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弁護士は、現代社会に暮らす、悲しみを抱いた魔女達を救いたい  作者: れさ
第二章 最古の魔女と呼ばれし者

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――第3話 力の片鱗――


スマホで時計を見ると、

針はすでに13時を指していた。


(もう、そんな時間か)


エウラが外へ出て行ってから、

少なく見積もっても、4時間は経っている。


その間、悠斗は小屋の中で、

毛布にくるまりながら、

考え続けるか、

眠気と格闘するか――そのどちらかだった。


体力は、まだ完全には戻っていない。

目を閉じれば、

すぐに意識が遠のきそうになる。


だが、ここで深く眠り込んでしまうのは、怖かった。


目を覚ましたとき、

すでに夜で、

エウラが戻っていなかったら――


そんな想像をしただけで、

まぶたを閉じる勇気が、失われる。


「別に……心配してるわけじゃないんだけどな」


小さく、独り言をこぼす。


彼女の力を考えれば、

ちょっとやそっとの危険にやられるとは思えない。


エウラを案じるほど、

自分が彼女を理解しているわけでもない。


それでも――

この状況で、ひとりになる心細さは、

どうしようもなかった。


小屋の中は、狭い。

粗末なベッド。

小さなテーブル。

壁際には、薪と、

それを燃やすための簡易的な炉。


天井は低く、

腕を伸ばせば、すぐに届きそうだ。


窓の外には雪が積もり、

淡い光が、柔らかく反射している。


外の明るさが、

時間とともに微妙に変わっていくのを眺めていると、

世界から切り離されているくせに、

時間だけは、きっちり進んでいる――

そんな、妙な感覚に襲われた。


「……あー、なんか、腹減ってきたな」


そう口にした途端、


ぐう、


と、正直な音が鳴る。

情けなさに頭を抱えたくなるが、

それをするだけの余力もない。


――そのときだった。


ごとっ。

ごんっ。


さきほどとは違う、

重く、鈍い衝撃音が、

扉の外から響いた。


「……ん?」


体を起こし、

息を殺して、耳を澄ます。


風の音じゃない。

雪崩でもない。

何か硬いものが、

扉か、

その周囲の壁に、ぶつかっている。


――ご、ごんっ。


さっきより、近い。


息を呑む。


(熊……とか?)


この森に、

大型の野生動物がいても、

何ら不思議じゃない。

むしろ、いて当然だ。


熊に限らず、

何かしらの獣が、

ここを縄張りにしている可能性は十分ある。


もし今、

扉を破られたら――


この、

まともに走ることもできない身体で、

自分は、どうなる?


「……やばいな」


背筋を、冷たい汗が伝う。


様子を、見に行くか。

逃げ場は――

この小屋の中には、どこにもない。


「様子だけでも、確認するか……」


自分の声が、ひどく遠くから聞こえた気がした。

足元は頼りない。

それでも、ゆっくりと立ち上がり、

壁に手をつきながら、扉へ向かう。


ドアノブに手をかける直前、

一瞬だけ、躊躇した。


このまま見なかったことにして、

ベッドに潜り込む――

そんな選択肢も、なくはない。


だが。


それでは、何も変わらない。

それに――

怯えている姿を、あとでエウラに見られるのも癪だった。


「……よし」


小さく息を整え、

ドアノブを、ゆっくりと回す。


扉は、内側に開く構造だ。


ほんの少しだけ、隙間を作って――


外の様子を……


――ずしんっ!!


扉を押し開けた瞬間、

何か巨大な塊が、雪崩れ込むように押し寄せてきた。


「どわーーーーーっ!!」


あまりにも突然で、

情けない悲鳴が、口から飛び出す。


重い衝撃に耐えきれず、

悠斗は尻餅をつき、

そのまま床へと押し倒された。


胸の上に、

巨大な質量が、のしかかっている。


(ぐ、ぐるじ……っ)


息が、詰まる。

視界が暗くなりかけた、そのとき――


「ふふふふ!

びっくりしたかしら?」


頭の上から、

妙に楽しそうな声が降ってきた。


聞き覚えのある声音。


獣の影の向こうから、

ひょこっと顔を出したのは――エウラだった。


「え、エウラ……!」


ようやく絞り出した声に、

彼女は「うふふ」と喉を鳴らして笑う。


「いいリアクションだったわ。

今の顔、見せてあげたかったくらい」


「見せてたまるか……!

ってか、これ……」


自分の身体に覆いかぶさっている

“何か”を、改めて見下ろす。


――熊、だった。


茶色い毛並み。

太い手足。

巨体は完全にぐったりしており、

口の端から、少しだけ涎が垂れている。


立たせれば、

悠斗と同じくらいか、

もしかしたら、それ以上の大きさだ。


「……熊……?

しかも、こんなデカい……」


「ふふん。

すごいでしょう?」


エウラは胸の前で手を組み、

得意げに腰を揺らした。


「これ……エウラが仕留めたの?」


半ば呆然と尋ねると、

彼女は胸に手を当てて、


「そうよ!

私が仕留めたの!」


と、誇らしげに言い放つ。


武器らしいものは、どこにも見当たらない。

白いTシャツに、

血の跡も、泥汚れもない。


「でも……どうやって?

リネアの力?」


「なーいしょ♪」


エウラは唇の端を上げ、

いたずらっぽくウインクした。


「詳しいこと教えたら、

悠斗、怖がって逃げちゃうかもしれないし」


(いや、もう十分怖いけど……)


悠斗は、心の中でそっとツッコミを入れた。


しかし、


その小さな冗談すら、声に出す勇気はなかった。


エウラは、そんな悠斗の内心など意に介さず、

熊の頭を軽く、ぽんぽんと叩く。


「お腹すいているでしょう?

ご飯にしましょう」


それだけ言うと、

彼女は熊の片足を掴み、

一生懸命、ずるずると外へ引きずり出していく。


――あんな巨体を、ここまで運んできた。

時間がかかったのも、無理はない。


残された悠斗は、

しばらく呆然とその背中を見送っていたが、

やがて我に返り、運ばれていく熊をじっと見つめた。


(……あれ、本当に死んでるのか?)


よく見ると、

熊の胸が、かすかに上下している。


動きは微弱で、

意識は完全に飛んでいるようだが――

生きては、いる。


(……生きているけど、意識がない……?)


脳裏に、あの資料がよみがえる。

『2015年にドイツ・レムシャイト全域で発生した意識不明事件』


生きているのに、起きない。

身体も、反応しない。

救いなのか、

それとも地獄なのか。

判断に迷う状態。


(……この熊も、同じなのか?)


もし、彼女が本気で、

自分にリネアを向けたら。


自分も、

こんなふうに――

意識の帰ってこない身体として、転がることになるのだろうか。


ただでさえ、

今の自分は、まともに動けない。


逃げることも、

抵抗することもできない。


ならば――


なおさら、彼女に逆らうという選択肢はない。


「……逆らったら、殺されるな。これ」


小さく呟いたところで、

場の空気が変わるわけじゃない。


それでも。

言葉にすることで、

ほんの少しだけ、腹が据わった気がした。


そのとき。


「悠斗ー!

ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけどー!」


小屋の裏手から、

エウラの、やけに元気な声が響いてくる。


「あ、ああ!

今、行く!」


返事をしながら、

悠斗は、ゆっくりと立ち上がった。


思わず、反射的に返事をしていた。

足は重い。


腹筋も背筋も、

少し力を入れただけで、悲鳴を上げる。


それでも――


さっきまでの恐怖を、そのまま抱えているほうが、よほど怖かった。


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