――第24話 罪と罰――
ざす。
ぶしゅ。
ぐちゅ。
暗闇に沈みかけた意識の底で、
肉屋が解体作業をしているかのような音だけが、やけに鮮明に響いていた。
悠斗の目は、開いている。
閉じることを、許されていなかった。
その瞳は、否応なく現実を映し出す。
逃げ場のない事実を、叩きつける。
カシウスの全身は血に濡れていた。
エウラの首を失った身体――その心臓の位置へ、
彼はまるで作業をこなすかのように、何度も、何度も剣を突き立てる。
突き刺すたび、
肉を裂く音とともに、心臓部から黒い瘴気が噴き出し、
森一帯を覆い尽くしていく。
ざす。
ぶしゅ。
ぐちゅ。
何度も。
ただ、それだけを繰り返す。
そこに「殺し」はなかった。
激情も、憎悪もない。
あるのは、ただ退屈な作業を淡々とこなす手つきだけ。
カシウスの目は、何も映していなかった。
――悠斗は、その光景に自分を重ねていた。
藍に身体を壊された、あの瞬間。
ハエの詰まった瓶を腹に突き刺され、
穴という穴から、歓喜の羽音とともに虫が溢れ出した記憶。
内臓を食い破られる感覚。
爪を剥がされる痛み。
死ぬということの、苦しみ。
――今、エウラも同じ痛みを味わっているのだろうか。
そう思った瞬間、
胸の奥が、ぎしりと音を立てて軋んだ。
自分は、代わってやれなかった。
いつだってそうだ。
他人を不幸にしていることにすら気づかず、
暴走し、踏みにじり、
どれほど多くの人間を傷つけてきたのか。
「殺してやる」
そう言われたことも、一度や二度ではない。
憎悪に満ちた視線を向けられ、
それを嘲笑っていた過去の自分。
人生の汚点。
否定しようのない、罪。
だから――“罰”なのだ、と。
藍の拷問も、
結乃の身代わりとして殺されかけたことも。
すべて、自分の行いの報いなのだと。
そう、納得していた。
――だが。
エウラは?
目の前で罰を受けている彼女は、何をした?
大量の人間を生きる屍に変えた、災厄の魔女。
確かに、それは事実だ。
けれどそれは、
耐えがたい孤独と必死に戦い続けた末の、結果だった。
幸せになりたい。
ただ、それだけを願った少女。
世界がそれを許さず、
手を伸ばすたび、叩き落とし、
結果として不幸しか残らなかった存在。
――自分とは、違う。
自分は幸せになろうと努力してきたわけじゃない。
能動的に、快楽的に、
人を不幸にしてきた。
因果応報だ。
ならば。
ならば、エウラは――幸せにならなければならない。
自分の幸せを捨ててもいい。
彼女の不幸を、少しでも和らげるべきだ。
こんなところで、立ち尽くしている場合じゃない。
今この瞬間も、カシウスは彼女の身体を破壊し続けている。
――藍のように。
許さない。
許さない。
俺が彼女を殺す。
俺が、彼女を救う。
脳裏に浮かぶエウラの笑顔は、まぶしかった。
悠斗には持ち得ない、まっすぐな笑顔。
守りたい。
その笑顔のために、何かをしたい。
そう、覚悟を決めたはずだ。
たとえそれが、
過去の罪を清算するための自己満足で、
彼女を利用しているだけだとしても。
――それでも。
彼女を守りたいと思う、この気持ちだけは、本物だ。
やる。
動く。
足は重く、思考も鈍い。
それでも、まだ動ける。
そう信じて。
悠斗は、ゆっくりと立ち上がった。




