――第6話 はかない希望――
◆◆◆
“分解術理”とは、
術理核に刻まれた法則を力へと変換し、
対象を短時間で崩壊させる術である。
言ってみれば、
腐敗という現象の進行速度を、
意図的に、極端なまでに加速させる行為だ。
だが、それを成立させるには、
膨大な魔力を消耗するだけでなく、
対象の死体に直接触れ、
術理核へ大量のエネルギーを流し込む必要があった。
未熟な者が行えば、
力の配分を誤り、
体内の循環を乱して意識を失う。
最悪の場合、
術理核が暴走し、
身体に火傷のような痕を残すことすらある。
それほどまでに、
危険で、負荷の大きい術理だった。
――だが。
エウラは、
5年という歳月のあいだ、
一度として失敗したことがなかった。
監督官たちは、
その異常な適性に目をつけ、
最初から彼女を死体処理班に配属し、
任務を課し続けた。
休息は与えない。
圧倒的な労働量。
大人ですら、音を上げる過酷さ。
それでも、
少女は倒れなかった。
まるで――
世界そのものが、
彼女を“死なせない”と決めているかのように、
絶え間なく生命力を注ぎ込んでいるかのようだった。
◆◆◆
「5番、まだ終わらんのか!」
監督官の怒鳴り声が、地下に反響した。
彼らは、基本的に奴隷を人として扱わない。
道具だ。
言うことを聞かなければ殴る。
エネルギーが尽きて倒れれば、処分する。
エウラは、何も言わず、
死体に手をかざした。
胸に埋め込まれた術理核が、
脈打つように震える。
冷たい感覚が波となり、
体の奥から四肢へと広がっていく。
「……分解
《モルトゥム・ディスパージョ》」
ぱきり、と。
空気が割れたような音がした。
死体の表面に、黒い斑点が走る。
皮膚は砂のように崩れ、
肉は霧のようにほどけ、
骨は灰色の粉となって地面に落ちていく。
作業時間は、数十秒にも満たない。
処理が終わるころには、
そこにあったはずの“人”は、
痕跡すら残していなかった。
周囲の奴隷たちは、
その光景を前に、いつも言葉を失う。
10歳の少女が、
この仕事を、
何の感情も挟まず、
当たり前のようにこなしている。
――それこそが、
何よりも異常だった。
◆◆◆
「エウラ……
いつか、外に出られる日って来るのかな」
リラが、不安を押し殺したような声でつぶやいた。
「どうだろう。
私は……わかんない」
「外にはね、
花が咲いてるんだって」
リラは、遠くを見るような目で続ける。
「処理場に来る前に、一度だけ見たことがあるの。
黄色いやつ。
なんて名前だったかな……」
その瞬間、
リラの瞳に、ほんのわずかな光が灯った。
弱く、
今にも消えてしまいそうな、
小さな火。
エウラは、黙ってその話を聞いていた。
花。
そういえば――
自分は、花を見た記憶がない。
処理場に連れてこられる前の記憶は、
ひどく曖昧だ。
思い出せるのは、
術理核を埋め込まれたときの痛みと、
誰かの怒鳴り声ばかり。
「外に出られたらさ、
また、花を見に行きたいな」
「……うん。
見られたら、いいね」
エウラは、そう答えた。
けれど、心の中では、
はっきりと思っていた。
――そんな日は、来ない。
奴隷は、外に出られない。
出る必要も、与えられない。
ここで生まれ、
ここで生きて、
ここで死ぬ。
それが、
彼らに与えられた“役目”であり、
変えることのできない“運命”だった。
◆◆◆
作業を終え、
壁にもたれかかったとき、
エウラは、そっと胸に手を当てた。
術理核が、
鼓動のように脈打ち続けている。
時折――
それは、自分の心臓の鼓動よりも、
強く、確かに感じられることがあった。
(……私、いつ死ねるんだろう)
そんな疑問が、
ふと、頭をよぎる。
術理核が、
身体を“最適化”しすぎているのか。
それとも、
体内で何かが変質しているのか。
監督官たちでさえ、
エウラが、なぜここまでの負担に耐えられるのか、
理由を説明できなかった。
5年間。
毎日、死体を分解し続けてきた少女。
術理核は、
彼女の人間性を少しずつ吸い上げ、
その代わりに、
尽きることのない生命力を注ぎ込んでいる――
そんな錯覚すら覚える。
(……死ねたら、楽なのになぁ)
誰にも届かないように、
誰にも拾われないように。
エウラは、
ごく小さく、
そう、つぶやいた。
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