――第15話 ぬくもり――
ルイスの家は、村の中央近くにある木造の家だった。
父のケリスと、
母のリッカが出迎え、
エウラの姿を見ると一瞬だけ目を見開いたが、
次の瞬間には、どこか安心させるような柔らかな笑顔を向けてくれた。
「つらかっただろう。
まずは座りなさい」
「行く場所がないなら、しばらくここにいなさい。
うちはあまり裕福じゃないけれどね」
家の中には、焼きたてのパンの香りと、
鍋で煮込まれる野菜の匂いが漂っている。
それは、
死体処理場では決して嗅ぐことのなかった匂いだった。
「エウラちゃん、パン食べる?」
ルイスが差し出したパンは、まだ温かかった。
両手で受け取ると、
その熱が指先から、ゆっくりと胸の奥へ伝わってくる。
一口、かじる。
その瞬間、
小さな震えが体を走った。
――もう、何年も食べ物を口にしていない。
自分は死ぬことがない。
だから監督官から、食事が支給されることはなかった。
眠る場所も与えられず、
死体を枕にし、
汚物を布団にして眠る毎日。
そんな日々と比べて――
今、差し出されたこの素朴なパンの味は、
あまりにも、あまりにも違っていた。
噛むたびに、
温かさと一緒に、
何かが胸の奥を強く叩く。
「……あったかい……」
ぽつりと、言葉が零れた。
それは誰に向けたものでもなく、
ただ、自分の中から勝手にこぼれ落ちた音だった。
「……なんで……
胸が……痛いの……?」
理由がわからない。
どこかを刺されたわけでも、
殴られたわけでもない。
なのに、
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
ぽたり。
ぽたり。
視界の端が滲んで、
温かいものが頬を伝って落ちていく。
――涙。
それが何なのか、
エウラは知らなかった。
悲しいわけでもない。
苦しいはずなのに、
嫌ではなかった。
涙を流すという行為そのものが、
彼女にとっては生まれて初めての経験だった。
ただ、
温かいパンを食べただけなのに。
胸が痛くて、
涙が止まらなかった。
「えっ!? どこか、痛いの?」
ルイスは慌てて身を乗り出し、
エウラの顔を間近で覗き込んだ。
その近さに、エウラは一瞬だけたじろぐ。
そして、ゆっくりと首を振った。
「ううん……
痛いんじゃ、なくて……」
言葉を探すように、
しばらく唇を噛みしめてから、
小さく続ける。
「……なんか……
よく、わからない……」
それは、
“生きている側の世界”に、初めて触れてしまった瞬間だった。
感じたことのない温度。
知らなかった匂い。
向けられる疑いのない視線。
拒まれないこと。
壊されないこと。
必要とされるかもしれない、という感覚。
泣くはずのなかった目から、
理由も分からないまま、
ぽたり、と涙がこぼれ落ちた。
エウラ自身ですら、
なぜ泣いているのか、
理解できていなかった。
ただひとつだけ確かなのは――
この涙が、
彼女が“人として”世界に触れてしまった証だった、ということだけだった。




