――第13話 崩壊の足音――
1523年。
隣国カリス帝国の侵攻により、
ベクトリア王国は、音を立てて崩れ落ちつつあった。
城壁は焼け落ち、
かつて王都と呼ばれた街は煤に覆われている。
冬の空を焦がす炎の色と、
地表に漂う蒸れた血の匂いが混じり合い、
まるで世界そのものが、
ゆっくりと腐敗していくかのようだった。
街には、もはや秩序はない。
あるのは破壊と逃走、
そして止まらない死だけだ。
雪は静かに降っていた。
だが、それは決して美しいものではない。
風に混じる灰が降り積もり、
白と灰色の境界は次第に曖昧になっていく。
遠くから、人々の叫び声が響いてくる。
助けを求める声。
絶望に喉を裂く声。
それらは折り重なり、
まるで、すでに死んだ者たちの呻き声のように
街全体に木霊していた。
この国は、
今まさに“終わり”へと沈みつつあった。
帝国兵の鉄靴が石畳を踏み砕き、
盾と盾が打ち合わされる鈍い音と、
焼け焦げる建物の軋みが重なって響く。
王国は、
あらゆる死と破壊の気配を抱えたまま、
ゆっくりと、しかし確実に深淵へ沈んでいった。
貴族たちは次々と殺された。
長い歴史の中で民を支配し続けてきた家々は、
その最期において、
何ひとつ抵抗することもできず、音もなく崩れ落ちていく。
王都に残っていた貴族のほとんどは処刑された。
逃げる機会も、
交渉の余地も与えられないまま。
逃げ延びようとした馬車は、
帝国兵の放った火によって炎に包まれ、
剣を手に立ち向かう者は、
ためらいなく斬り伏せられた。
泣き叫ぶ婦人も、
幼い子どもも、
区別はない。
彼らは皆、
通りを染め上げる
“ひとつの赤”として扱われた。
そんな世界の終わりの只中で――
エウラだけが、
どこにも属していない存在だった。
彼女は逃げなかった。
逃げる必要が、どこにもなかったからだ。
どうせ死ねない。
どうせ終わらない。
どこへ行こうと同じなら、
足を動かす意味もなかった。
彼女にとって、
世界が崩れ落ちる光景は、
死体処理場で毎日積み重ねていた死臭と、
何ひとつ変わらないものだった。
王国が滅びても、
人が死んでも、
建物が燃え落ちても、
エウラの世界は、
あの暗い穴倉の延長でしかなかった。
帝国兵たちは最初、
少女を“遊び半分”で殺した。
胸を刺され、
首を裂かれ、
背中を貫かれ、
槍が腹を割き、
槌が骨を砕く。
倒れるたび、
雪は赤く染まっていく。
普通の人間であれば、
どれか一つで命を失う。
だが、エウラは違った。
倒れても、
すぐに息を吹き返す。
血が流れ落ちても、
そこから新しい血が滲み出し、
裂けた皮膚はひとりでに縫い合わさり、
砕けた骨は、音を立てて元の位置へ戻る。
兵の剣は破壊をもたらす。
だが、エウラの身体は、
そのたびに“生”を取り戻した。
彼らは当初、
「おもしれぇ」と笑っていた。
――だが、
やがてその笑いは途切れ、
残ったのは、
冷え切った恐怖だけだった。
原因は、
少女の“行動”にあった。
エウラは反撃しない。
彼らに歯向かう素振りすら見せない。
ただ、
殺されても、
殺されても、
立ち上がる。
自分を殺した兵士の名も、
姿も、
一切気に留めることなく、
彼女は、
周囲に転がる死体へと、
淡々と歩み寄っていった。
悲鳴も、
怒号も、
剣戟の音も、
もはや彼女の耳には届いていない。
ただ、
そこに“処理されるべき死”がある。
それだけだった。
エウラは膝をつき、
冷えきった亡骸に手を伸ばす。
そして――
分解術理。
一人、また一人と、
死体は崩れ、
形を失い、
戦場から静かに消えていった。
「おい……あいつ、なんで死体のほうに行くんだ……?」
「……気味が悪い……!」
「なんだあれ……なんなんだ……!」
エウラは、何も言わなかった。
死体に触れることは、
彼女にとって日常だった。
死を扱うことは、
呼吸をするのと同じくらい自然な行為だった。
押し寄せる帝国軍が、
建物を壊し、
人を殺し、
街を燃やしても――
エウラの目には、
ただ
「死体が増えていく」
それだけの光景として映っていた。
世界が壊れようと、
自分は壊れない。
その冷たく、
空虚で、
どこまでも乾いた感覚が、
彼女の精神性の異常さを、
際立たせていた。




