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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を、自己犠牲も問わず、救いたい  作者: れさ
第2章 最古の魔女と呼ばれし者

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――第27話 夜の会議――


エウラの小屋へ戻ってきたとき、

悠斗は、自分たちが想像以上に遠くまで移動していたことに気づいた。


森の奥深く。

夜の気配は濃く、空気は張りつめている。


その背後から、ざくざくと雪を踏みしめる音がした。


振り返ると――

そこには、“首のない体”があった。


エウラの体だ。


雪を踏みながら、まるで散歩でもしているかのように、こちらへ歩いてくる。

両腕をばたばたと振り、抗議するような仕草までしていた。


「ちょっと! 早く首を返しなさいよ、カシウス!

はーやーく!」


その声は――


カシウスの右腕に握られている“首”から、発せられていた。


「やかましいのう……」


カシウスは、あきれ果てたように吐き捨てる。


「いつになったら静かになるんじゃ、この魔女は」


その口調は、しかしどこか慣れている。

罵倒のはずなのに、

そこには長年連れ添った者同士のような、奇妙な距離感があった。


(……な、なんなんだ、この状況)


首を持った、傷だらけの大男。

その隣を歩く、満身創痍の悠斗。

後ろからついてくる、首のない少女の体。


冷静に考えれば、

悪夢か、ホラー映画のワンシーンだ。


だが――


誰も、それを異常だとは言わない。

それが、今の“現実”だった。


※※※


やがて小屋へ戻り、

かつて焚き火があった場所にたどり着くと、

カシウスは伐採された丸太を椅子代わりにし、どしりと腰を下ろした。


「それで、小僧」


低い声。

鋭い視線が、悠斗を射抜く。


「貴様は何者じゃ。リネア使いか?」


「冠する座は、あるのか?」


一瞬、悠斗は言葉に詰まった。

だが、深く一度だけ息を吸い、答える。


「……一応、藍には言われました。この力はリネアのものだと」


そう言って、

右肩から――イバラを生じさせる。


「でも、冠する座はありません」


「確か……藍は“虚飾”と、そう呼んでいた気がします」


「ふむ……」


カシウスは、顎に手を当てて考え込んだ。


「質問してもいいですか?」


悠斗は手を挙げたまま、続ける。


「あなたは、カシウス・グラーヴェンさん……ですよね?」


「TIMMA所属の、執行官」


自分でも意外なほど、声は落ち着いていた。


「……貴様、何者じゃ」


カシウスの視線が、さらに鋭くなる。


「TIMMAの者か?」


「いえ」


悠斗は首を振る。


「知り合いが所属しているだけです。資料で名前を見ただけですよ」


執行官。

それは、TIMMAにおける鎮圧部隊。

選ばれたエリート術理士だけで構成される集団だ。

カシウス・グラーヴェンという名は、

久我家に残された資料の中でも、何度も目にしていた。


「それで……」


悠斗は、先ほどから引っかかっていた言葉を口にする。


「僕の魂が“空”だというのは?」


「そのままの意味じゃ」


カシウスは、淡々と言った。


「貴様には、魂がない」


「魂とは、人の情報を保存する“記録媒体”のようなものじゃ」


「今の貴様は――抜け殻、というわけだ」


思ったほど、悠斗は動揺しなかった。


(……やっぱり、か)


おそらく、魂の連携(リンク)のせいだ。


藍に殺されかけた、あの夜。

結乃との魂の連携(リンク)によって、

久我家の秘術は発動した。


その結果――


悠斗の魂は“杭”となり、

二度と人として生きることはできなくなる。


……そのはずだった。


――魂の連携(リンク)


屋敷での生活の中、

正義の書斎で目にした一冊の本が、脳裏に浮かぶ。


久我家に代々伝わる論文をまとめた書。


そこに記されていたのは、

強化の術理核を代償に、久我家の術理核をさらに強化していく方法だった。


非人道的。

だが、それでも――

“黒涙”を守るために、代々受け継がれてきた秘術。


結乃には、できないだろう。


悠斗は、確信していた。


だから――


結乃には内緒で、魂の連携(リンク)の術理だけを習得することに、全力を注いだ。


自分を捧げるには、

これ以上ない、都合のいい機会だと思ったからだ。


だが。


悠斗は、生き残ってしまった。


(……怒ってるだろうな)


結乃の顔が浮かぶ。

心配よりも先に、

きっと叱責が飛んでくる。

その想像が、胸の奥を重くする。


憂鬱だった。

――生きていることが。


「……抜け殻の状態でも、こんなふうに意思疎通ってできるものなんですか?」


悠斗は、何気ない調子でカシウスに問う。


「無理じゃ」


即答だった。


「ですよね」


悠斗は苦笑しながら顎に手を当てる。


魂の連携(リンク)のせいかなとは思ってるんですけど」


魂の連携(リンク)、じゃと?」


カシウスの声色が、わずかに変わった。


「ええ」


「……久我家の秘術か」


カシウスは、何かを腑に落としたように頷く。


「そうか、そうか……」


「貴様の魂は、なにかのイレギュラーで、

久我家の後継者の魂と一体化しておるのじゃろうな」


顎に触れながら、淡々と続ける。


「さしずめ、今の貴様は使い魔みたいなものじゃ」


「術者が死ねば、貴様も死ぬ。一心同体というやつじゃな」


悠斗は息を呑むが、続きを待つ。


「術者からエネルギー供給があれば、その傷も治るはずじゃ」


そう言って、カシウスは悠斗の胸元に視線を落とす。


――じゅくり。


裂けていたはずの肉が、

確かに、ゆっくりと塞がっていくのが分かった。


「……ってことは」


悠斗は眉をひそめる。


「これ、術者――結乃にも伝わるんですかね」


勝手にエネルギーを使っていることに、今さらながら罪悪感が湧く。


「分かるじゃろうな」


カシウスは即答する。


「心得のある術理士であれば、エネルギーを消費された時点で察する」


さらに、追い打ちのように。


「居場所の特定も、時間の問題じゃ」


――マジか。


悠斗の脳裏に、結乃の顔が浮かぶ。


(あいつ……絶対、すぐ飛んでくる)


言い訳を、考えておこう。


「……術者は、リネアの影響を受けるんですか?」


ふと気になって、悠斗は尋ねた。


結乃がここへ来るということは、

エウラのリネアの影響圏内に踏み込む、ということになる。


――それは、まずい。


「貴様には、リネアがあるじゃろ」


カシウスは当然のように言った。


「……?」


一瞬、意味が分からず、悠斗は眉をひそめる。


「貴様のリネアは」


カシウスは淡々と続ける。


「自己の結果を未来へ送ることと、

他人の結果を引き受けることだったな」


その言葉に、悠斗の思考が一気に加速する。


「エウラのリネアの影響を受ける“他人の結果”を」


「すべて、貴様が引き受ければよい」


静かな一言だった。

だが、その意味は重い。


「つまり――」


悠斗は、言葉を選びながら整理する。


「僕には魂がない。だからリネアの影響を受けない」


「なら、他人が受けるはずの“結果”を、全部僕が引き受ければいい」


「そういうことですね」


「ほう」


カシウスは、わずかに感心したように声を漏らす。


「貴様、飲み込みが早いな」


「その通りじゃ」


なるほど。


そうすれば――

エウラのリネアの“効果”そのものを、無効化できる。


だが。


(……簡単じゃない)


常時発動させる必要がある。

しかも、複数人を対象にするとなると、負荷は跳ね上がる。


(せいぜい……二人が限界か)


悠斗は、現実的に判断する。

町中に、エウラを連れて行くのは――

今の自分では、無理だ。


「じゃあじゃあ、悠斗がいれば――

私はどこに行ってもいいの?」


……絶対、言うと思った。


カシウスから返してもらった首を膝の上に乗せ、

自分の頭を撫でながら、エウラは無邪気に言う。


悠斗は、思わずため息をついた。


「エウラ。無理だ」


「俺の力じゃ、守れるのはせいぜい二人までだ」


「何万も人がいる町中に、君を連れて行くのは無理」


一拍置いて、付け加える。


「それと、いい加減首を元の位置に戻せ」


「デュラハン状態は心臓に悪い」


しゅん、とエウラが肩を落とす。


「えー……これ、結構楽しいのよ?」


「首の断面がグロい」


「目に悪いから、どうにかしてくれ」


「はーい」


素直に返事をして、

エウラは首を元の位置に戻した。


何事もなかったかのように。


「とにかく」


悠斗は気を取り直して言う。


「少人数なら、エウラのリネアから守れる」


「それが分かっただけでも、大成果だ」


夜のミーティングは、

そのまま滞りなく進んでいった。


ぱきっ――

焚き火の中で、

薪が折れる乾いた音が響く。



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