――第11話 狼煙――
エウラと出会ってから、
いつの間にか2週間が経っていた。
洋舞林県の山奥らしい、
という情報以外、
確かなことは何もない。
地図は通じず、
通信も安定せず、
文明とのつながりは、ほとんど断たれている。
そんな場所にぽつんと建つ小屋の前で、
悠斗は焚き火を起こし、
平たい石を火床の端に据えていた。
そこに採ってきた山菜を並べ、
じっくりと焼いているところだ。
じゅう、と油がはじけ、
香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
エウラが「これ好き」と言っていた種類の山菜だった。
「……もうすぐ焼けるな。
戻ってきたら、喜ぶだろ」
小さくつぶやきながら、
火加減を調整する。
藍に負わされた傷の後遺症は、
ようやく落ち着いてきていた。
歩くたびに微かな痛みはあるものの、
日常動作に支障が出るほどではない。
むしろ今日は、体が妙に軽く、
気分も悪くなかった。
最近は、エウラの案内で山に入ることも増えている。
彼女はとにかく「死なない」ことを前提に、
経験を積みすぎていた。
その知識量は、
正直、異常としか言いようがない。
――「これは食べてもいいけど、
3日はお腹を壊すわよ。
慣れないうちは、やめといたほうがいい」
――「これは毒。
一回死んだけど、
味は悪くなかったわ」
そんな恐ろしいことを、
彼女は平然と言いながら、
キノコや草を選んでいく。
「全部、一回は食べるのよ。
3日以内に異常がなければ、安全って分かるから。
簡単でしょう?」
簡単なわけあるか、
と内心で呆れつつも、
彼女のその“経験則”の積み重ねが、
本物であることは痛いほど理解していた。
死ねる人間には、到底不可能なやり方だ。
死なない存在だからこそ、
長い時間の果てに獲得できた知識。
焚き火を眺めながら、
そんな会話を思い返していると――
ふと、
背筋を撫でるような悪寒が走った。
雪が降って寒いからではない。
もっと、質の違う寒さ。
まるで、
森そのものが息を潜めたような感覚。
いつもなら遠くから聞こえる、
鳥の声も、
獣の気配も、
虫の羽音すらない。
周囲の音が、すべて消え失せ、
張りつめた静寂だけが残っている。
「……おかしい」
嫌な予感がした。
悠斗は、焚き火の前から立ち上がる。
その瞬間――
――どかああああああんッ!!!
重い爆音が雪山に響き、
地面が揺れた。
雪が舞い上がり、
黒煙が空へ伸びるのが見える。
「あれは……エウラが向かった方向……!」
もう考える暇もなかった。
体は勝手に走り出していた。
※※※
雪がしんしんと降り続けていた。
音もなく、
ただ白い世界が積み重なっていく。
空気は張りつめ、
森の葉は凍りつき、
風の流れさえ途絶えたように感じられる。
そんな異様な静けさの中、
悠斗は呼吸を荒げながら走っていた。
心臓は速く、
しかし恐怖だけではない熱を宿して鼓動している。
肺が焼けるように痛んでも、
足は止まらない。
ただ、その先にいる少女――エウラへ、
必死に手を伸ばそうとしていた。
木々の向こうが不自然に明るくなり、
白い雪に黒い煙が滲んで見えた。
それが何を意味しているのか、
考える必要すらなかった。
破壊だ。
戦闘だ。
そしてその中心にエウラがいる――
それだけは確信できた。
「いったい何が…とにかく急げ……!」
足場の悪い斜面を強引に蹴り、
雪を散らしながら開けた場所へ飛び込む。
視界が広がった瞬間、
その光景は凍りついたように
脳へ焼き付いた。




