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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を、自己犠牲も問わず、救いたい  作者: れさ
第二章 最古の魔女と呼ばれし者

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――第26話 休戦協定――


そのとき――。


「ねえねえ。話は終わった?」


あまりにも場違いな、気の抜けた声が響いた。

戦場には、黒い瘴気の渦。

血と鉄の匂い。

砕け散った肉と骨の残骸。

そして、二人の男しかいない。


状況は地獄そのものだった。

冗談めいた声など、存在する余地はない。

だからこそ――

その声は、決定的に異常だった。


悠斗は反射的に周囲を見渡す。

首が痛む。

胸が焼けるように痛い。

だが、それどころではなかった。


視界を巡らせる。

木々の影にも。

瓦礫の向こうにも。

人の気配は、どこにもない。


(……じゃあ、今の声は)


耳鳴りか。

幻聴か。

それとも、精神がとうとう壊れ始めたのか。


そう考えた、その瞬間。


視界の端で、カシウスの手が動いた。

大男――カシウスが、何かを掴んでいる。


それは、つい先ほどまで

エウラであったものの“首”。


血に濡れ、

ひび割れ、

半ば割れかけた――エウラの頭部。


右手に何かを持っていることには気づいていた。

だが、それが“首”だとは、考えもしなかった。


その“それ”の口が、ゆっくりと開く。


「ねえ、カシウス。今日はここまでにしない?」


乾いているのに、妙に軽い声。

いつもと変わらない、気怠げな調子。


ありえない。


声は――

首だけになったエウラから、発せられていた。


悠斗は息を飲むことすらできなかった。

呼吸という行為そのものを、忘れかける。


首だけの少女が、

まるで昼下がりのお茶会でもしているかのようなテンションで、会話をしている。


理解しようとするほど、

脳が拒絶反応を起こす。


視界が、揺れた。


「私のリネアが効かない理由、私も、もっと詳しく知りたいわ」


まぶたは重く。

瞳には生気がない。

それでも、そこには確かに“意志”があった。


喉もない。

肺もない。

声帯も存在しない。


それなのに。

声は、確かに空気を震わせている。

実体のある“音”として、耳に届いている。


(……どうなって……)


理解を放棄しかけた悠斗の脳裏に、

一つの答えだけが、否応なく浮かび上がる。


――これが、魔女。

背筋を、別種の寒気が貫いた。


一方で、カシウスは深く息を吐いた。

それは溜息にも似ていたが、

失望とも、興奮ともつかない、奇妙な感情が混ざっている。


「……興が削がれたわい」


冷淡さと、わずかな苛立ちが滲んだ声。

だが、カシウスの視線は――悠斗から一瞬たりとも離れていなかった。


あれほどの惨劇を引き起こした張本人が、

エウラの声にも、その態度にも、微塵も動じていない。


この男にとって、この光景は異常でも衝撃でもない。

ただの些事。

作業の途中で起きた、小さな想定外にすぎない。


「だが、この小僧がなぜ、全くリネアを受け付けぬのか」


「なぜ、魂が空なのか、それには、確かに興味がある」


悠斗は息を呑む。


「じゃあ、一旦停戦ってことよね?」


エウラの首が、

姿勢だけはまるで肩をすくめるように、わずかに動いた。


表情は変わらない。

それなのに、なぜか――満足しているように見える。


「そう取ってもらって構わん」


カシウスが、緩慢に剣を下げる。

刃先から、血が一滴――ぽたり、と落ちた。

その音は、戦場の静寂の中で、異様なほど大きく響いた。


エウラは、頷いた。

首だけなのに。

確かに、しっかりと。

まるで、何事もなかったかのような自然さで。


「ほら、悠斗。戦いは終わりよ」


あまりにも、いつもどおりの調子だった。


悠斗は、また、息を飲む。


――首だけになっても、エウラはエウラだった。


その事実が、

悠斗の中の“常識”というものを、静かに、しかし確実に崩していく。


事前に、「死なない」とは聞かされていた。

だがそれは、比喩か、誇張か、

あるいは魔女としての強靭さを示す言葉だと思っていた。


まさか――

この形で“死なない”を見せつけられるとは、思っていなかった。


悠斗は、荒く息を吐く。


肺が焼ける。

喉に血の味が残っている。

吐き出した胃液の酸味が、まだ消えない。

心臓は落ち着くどころか、

むしろ、さらに速く、強く打ち続けている。


それでも――

エウラの声を聞いて、

悠斗は理解せざるを得なかった。


エウラは、まだ、生きているのだと。


(……エウラ……)


その名を、

胸の奥で、静かに呼ぶ。


あの残酷な殺害の光景。


飛び散った血。

砕けた骨。

断面から噴き出した、黒い瘴気。


そして――

ぐしゃりと、何度も突き刺された胴体。


それらすべてが、今も脳裏でフラッシュバックする。


なのに、彼女は話している。

この狂気の只中で、

何一つ変わらない、いつもの口調で。


(……本当に、魔女なんだな……)


悠斗は震える手で胸を押さえた。

息を整えようとする。

だが、うまくいかない。


混乱。

恐怖。

怒り。

安堵。

困惑。

相反する感情が同時に押し寄せ、

胸の奥で、激しくぶつかり合っている。


それでも――

少しずつ、少しずつ。

理解が、追いついてくる。


――戦いは、終わった。


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