっくりと視界に入ってくる。
まず目に飛び込んできたのは、正面奥に構える大きな建物だった。
縦に伸びた箱型の構造で、五階建てほどはありそうだ。
装飾の少ない外観は、どこか役所や研究施設を思わせる。
その手前から右手側にかけて、もう一棟、横に広い建物が見える。
本館より背は低いが、面積は広く、四階ほどの高さだろうか。
ガラス窓が多く、内部は明るそうな印象を受けた。
さらに敷地の奥、木立に半分隠れるようにして、
もう一つ、小ぶりな建物が建っている。
こちらは三階建て程度で、他の棟に比べて窓は少ない。
三つの建物はいずれも無駄のない直線的な造りで、
外観の色味や質感も統一されている。
施設全体として、ひとつのまとまりを感じさせた。
車が進むにつれて、舗装された敷地内道路と、
きちんと区画された駐車場が見えてくる。
研究施設や官庁の関連施設でよく見る、落ち着いた配置だ。
敷地の入口付近には、小さな警備詰所があり、
出入りする車を静かに見守っている。
悠斗はハンドルを握ったまま、視線を左右に走らせた。
(……思ったより、ちゃんとした施設だな)
派手さはない。
だが、雑然としたところもなく、
人が日常的に働く場所として、よく整えられている。
車はそのまま、
本館正面の来客用駐車スペースへと向かっていった。
「ここは、表向きには何の施設なんだ?」
悠斗はハンドルを握ったまま、助手席の結乃に尋ねた。
「国営の研究所、って名目らしいです」
結乃は前方を見たまま、あっさり答える。
「公の資料を読んでも、研究内容は“国家機密”扱いで、ほとんど非公開みたいですね。
なので一般の人から見れば、何をやっているのか分からない研究施設、って認識しかありません」
「へえ……」
悠斗は短く相づちを打った。
「なるほどね。
こんな施設が銀沢市にあったなんて、不思議な気分だよ」
仕事で何度も通ってきた街だ。
そのすぐそばに、術理士たちの拠点が存在していただなんて――
今まで自分が生きてきた世界とは、まるで別の層が重なっていたのだと、否応なく実感させられる。
「……ま、TIMMAなんて、税金の無駄遣いよ」
後部座席から、ぶっきらぼうな声が飛んできた。
エウラだ。
腕を組み、施設の建物を睨むように見つめている。
「本来は、理樹の研究のために設立された組織だったのに」
一拍置いて、吐き捨てるように続ける。
「いつの間にか、術理を他人に知られないように隠蔽したり、
裏工作をする組織に成り下がっちゃったんだから」
その口調は低く、静かだった。
「……ヴォルクハルトは、何をしているのかしら」
不満をにじませるエウラ。
見た目は少女でしかないのに、
こういう話題になると、途端に年齢不詳の重みを帯びる。
今日、エウラを屋敷から連れ出すことができたのは、
彼女に刻まれた術式のおかげだった。
結乃に頼み、
エウラの心臓に「停止条件付き」の術式を施してもらっている。
心臓が停止した瞬間、
強制的に久我家の屋敷へ転移する――
そういう術だ。
これによって、
万が一エウラのリネアが発動しても、
発動場所は必ず屋敷の中になる。
街中で暴走することを防ぐための、
苦肉の策だった。
だが――
エウラ自身は、この術式がどうにも気に入らないらしい。
昨日から、明らかに機嫌が悪い。
(……まあ、そりゃそうだよな)
悠斗は、内心で小さくため息をついた。
「はいはい、エウラ様。こちらをどうぞ」
間髪入れず、隣に座っている祈が、
一本のチュッパチャップスを差し出した。
「わーい♪」
さっきまでの険しい表情はどこへやら。
エウラは無邪気にそれを受け取り、満足そうに頬を緩める。
(……切り替え早いな)
悠斗は内心で苦笑した。
同時に、
こういう扱いにすっかり慣れている祈の手際に、
素直に感心してしまうのだった。
※※※
四人は車を降り、正面入口から施設の中へと入った。
中に入ると、まず通されたのは受付前の検査スペースだった。
手荷物検査に加え、金属探知機によるチェック。
まるで領事館か、重要施設に入るときのような厳重さだ。
受付でカシウスの推薦状を提示した瞬間、
職員の表情がわずかに変わる。
「……少々お待ちください」
そう言って、受付の女性は外線でどこかに連絡を入れた。
数分後――。
廊下の奥から、ばたばたと足音が近づいてくる。
現れたのは、
ぼさぼさの髪に、しわだらけの白衣。
その下には、だぼだぼの作業着を着込んだ、四十代ほどの男だった。
無精ひげもそのままで、とても“所長”には見えない。
「やあやあやあ! よく来てくれました!」
男は満面の笑みで、ずいっと距離を詰めてくる。
「あなたが、カシウスさんがおっしゃっていた真神さんですね。
僕はここの所長を務めております、東條幸盛と申します。
どうぞ、よろしくお願いします!」
そう言って、無遠慮に手を差し出してきた。
悠斗は一瞬面食らいながらも、すぐに笑顔を作り、その手を握り返す。
「よろしくお願いします、東條さん。真神悠斗です。
僕もカシウスさんから、あなたのことは伺っています。
これから何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
「いえいえ! こちらこそ!」
東條は大げさに手を振ると、くるりと踵を返した。
「さあさあ、立ち話もなんですし。
客間がありますから、そちらでゆっくりお話ししましょう」
そう言って、先頭に立って歩き出す。
四人を案内するその背中は、
厳重な施設の雰囲気とは妙にちぐはぐで、
しかしどこか安心感のあるものだった。




